20:エルフさんと富山ブラックラーメンと富岩運河環水公園
車を走らせて着いたのは大喜の根塚店。
富山名物の富山ブラックラーメンが食べられる有名なお店である。
こだわりのある人であれば別のお店に行くのだけど、あの味に慣れていない人であればこっちのお店をオススメする。
店内は割りと綺麗で店員さんに案内されてテーブル席へ。
「メニューが少ないですね」
「ここはラーメン屋だから。定番で頼むけど良いかしら?」
「それ以前にチャーシューラーメンしか頼む物が無いと思いますが?」
それは甘い。
知らない人はそれで失敗するお店なのよね。
確かにラーメンメニューはチャーシューラーメンしか無い。
一応、量で大と小があるぐらいね。
「ライスも一緒に注文するわよ」
「ごはんですか?」
「ま、食べれば分かるわよ。すみませ~ん!」
私は厨房近くにいる店員を呼ぶ。
「チャーシューラーメン小を二つにライス二つで」
注文を取った店員さんは厨房へと消えていく。
「今回は説明は無いのですか?」
説明が無いのがどうやら不満なリア。
「百聞は一見に如かずよ。ここは説明するより食べた方が早いわ」
ついでに必ず美味しいとも言っていない。
私としては好みに分かれると思うので一概に美味しいとは言いにくいのよね。
私はまぁ、偶になら食べても美味しいかな、と思うけどウチの旦那はダメみたい。
輝は濃い味が好きだから富山に行くとよく食べるって、言っていたかしら?
「何処か含みのある怪しさがありますね」
ここまで伏せたら怪しむのも無理は無い。
「そうかしら?もうすぐで来るから待ちましょう」
そうやって他愛の無いやりとりをしていると店員さんが注文したラーメンとライスを持ってきてテーブルへ置いていく。
そのラーメンを見たリアは驚きの表情をしていた。
「花梨奈、このラーメンは何ですか?」
リアの目の前には黒々としたスープに薄切りのチャーシュー、多めにネギが乗り、荒挽きの黒胡椒が振りかけられているラーメンが鎮座している。
「所謂、最近富山ブラックって、言われる富山のご当地ラーメンよ」
リアの疑問にさらっと答える。
まぁ、リアの反応も分からないでは無い。
明らかにこれぞ醤油の色と言わんばかりの黒いスープのラーメンが出てきたら戸惑うのも無理は無い。
「ライスが必要な理由は食べてみれば分かるわよ」
私とリアはラーメンを啜る。
うん、塩っぱい。
私はすかさず白いご飯を少し口の中へ放り込むと程好く塩辛さが中和されるのを感じる。
正直、白いご飯無しでは食べるのは厳しいが、一緒に食べると意外と美味しいのよね。
ふとリアの方を見ると眉間に皺を寄せて必死に塩辛さに耐えていた。
こう見ると意外と可愛いわね。
「いくらなんでも塩っぱ過ぎませんか?」
その意見には同意するわ。
「そんな時はライスを食べなさい」
リアは素直に白いご飯を放り込むと表情が和らいだ。
どうやら塩辛さが中和されたらしい。
「だからライスが必要だったのですね……」
しみじみと呟くリア。
「元々、ご飯のおかずみたいな感じで食べるラーメンだからね」
なるほど、と頷きながらラーメンとライスを交互に食べ進めるリア。
富山ブラックは元々、肉体労働で汗をかく労働者の為の塩分補給として醤油を濃くしたスープのラーメン。
だから黒々としたインパクトのあるラーメンなのだ。
なので食べ慣れない人からすれば強烈なパンチのある味になる。
だから私は好みに分かれ、必ずしも美味しいと言えないのである。
富山ブラックには少しややこしい事情がある。
大喜と呼ばれる有名店は二つあり、元祖の屋号を継承する西町大貴と、今日食べに来た大喜根塚店だ。
西町大喜は創業者から屋号とレシピを買い取って運営しているお店で、巷の評判では昔と味が違う、別物と言った評価がされている。
昔、一度だけ食べに行った事はあるがトラウマになりそうな程、強烈な塩っぱさに心が折れそうになったぐらい塩辛い。
正直、初めて食べるのには向いていないと私は思う。
それでも県内に四店舗展開されており、知名度の高い富山ブラックのお店。
大喜の根塚店は大喜の創業者の元で修行をし、正式に暖簾分けされたお店で昔の味を忠実に守っている。
そう考えると元祖の味に近いのがこっちのお店と言う事になる。
屋号的な元祖は西町大喜だが味的な元祖はこっちと言うややこしい状況になっているのだ。
私としては味的にこっちにしか来ない。
このラーメンを食べていて思うのが、よく食べている人は健康診断に引っ掛からないのかが気になるのよね。
味的にどう考えても塩分摂りすぎで成人病まっしぐらよね。
「リア、どう?」
私は食べ終えたタイミングでリアに感想を聞く。
食べ終えたと言ってもスープはたっぷり残っている。
今の体なら塩分を過剰摂取しても大丈夫だと思うけど、味覚的に無理よね。
「白いご飯ありならなんとか食べられますが、それでも塩っぱいですね」
そう言いながらお冷をがぶ飲みするリア。
まぁ、塩っぱいから喉が渇くわよね。
私も人の事は言えないし。
「経験としては良いかもしれません」
つまり二度目は無いと言う事ね。
富山の人でも好みが分かれるラーメンだから仕方が無い。
「じゃ、行きましょうか」
そう言って席を立ち、私達は次の目的地へと向かった。
向かった先は富岩運河環水公園。
ここは富山駅の北側、歩いて十分程の場所にあり、富山市街地から岩瀬浜を繋ぐと富岩運河利用した都市公園。
見も蓋も無く言ってしまえば水辺の大きい公園である。
ここでは定期的に色んなイベントをやっており、四季折々のお祭り、花火、イルミネーション等があり、デートスポットとしては良いと思う。
イルミネーションの綺麗な夜景とか雰囲気があって良いわよね。
もうそんなロマンチックなデートをする様な年柄では無いんだけどね。
本当は直ぐに水上バスに乗ろうと思ったのだけれど、リアが富山ブラックの塩辛さにやられている感がありありで甘い物を所望する駄女神が横にいたので急遽、環水公園内にあるスターバックスで一服中。
「良いですねぇ……」
甘々のクリームにキャラメルが入ったコーヒーを幸せそうに飲むリア。
表情は完全に蕩けており非常に危険。
何が危険かと言うとその表情を見た男性が思わずドキッとし立ち止まってしまうぐらいだ。
と言うか女性もドキッとしてるわね。
こんなだらけていても女神なので破壊力が半端では無いのだ。
私はと言うと普通のホットコーヒーのブラック。
甘いコーヒーは苦手なのよね。
コーヒーは苦くてすっきりしないのはダメ。
眠気覚ましで飲む様になったのが一番大きな原因だと思う。
でも寝る前にコーヒーを飲んでも眠れるから眠気覚ましにはなってないわよね。
それにしてもあの甘いコーヒーを幸せそうに飲むわね。
手元にはちゃっかりチーズケーキを頼んでいる所は抜け目が無いわ。
実はこの環水公園のスターバックスは世界一美しいスターバックスと呼ばれている。
これは飽くまでこの店がオープンした当時。
スターバックス内で毎年オープンした店で一番デザインに優れた店舗を競うみたいでそれに選ばれたと言うのが正しい。
つまり毎年、オープンした別の店舗が選ばれている。
なので現在は世界一では無かったりする。
それでもライトアップされた環水公園の景色と合わさればとても綺麗で一度は来てみても良いと思う。
デートで気軽にお茶をするならちょうど良いしね。
リアはまだ甘味の余韻に浸りながら残念な顔をしているので暫くのんびりしよう。
別に急いで行く様な所も無いのだから。
周囲を見ると若い女性、カップルが多い。
後はお洒落な奥様方。
見事に客層が偏ってるわね。
個人的にはもう少し静かなお店でまったりコーヒーを飲む方が好き。
だから古い喫茶店でのんびりするのは昔からの趣味。
昔だったらこれにタバコが欠かせない。
エルフになってからはタバコをやめれたので良かったけど。
まぁ、王女がタバコを吸うとかイメージ悪いわよね。
向こうのタバコが驚くぐらいに美味しくなかったのもあるけど。
ヴァースのタバコはこっちで主流の紙巻タバコでは無く、煙管の様なパイプで吸う様なタバコだ。
なので煙がフィルター無しにダイレクトに来るのでかなりキツイ。
更に向こうで使うタバコの葉はかなり独特な匂いがして、何と言ってもその匂いがダメ。
エンシェントエルフになった体には毒が基本的に効かないからタバコを吸っても問題無さそうだけど、旦那が悲しい顔をするのを見たくないのでもう吸わない。
親しい人の悲しい顔は私にとってある意味、禁煙の特効薬だと思う。
そんな感じで物思いに耽ながら外を眺めているとキリッとした表情で座っているリアが目に入った。
漸く戻ってきたのね。
「満足した?」
「はい。甘い物は良いですね。スタバは家から近くて時々行っていたので定番ですね」
多分、東京のマンションの事だろう。
「何かリアが一人でカフェに行くなんて珍しいわね」
「花梨奈の中で私がどう思われているのかが気になりますね」
引き篭もりニートの駄女神かしら?
口に出すと泣きそうな気がするので心の中に留めておくけど。
「物凄く失礼な事を思っていませんか?」
心が読めなくなったとは言え鋭い。
「そんな事無いわよ。そう言えばウチでの生活はどう?」
リアが我が家に引っ越してきてから早三週間。
ちょっと気になった。
「何て言えば良いのでしょうか?生活にハリが出た感じはありますね。基本は家でいつも一人だったので」
聞く度に残念だと感じてしまうわね。
「華奈や透也のお勉強を見るのも楽しいです」
そう、この駄女神はこっちの学問を問題無く理解しているのだ。
最初は華奈が教えて欲しいとねだったのが始まりだったけど、流石は神と言う事もあり、完璧に教えている。
異世界の女神が我が家の子供の家庭教師で良いのかは気になる所ではあるけど。
「二人とも素直なので教える側としても楽です。一番はご飯が美味しい事でしょうか。都も花梨奈も作るご飯が本当に美味しいので」
む、いきなり褒められる照れるわね。
「そうかしら。でもあのぐらい普通よ」
「あれで普通だと私の以前の食生活が……」
いきなり何かを思い出したかの様にリアの表情が暗くなる。
「因みにどんな物を食べていたのかしら?」
私の質問に物凄く気まずそうな表情のリア。
「えっと……ですね。基本はカップラーメンやコンビニのお弁当ばかりでして……偶に宅配でピザを頼んだり……」
リアのダメっぷりに私の視線が厳しくなるのを感じてか、リアの声がどんどん小さくなっていく。
「あなた本当に神様としての自覚あるの?」
リアは肩を落として小さくなる。
「だって……料理とかした事が無いですし……」
お前は子供か!?
言い訳が子供過ぎて呆れるしかない。
これは少し矯正しないとダメね。
「仕事以上にやる事が出来たわ」
私の声にリアがビクッと体を震わせる。
「あなたをちゃんとした生活が送れる様にしないと周りに迷惑が掛かるわ。明日から料理や家事をみっちり教えるから」
「そこまでしなくても……」
消え入りそうな小さな声でささやかな抵抗を試みるリア。
ここで甘やかしてはいけない。
「ダメよ。あなた、周りにかなり迷惑を掛けているんじゃない?仕事の面でも」
リアは思い当たる所があったのか一瞬、目を逸らす。
「これからきっちり教えるから。逃げない様に」
「……はい」
小さくなったリアは首を縦に振る。
仕事よりまずやる事が出来たわね。
駄女神矯正と言う大きな仕事が。
美希には申し訳ないけど当分は諦めて貰おう。
こうして私の駄女神矯正が始まった。




