23:エルフさんと女神様のクッキング
買い物を終えて家に着いたのは夕方の六時過ぎ。
何だかんだ買い物で時間を食ってしまった。
食材を冷蔵庫に放り込んだ私はエプロン姿のリアと台所に立っていた。
この様子が珍しいのか学校から帰ってきたばかりの華奈が興味津々で横から覗いていた。
今から何をやるのかと言えばリアに料理を教えるのだ。
何でも創造出来てしまう女神に自分の手で頑張って作る事を教えようと言う事だ。
リア自身、嫌そうではな無いから何とかなると思う。
キッチンにはさっき買ってきた大量の鶏のもも肉、必要な調味料、生姜、ニンニク、玉葱が並んでいる。
「まずは玉葱の皮を剥いて摩り下ろしにしようかしら。根っこは摩り下ろす時に持ち手になるから切ったらダメよ」
リアは私の指示通りに玉葱の皮を剥いて摩り下ろしていく。
思いの外、スムーズな手付きで何より。
それにしても涙目にならないわね。
横で覗いている華奈の方がヤバそうね。
「リア、目に沁みないの?」
「全部、周囲に逸らしてますので大丈夫ですよ」
この言葉からすると一応、沁みるのね。
それにしてもさらっと魔法で風を制御して玉葱の成分を自分の所に来ない様にしているとか何と言う魔法の無駄遣い。
だから横にいる華奈が涙目なのね。
「リア、あなたが逸らして玉葱の成分が華奈の方にも行ってるから」
私がそう言うとしまった、と言う顔をした。
気が付いていなかったのね。
「華奈、すみません。これで大丈夫だと思います」
突然、不思議そうな顔をする華奈。
「あれ、急に匂いが無くなった?」
きっと風の流れを制御して華奈の方に行かない様にしたのだろう。
玉葱を摩り下ろし終わると、ニンニクと生姜も摩り下ろす。
摩り下ろした物は大きいボールにまとめて入れてしまう。
「次は調味料を入れましょうか」
私はリアに軽量スプーンを手渡す。
最初は絶対に目分量で料理をしてはいけない。
味付けには最適なバランスがあり、レシピの分量は非常によく考えられている。
料理が下手な人の多くが目分量で味付けを行う。
はっきり言って無謀だし食材の無駄遣いである。
私はリアに分量を指示し、ボールに醤油と酒を入れる。
これで漬け込むタレが完成。
次は大量にある鶏のもも肉をひたすら一口大に切るだけ。
包丁をリアに渡すと苦も無く鶏のもも肉を切っていく。
「お祖母ちゃん、ウチの包丁って、あんなに切れたっけ?」
華奈がサクサクと肉を切り分けていくリアを不思議そうに見て言った。
言われてみれば包丁を軽く押し引きするだけで切り分けている。
普通であれば皮を切るのにもう少し往復しても良い筈なのに。
別にウチの包丁が手入れしていない訳では無い。
二、三ヶ月に一度は輝が暇を見て研いでくれている。
だからと言って極々、普通の万能包丁なので凄い切れ味が良い包丁と言う訳でも無い。
はっきり言って切れすぎている。
「リア、包丁に何かした?」
「切りやすい様に魔力で表面をコーティングしてます」
予想通りだった。
包丁をさらっと魔力強化していた。
技術としては難しい技術では無く、魔力のある人間なら大抵出来る事。
包丁の切れ味が増している事を考えるとまな板も強化してそうね。
魔法を使うな、と言いながら自分は惜しげも無く使うのはどうかと思う。
ま、家の中でだけなら良いか……。
「それも魔法?」
華奈が面白そうな事と思ったのか興味深げに聞いてくる。
「一応、魔法かしら?包丁を強化に使う人は少ないわね。よく武器に魔力を纏わせたりするぐらいよ」
「へぇ~」
そんな話をしている内に鶏のもも肉はリアの手で一口大に全て切り終えていた。
私はリアにビニール袋を渡す。
これはビニール手袋の代わりである。
先程、混ぜ合わせたタレに鶏のもも肉を入れて揉み込む。
タレが均等に行き渡ったらボールにラップをして冷蔵庫で三十分程寝かす。
これで唐揚げの下準備は完了。
次はきゅうりの酢の物に取り掛かる。
私は冷蔵庫から材料を取り出して並べていいく。
「まずはきゅうりの下ごしらえね。ヘタを切り落として塩を……小匙一杯ぐらいまぶしてまな板の上でこうやって転がすの。そうすると余計な水分と青臭さが抜けるのよ」
簡単に言ったしまえば板ずりと言ってきゅうりの下ごしらえの一つ。
「じゃ、残りのきゅうりはお願いね」
リアは私の見よう見真似で不思議そうにきゅうりを転がしている。
私はその間にポットから熱湯を準備する。
「これが終わったらさっと水で塩を洗い流して熱湯にくぐらせる感じよ」
私はボールに入ったきゅうりをまとめて流水で塩を流して、さっき準備したお湯にきゅうりをくぐらす。
これをすると綺麗な緑色になるのよね。
料理はやっぱ見栄えが大事。
「これをスライサーで切って頂戴」
シュコッ、シュコッ、と小気味良い音を立てながら軽快なリズムできゅうりが輪切りにされていく。
輪切りになったきゅうりに軽く塩を振る。
乾燥ワカメは水で戻して、カニカマはほぐしておく。
きゅうりの酢の物にワカメとカニカマは定番よね。
「きゅうりは一度、しっかり水気を絞ってね」
私の指示通り、しっかり水気を絞る。
一切れ食べてきゅうりの塩っ気を確認。
このぐらいならちょうど良いかしら。
「ここでもしきゅうりの塩味が濃いと思ったら水で流してから絞ったら良いわ」
ここで塩っ気を確認しておかないと、やたらしょっぱい酢の物になってしまう。
味見は大切。
「本当はお酢と醤油と砂糖で味付けをするんだけど、面倒だからこれを使うわ」
私がそう言って冷蔵庫から取り出したのはポン酢。
もうこれがあれば酢の物なんて瞬殺。
私の場合は柚子の皮のみじん切りと砂糖を少しだけ入れて味を軽く調整する。
地味に柚子の皮の使用率が高いのは私の好みである。
柚子の皮以外にも胡麻で風味を良くするのも有りだし、七味を入れて少しピリ辛にするのも面白い。
「全部、混ぜ合わせたら完成よ」
完全にリアが私の料理とロボットみたいになっているが細かい事は気にしない。
意外とちゃんと出来ているから地味に安心している。
出来上がった酢の物はラップして冷蔵庫へ。
「意外とやってみると簡単に出来る物なのですね?」
自分でやってみて感心した様に言うリア。
「やってみると難しくないでしょ?凝った物でなくても美味しくなるから覚えておいて損は無いわね」
手間の掛かる料理はそれはそれで有りだけど、嫁としては子供の世話に仕事があると手を抜ける所は手を抜きたい。
でも美味しく作りたい。
私は結構、手早く作れる料理が得意な方だと思う。
今まで手の込んだ物を作るだけの時間が取れなかった、と言うのもあるんだけどね。
「次は何を作るのですか?」
「ちょっと待って」
次は完全にノープラン。
私は冷蔵庫を覗きながらメニューを考える。
個人的には野菜がメインの比較的あっさりとしたメニューにしたい。
ふと冷凍庫で目に留まったのは冷凍の枝豆だった。
最近の冷凍の枝豆は便利で我が家には常に二袋は常備されている。
主に食べるのはビール派の私と輝なんだけど。
塩茹でした枝豆はビールと最高に相性が良い。
それとヘルシー。
晩酌中のおつまみだとあんまりカロリーの高い物だと色々と良くない。
そこを考慮すると枝豆は最高のおつまみなのよね。
枝豆一袋を取り出して、ボールに水を張ってそこへ枝豆を投入。
三分程、放置しておけば簡単に解答出来る。
「リア、三分経ったら水気を切って、豆を別のボールに入れておいて」
さらっと指示を出して乾物が入っている棚を覗くと目的の物があっさり見付かった。
それは春雨。
これに玉葱とツナを加えてサラダにするつもりだ。
私は鍋でお湯を沸かしす。
その間に玉葱をスライスして、キッチンペーパー敷いた更になるべく重ならない様に並べてレンジで三十秒。
一度、玉葱を混ぜて再び重ならない様にしてレンジで三十秒。
これで玉葱の辛味が取れる。
お湯が沸いた所に春雨を茹でて、茹で上がったらザルに開けて、冷水で締める。
「枝豆、剥き終わりました」
ちょうど良いタイミングで戻ってきたので、水気を切って適当な長さに切って、枝豆、汁気と油を切ったツナ、玉葱を混ぜ合わせる。
味付けはマヨネーズに軽く塩胡椒を振って、レモン果汁数滴、マスタードを少々。
これで枝前とツナの春雨サラダが完成。
「花梨奈は手際が良いですね」
「それはそうよ。伊達にここの台所を任されていた訳では無いわよ」
ウチの晩御飯は大体五品が基本。
メインのおかずに小鉢二品、それとごはんとお味噌汁。
「それはそうと二人とも、枝豆は美味しかった?」
私の質問にリアと華奈が固まる。
枝豆を剥いている時にしれっとつまみ食いしているのが目に入ったのよね。
「み、見てたのですか……」
二人は気まずそうに目を伏せる。
「直ぐ隣でやってれば分かるわよ。別につまみ食いを咎めるつもりは無いわよ。まぁほどほどにとは思うけど」
地味に何個も食べていたのだ。
枝豆は止まらないからねぇ。
「それじゃ、冷蔵庫からお肉を出して衣を付けたら揚げましょうか」
本日のメイン、唐揚げの出番。
リアは冷蔵庫から先程タレに漬け込んだ鶏のもも肉が入ったボールを取り出す。
「ここに卵と小麦粉と片栗粉を入れてしっかり混ぜて」
私は小麦粉と片栗粉をブレンドして使う方。
片栗粉のみ衣が薄めのカリッとしたのも悪くは無いけど、私は衣がしっかり纏っている方が好きなのでこの作り方。
それに衣のしっかり味がするのでお弁当のおかずにもピッタリ。
リアが衣を纏わしている内に油の準備をする。
サラダ油を180℃になるまで温める。
ウチにはちゃんと温度計があるので温度をしっかり測る。
菜箸を入れて少し経ったらみたいな確認方法もあるけど、数値で見えた方が分かりやすくて安心するので、私は温度計を使う。
「取り敢えず、一分半揚げたらこのパットの上で少し休ませるから。後、油の中に入れたら取り出す時以外は触ったらダメよ」
「はい」
リアは緊張した面持ちで慎重に衣を付けた肉を油に投入していく。
良い感じに泡が出ているので大丈夫そうね。
タイマーで一分半を量りながら次々と揚げていく。
「それじゃ最初に取り出したのを今度は四十秒揚げれば完成よ」
やっぱり唐揚げは二度揚げして衣の食感も良くしないとね。
華奈は唐揚げを食い入る様に見ている……と思ったら透也もいた。
二人とも唐揚げは大好物だからね。
「二人とも、お漬物やお皿を出してくれる?」
「うん」
二人は手分けして取り皿をテーブルに並べていく。
私は大皿に千切ったレタスを敷いて揚げ終えた唐揚げを盛り付けていく。
盛り付けをしていると旦那と輝に都さんが帰ってきた。
「今日は唐揚げか、美味そうだな」
輝も昔から唐揚げが好きよね。
「もしかしてリアさんが作ったのか?」
台所で酢の物を盛り付けているエプロン姿のリアに輝が気が付いた。
「そうだよ、お父さん。今日の唐揚げは普通の唐揚げじゃなくて女神の唐揚げなんだから」
華奈が偉く自信満々にリアの唐揚げを力説するとリアは照れ臭いのか、少し顔を伏せる。
それにしても女神の唐揚げって、何処かの商品みたいね。
「そんなに言う程の物では……。初めて作ったのでお口に合うかどうか……」
リアは初めての料理に不安なのだろう。
「大丈夫よ。ちゃんと美味しく出来ているから」
私の言葉にリアの表情が明るくなる。
ちゃんとレシピ通り作っているので問題は無い。
酢の物は味見した感じ問題無いし、サラダは私がやっているから間違い無い。
唐揚げは調味料の分量はしっかり確認して、入れる所も見ているし、揚げ上がりも良い感じのキツネ色に仕上がっている。
「さ、早く並べてみんなで食べましょう」
私は味噌汁をよそって華奈に運んで貰う。
味噌汁を何時作ったのかと思うだろうが、リアが唐揚げを作っている間にしれっと横で私が作っていた。
ついでに料理中に使った物の洗い物も合間にしれっと終わっている。
慣れればこんなのは普通に出来る様になる。
寧ろ我が家の様な食い扶持が多いと、駒目に洗い物を片さないと後が大変。
七人分の食器って、結構多いのよね。
私はクーラーボックスから鱒の寿司を取り出す。
冷蔵庫だと冷えすぎて固くなってしまうからクーラーに入れっ放しにしていたのだ。
鱒の寿司を桶から出して六等分にしていく。
取り敢えず、皿に二切れずつ盛って、食べれる人は追加で取る形にする。
鱒の寿司をテーブルに並べていると旦那が珍しい物を見る様に言った。
「鱒寿司か。もしかして大多屋のか?」
流石、旦那。
目聡く、お店を言い当てたわね。
まぁ、切った断面で鱒が分厚いから想像出来るわよね。
「そうよ。久しぶりに食べたくなって富山までドライブがてら買いに行ったのよ」
「ほう、こっちの生活を楽しんでいる様で何よりだ。それに鱒寿司は儂も好きだから楽しみだ」
旦那もここの鱒の寿司が好きなのだ。
元々、このお店は旦那が知り合いに教えてもらったお店でそれからここのを食べる様になった。
「さ、皆で食べましょう」
全員、席に着くと手を合わせて頂きますの言葉と共に食べ始めた。
私はまず鱒の寿司から頂く。
「やっぱりここの鱒の寿司に限るわね」
酢も塩も優しめの味で押しが強く無いので、口の中で酢飯が程よく解けて良い感じで鱒と調和していく。
やっぱりここの味の方が私の好みだわ。
「前に食べたお寿司と全然違いますが、美味しいです」
リアも鱒の寿司の味にご満悦の様子。
「富山は不思議な所ですね。あのラーメンとこのお寿司が同じ文化から生まれるとは……」
難しい顔をしながら呟くリア。
「あのラーメンって、富山ブラックでも食ってきたのか?」
ラーメンの言葉に輝が反応した。
「そうよ。富山の名物じゃない。一応」
「あれはキツいんじゃないか?富山の人間でも好みに分かれるし」
富山の人間でもあのラーメンの好みははっきり分かれる。
「私は……次はもう良いですかね……」
どうやら富山ブラックはお気に召さなかったらしい。
私も進んで食べたいとは思わないから次は無いかな。
「ほらな。まぁ、富山の名物だから記念に食っとく分には良いのか?」
「そうですね。でもこのお寿司は美味しくて癖になりそうです」
どうやら鱒の寿司は気に入って貰えて何より。
次に酢の物を一口。
少し甘めなのが良い感じね。
酸っぱさがストレートに来る酢の物は余り好きでは無い。
柚子の香りが良いわね。
ちょうど旬だから柚子を買い込んで色々作ろう。
やっぱ柚子茶は作らないとね。
メインディッシュのリアが作った唐揚げに箸を伸ばす。
味見はしてないけど箸で持った感じ、衣はしっかりしていて美味しそう。
一口食べると肉汁が口の中に広がる。
タレの味もしっかりしていて良い出来である。
レシピは私のだけど初めて作った唐揚げなら充分過ぎる出来よね。
「リア、美味しいわ」
「本当ですか!?」
私の感想にリアは飛び上がりそうなぐらいに喜ぶ。
食べた人に美味しいと言ってもらえるのは嬉しいわよね。
「今日のはリアさんが作ったのか。美味しく出来ているな」
旦那の言葉にリアは嬉しそうに笑顔を溢す。
「お祖母ちゃんの唐揚げも美味しいけど、リア姉ちゃん、美味しいよ」
「私も好き。流石、女神の唐揚げだね」
透也と華奈の胃袋もガッツリ掴んだようだ。
それにしても華奈は何処かの商標みたいな名前をまだ使うつもりかしら?
「リアさん、初めてでこの出来は凄いですよ」
全員が誉めるのでリアは何処かもどかしいのか体をくねらす。
「じゃあ、次も頑張らないとね?」
「はい」
リアが満面の笑みで力強く返事をした。
料理はこれだからやめられない。
美味しいと言ってくれる人がいると楽しくなる。
リアもそれを実感した様だ。
今日も夕食は和やかに進んだ。
温かい食卓がいつまでも続けば良いな、と思いながら。




