24:エルフさん、ネットゲームを始める
紅葉が完全に終わりを迎え、空が暗い雲に覆われる日が増えてきた。
北陸の冬らしい重い空が徐々に顔を出してきていた。
金沢の日照時間は全国でもかなり下の方で冬ともなれば晴れている日が珍しいぐらい。
それに合わせて湿気の含んだ冷たい風が吹き、冬になるんだと一層、実感する。
向こうの世界で私がいた街は非常に温暖で雪が降る様な気候でなく、もっと乾いた冷たい風が吹く場所だった。
そう言う意味ではこの湿気の含んだ冷たい風は非常に懐かしく感じる。
こっちに戻ってきてから彼此一ヶ月が経った。
リアに料理等の家事を教えながら何事も無い日々を送っている。
元々、器用なのか料理の腕は順調に上達しており、非常に教え甲斐がある。
後は家事以外にこれと言ってやる事は無く、のんびり日々が過ぎていく。
はっきり言って暇なのよね。
都さんや美希から散々、仕事が趣味と言われて否定してきたけど、家でじっとしていて何もやる事が無いのが不安で仕方が無い。
暇潰しに新しいパソコンでソリティアを黙々とやっていたりするけど、二十五秒から先はかなり厳しい。
この事をリアに話したら盛大に溜息を吐いて呆れていた。
余りにやる事が無かったので十二月の頭から美希のお店の手伝いをする事にした。
と言っても働くのは午前十一時から午後三時までの五時間の週四日。
個人的には週に五日でも構わなかったんだけど、美希から断られた。
何でも折角、戻ってきてたくさん働かせるのは申し訳ないとの事だった。
私としては全然、構わないんだけどね。
ちょうど暇しているリアもウェイトレスで一緒に手伝う事になった。
私は厨房、リアはホールと言う分担になる。
特に制服は無いらしいので動きやすい私服にエプロン、私は頭に三角巾をする形。
耳は隠さないとね。
エプロンはお店のロゴが印刷された黒地のシンプルな物。
もう少し飾り気があって良い様な気がするけど、厨房で汚れる事を考慮しての事なので仕方が無い。
今日は家事も一段落したので昼までのんびり自室でソリティアを黙々とやっている。
テレビもこの時間は通販ばかりで面白い番組が無いのよね。
再放送のドラマもあるけど、どうも私の好みのドラマじゃない。
ドロドロの昼ドラは余り好みじゃないのよ。
私の場合、下手な昼ドラより時代劇の方が好き。
水戸黄門や暴れん坊将軍なんて最高ね。
黙々とソリティアをやっていると扉をノックする音が聞こえた。
『花梨奈、私です。少し良いですか?』
どうやらリアの様ね。
一体何かしら?
「どうぞ」
「失礼します」
リアは部屋に入るなり、私のパソコンの画面を見て呆れた様な顔をした。
「どうかしたの?」
「いえ、折角、新しいパソコンを買ったのにソリティアしかやっていないのはどうかと……」
用事が何かは知らないけど、私がソリティアでしかパソコンを使ってない事が気に食わない様だ。
正直、今は仕事をしていないからそれ以外にやる事が無いのよね。
いやー、困った。困った。
「ソリティア、楽しいわよ」
大事な趣味をがっかりする様な目で見ないで欲しい。
「花梨奈、彩奈もやっているあのゲームをやりましょう」
インターネットを繋いでやるゲームだっけ?
「えー、あんまりそう言うゲームはやった事が無いから下手っぴよ」
子供や孫がゲームをやっているのを覗いていた事があるのだが、私にはさっぱり分からない。
「大丈夫です。ワンダーズオンラインはマウスでお気楽操作系なので花梨奈でも大丈夫です」
リアの言葉の私の部分がお年寄りでも大丈夫、とルビが振ってありそうな気がしたのは気のせいだろうか?
「そうと分かれば善は急げです。アカウントを作ってしまいましょう!」
リアはそう言って部屋に置いてあるパイプ椅子で私の横に座り、パソコンを操作し始める。
このパイプ椅子は旦那がここに来た時に使う為に置いてある。
もっと良い椅子を置いておけば良いと思うかもしれないが、あんまり広くない私の書斎には邪魔なのだ。
私の書斎は三階の一室だが、五畳程の狭めの部屋で、デスクの両脇には本棚が壁一面に並んでおり、私の蔵書が収まっている。
基本的には仕事関係の物で医学、薬学系の本だ。
デスクと離れた本棚には普通の娯楽小説がある。
本の事はこのぐらいにしておくとしてリアは私のパソコンに何かソフトをインストールしている様だ。
「これって、お金掛かるのかしら?」
ゲームにあんまりお金を使いたくは無い。
「大丈夫ですよ。基本的にプレイするだけなら無料ですから。課金アイテムに手を出さなければ問題ありません」
なるほど、この課金がニュースで言っていたゲームで借金を作ってしまう人がいると言う奴ね。
ゲームを有利に進める為に課金していくと沼に嵌ってしまい大きな金額を使ってしまっていると言う罠。
「当面、私の手持ちアイテムを譲るのでお気楽にプレイ出来ますから」
ずっとゲームやってるからアイテムが余っているのかしら?
「そんなの悪いわ。そんな頻繁にやらないから良いわよ」
「気にしないで下さい。私だと使えなくて倉庫の肥やしになっているので」
ま、くれるなら貰っておいても良いのかしら?
「それならありがたく貰っておくわ」
順調に作業は進んでいるみたいで話をしている内にゲームのタイトル画面が起動していた。
「取り敢えず、ここで花梨奈に交代ですね」
リアからマウスを受け取りゲームスタートをクリックする。
そうすると名前の入力画面が出てきた。
「名前ねぇ……」
私は向こうで使っている名前、カリーナと入力する。
自分と違う名前だと違和感があるし。
「もっと面白い名前にしましょう」
「これで良いわよ。それよりリアは何でドリフなの?」
前から気になっていたのだ。
「え、面白いじゃないですか。暇な時に総集編のDVD見てたら一日中楽しめますよ」
この女神、何気に昭和のお笑いがツボらしい。
「もしかしてバカ殿も好き?」
「勿論です。DVDは全巻持ってますよ。貸しましょうか?」
「遠慮しておくわ」
お笑いの女神にならない事を祈りたいわね。
「次に性別は……女性にして職業?」
「職業はどう言う戦闘スタイルにするかと言った感じですね、剣士だと剣、狩人だと弓、魔法使いだと魔法みたいな」
「リアとかは何にしたの?」
「私ですか?私は魔法使いで始めて、途中で色々な職業を経由しながら今は魔帝です」
何か凄い職業ね。
どう見てもヤバそうな気しかしないわ。
「もし決めるのが面倒ならランダムと言うのもありますよ。博打要素が大きいのですが、上位職やレア種族が選ばれる事もありますから運が良ければ美味しいですね」
ランダムかー。
種族もヴァースみたいに人間とエルフ、ドワーフ、魔族とかあるのよね。
はっきり言ってどれを選んだら良いか分からないわ。
「どうせ適当にしかやらないからランダムにするわ」
「花梨奈は勇者ですね」
私はランダム決定のボタンを押すと画面が切り替わってキャラクターが現れる。
最近のゲームは綺麗なのね。
3Dもかなりリアルだ。
出来上がったキャラクターを見ると頭から角が生えていて背中には黒い翼が生えていて尻尾もある。
何となくあの子に似ているわね。
「リア、出来上がったみたい。って、どうしたの?」
リアを見ると驚きの表情のまま固まっている。
「まさか超レアでランダム選択でしかなれない皇竜族を引くなんて……」
どうやら凄い珍しい種族引いたらしい。
「職業も蒼槍の騎帝とか槍の最上位じゃないですか。何ですかこのチート設定……」
リアは溜息を吐きながらスマホで画面を撮って何かをしている。
「リア、これどうしたら良いの?やりなおした方が良いのかしら?」
「やり直さなくても大丈夫です!それにしてもよくこんなチート設定を引き当てましたね?」
「そんな事言われても……と言うかチートって何?」
「そこは気にしないで下さい。この設定は私が知っている中で最高の組み合わせなのでこのままで行きましょう」
リアから見て良い組み合わせならこれで行こうかしら。
私は決定を押してキャラメイキングに入る。
髪型、髪の色や顔立ち、瞳の色などが自分の好きな様に設定出来る様だ。
「取り敢えず、自分っぽくしてみようかしら。それにしてもこの着てる服が何ともミスマッチね」
「それは仕方が無いですね。後で似合う装備をあげますから。キャラメイキングが終わるとチュートリアルが始まりますから進めていて下さい。私はその間に一緒にプレイする準備をしますので」
リアはそう言ってノートパソコンを虚空から出して立ち上げ始めた。
私はキャラクターを操作しながらのんびり説明を読みながら進めていく。
操作はほとんどマウスだけで行えるみたいでこれなら私にでも出来るかもしれない。
でもこの姿で棍棒を握っているのって、何かシュールね。
服も村人みたいな服を着ているのに種族的に魔王みたいな感じだし。
取り敢えず、街の外にいる魔物を倒して街へ戻るとチュートリアルは終わりの様ね。
チュートリアルを終わらせてリアへ声を掛ける。
「リア、チュートリアルが終わったけど、どうしたら良いの?」
「あー、取り敢えずその場にいて下さい」
「分かったわ」
リアに言われた通りその場で大人しく待っていると何故か周囲に人だかりが出来始めていた。
「ねぇ、リア?何か人が集まって来てて通知みたいなのがたくさん来ているけど、どうしたら良いの?」
「無視してOKです。もう少しで着くので待ってて下さい」
私が通知を無視して待っていると如何にも魔王と言った感じのキャラが現れた。
注目が私からそっちへと移る。
「取り敢えず、転移石で邪魔が入らない場所へ移動しますので、画面のOKを押してもらって良いですか?」
どうやらあれがリアのキャラらしい。
私がOKを押すと画面が光に包まれて違う場所へと移動していた。
これ、何処かの建物の中かしら?
「ここは私達のギルドのホームの応接室です。ここなら権限が無くても私の許可で入室出来て、邪魔が入りませんから」
「それよりさっきのは何なの?」
「あれはいきなり超レアを引き当てた初心者が現れて興味を持ったプレイヤーが集まってきた感じですね。私の知っている限り皇竜族を引き当てた人は十人もいない筈です」
何か面倒なキャラね。
「それって変に悪目立ちしないかしら?」
「なので私と一緒にいればほぼ解決します。私が有名プレイヤーなので一緒にいれば絡まれる事もありませんから。それよりアイテムを花梨奈に渡してしまいましょう」
「何かズルしてる感じね」
「割とレベルの高いプレイヤーと一緒に始めるとこう言う事は多いですよ。今からお渡しするアイテムも使えず倉庫に放置していた物ですから」
それなら気にしなくても良いのかしら?
ここは軽い気持ちで考えておけば良いのかもしれない。
「今、アイテムを渡したのでOKを押して、ついでにそれらを装備してみて下さい」
OKを押すとアイテムの譲渡が完了しました、と表示される。
私はメニュー画面を開いてリアから貰った装備に変更する。
「この装備だったら私と一緒にいても大丈夫でしょう。レベル1でこの装備なのは詐欺感は否めませんが」
リアは装備を変えた私のキャラを見ながら一人満足して見ている。
確かにさっきの状態と比べたらかなりカッコいい感じになっていると思う。
「ねぇ、リア?」
「どうしましたか?」
「これ、どう見てもボスじゃないかしら?」
種族的にボス感の強いキャラに加えて、赤を貴重とした豪華なドレスに装飾過多な白銀の鎧、その手には巨大な槍が握られている。
見た目は充分良くなっているけど、目立つ事この上無い。
「これなら私のキャラと並んでも影が薄くなる事もありません。魔王は二人並んでる感じで良いじゃないですか?」
コンセプトが魔王だった訳ね。
それならこの見た目も納得だわ。
「でも装備は一級品ですよ。基本的に状態異常は無効になってますし、ステータス補正も大きいので初心者クエストならソロで突撃して余裕で攻略出来ますよ」
装備は凄いらしい。
「分かったわよ」
「ついでに私のギルドに入ってしまいましょう。そうすればここが好きに使えますから」
確かにここは他の人が入ってこれない場所みたいだからそれは嬉しいかも。
「今、勧誘申請を出したので承認するだけです」
「はいはいっと」
リアから来ている勧誘を承認すると所属が女神の翼、リアが管理しているギルドに変わった。
「ちょうど誰かここにいるみたいですね。折角なので挨拶しませんか?」
「そうね。それなら行こうかしら」
どうやらマップの青色の点は同じギルドのメンバーらしい。
リアに付いて部屋へ入ると狩人っぽい格好をしたキャラがいた。
『連絡貰ったから来たけど、本当に皇竜族を引き当てるなんて凄いわね』
『横で見ていた私も驚きました』
『随分、けったいな装備してるわね。補正値込みだったら普通のLv100相当のプレイヤーと変わらないんじゃない?』
『初期装備でうろつくよりは良くないですか?』
『確かに。皇竜族であの格好は無いわね』
二人で会話が盛り上がっていて入るタイミングが掴めないわね。
『ネス、こちらがカリーナ。彩の母で私がお世話になっている方です』
ちょうど振られたので挨拶をしよう。
恐らく、彩と言うのは彩奈の事ね。
『カリーナよ、よろしくね』
『ネスよ。年末にそっちに遊びに行くって、ドリフに伝えたんだけど、大丈夫かしら?』
そうするとこの人が以前に言っていたネフティスと言う女神ね。
『大したおもてなしは出来ないだろうけど、それで良ければ構わないわ』
『出来ればなんだけど、泊まっても大丈夫かしら?』
うーん、客室は一応、使えた筈だから一人なら問題無いわね。
『一泊で一人かしら?』
『私一人よ。出来れば年末年始は日本で過ごしてみたいと思って』
横のリアが申し訳無さそうな目で私を見ている。
断るつもりは無いんだけどね。
はっきり言って今更、外国人が一人増えたぐらいで大した事は無い。
私は家の事で忙しくても最悪、リアと彩奈に任せてしまえば良い。
彩奈も知ってるみたいだから問題無いわよね。
『分かったわ。客室が空いているから準備しておくわ』
『ありがとう。それじゃ年末よろしくね』
これで神様の知り合いが増えた訳よね。
余りにもあっさりしすぎて何も実感が無いわね。
最近だとリアを神様らしく扱って無いからそんな物なのかしら?
その日は私とリアとネフティスの三人でお昼を食べた後も一緒にゲームをしながら過ごした。
ちゃんと家事はしているわよ




