02:エルフさんのお買い物と晩御飯
お昼ご飯を食べた後、寝室に行って色々昔の服を試してみたら合わない物がほとんどだった。
やはり身長が高くなった所為で肩だったり、袖が足りなかったりしてダメだったのだ。
悲しいのは下着だけ問題無かった。
生まれ変わっても胸の大きさが一緒なのはどうかと思う。
結局、自分の服では無く、都さんのワンピースとカーディガンを借りる事になった。
服が無いので都さんと華奈と一緒に家から近いショッピングセンターのアルプラザへ買いに行く事になった。
我が家からアルプラザまでは車で十分ぐらいだ。
お金は私の口座のお金をそのまま使う事になった。
私の遺産整理で半分は税金で持っていかれたみたいだが、それでも七千万程残っていた。
旦那も私が一億以上お金を持っていたのは知らなかったらしく遺産整理をしていてかなり驚いた様だ。
へそくりで外貨や株をかなり持っていて、デイトレードで地味に稼いでいたのだ。
バッグや財布は生前に使っていた物をそのまま使う事にした。
でも手持ちのブランド物のバッグは都さんや娘に譲る事にした。
寝室で服を試している時に私のケリーバッグを譲ると都さんに言ったら飛び上がる様に喜んでいた。
まぁ、あれ一つで百万を越えるから普通には手が届かないからね。
「都さん、私凄い目立つかしら?」
「フィーネさん、金沢みたいな田舎のアルプラみたいなショッピングセンターに外国人モデルの様な人間はいませんよ」
アルプラザに来た私達なのだが、周囲の人の視線が私に集まるのだ。
清楚なワンピースに薄い青のカーディガンに白の帽子にお気に入りのハンドバッグを持っているだけなんだけど。
帽子は耳を目立たない様にする為に被っている。
「フィーネさんと並んで歩く私とお母さんの方が辛い」
「何処のセレブのお嬢様かと思ってしまうわ」
二人には申し訳ない。
「ふと考えてみたらどんな服が合うか分からないわ」
ふと二人が不敵な笑みを浮かべる。
ちょっと怖いんだけど……。
「そんな事もあろうかと思って華奈と一緒に来たんですよ。諦めてたっぷり付き合って下さいね」
これは着せ替え人形フラグかしら?
「私とお母さんでしっかり選んであげるからね」
あ、これは確定ね。
ここは諦めて着せ替え人形になるしかない。
元六十八歳のお婆さんには縁が無い様なお店で着せ替え人形になりながら買い物が進んでいく。
助かるのは私の耳を隠す為に帽子とセットで選んでくれている事。
今の私の耳は目立ち過ぎる。
五件程周った所で一息吐く事にした。
サービスカウンター近くにある小さいコーヒーショップでコーヒーを飲みながら一服していた。
「ここのコーヒー好きだわ」
アルプラザ内にあるカウンターしかないコーヒーショップだが、このお店は生前からよく通っていたのだ。
頼んだのはいつも通りオリジナルブレンドだ。
マスター独自の配合だ。
ここのマスターの淹れるコーヒーは香りも去る事ながら酸味のバランスも良いのだ。
ここで飲む時は必ずブラックだ。
酸味の中にほんのり甘みがあり、それを楽しむ為だ。
砂糖を入れてしまうと分からなくなってしまう。
「お嬢さんはコーヒーがお好きな様ですね」
マスターがブラックで飲む私を珍しそうに声を掛けてくる。
女性でコーヒーをブラックで飲む人は少ない。
このお店では私ぐらいでは無かろうか?
都さんは砂糖とミルク、華奈はカフェオレだ。
「えぇ、この僅かに感じる甘みと鼻を抜ける香ばしい香りが良いわ。酸味もキツくないから飲みやすいし」
このコーヒーは本当に美味しい。
自然と口元が弛んでしまう。
「そう言って頂けると嬉しいです」
ここのマスターは意外にも若い。
三十代半ばぐらいなのだが、豆を選ぶセンスがピカイチだ。
「フィーネさん。この後は食品の買い出しするつもりですが良いですか?」
「そんなに私を気にしなくて良いのよ、都さん。それなら車の鍵、借りて良いかしら?この荷物を持ちながら食品売り場は行きにくいでしょ?」
私の服で手荷物が一杯なのだ。
「鍵を渡すのでお願いします。華奈、フィーネさんと一緒に車まで荷物をお願い」
「お母さん、分かったよ」
都さんから車の鍵を受け取りバッグの中にしまう。
休憩は充分したから行きましょう。
「ご馳走様。お会計、お願い出来るかしら?」
「はい。コーヒー二つにカフェオレ一つで千二百四十八円です」
私はバッグから財布を出し、財布から千円札二枚を出す。
「二千円ですね。七百五十二円のお釣りです。ありがとうございました」
「美味しかったわ」
受け取ったお釣りを仕舞い、コーヒーショップを後にする。
私と華奈は先に車に行き、買った私の服を車に積み込む。
「おばあちゃんはこれからどうするの?」
食品売り場へ向かう途中で華奈から唐突に質問を受ける。
「外ではフィーネって、呼んでね」
華奈の口に人差し指を当てる。
「正直な所、まだ何にも考えてないわ。私もいきなりこっちに来たから落ち着いている様で結構、混乱してるのよ」
こっちで落ち着く準備をしながらも何にも決めてない。
何で急にこっちの世界に来てしまったかも分からない。
「暇を見て……と言うか毎日暇になりそうだけど久しぶり日本をゆっくり見て回るのも悪くないわね」
色んな所を散策するのは良いかもしれない。
「私も一緒に行きたいって、言ったらダメ?」
「でも華奈は学校があるでしょ?」
孫と一緒に行く旅行は楽しいだろうが、華奈はまだ高校生だ。
「お休みの日とかはダメ?」
孫の誘惑に負けそうになる。
世の爺婆が孫にだだ甘になるのはよく分かる。
おねだりする姿が可愛い過ぎる!
でも私の所為で成績が下がったり、学校に行かなくなるのは困るし、家族に申し訳ない。
「そうねぇ……成績はちゃんと維持してお父さんとお母さんを説得出来たら良いわよ」
「うん!行く時は教えてね。お父さんとお母さんは頑張る」
もしかしたら私が亡くなってかなり寂しい思いをさせたのかもしれない。
そう思うと胸がキュッと苦しくなる。
「あそこに都さんがいるわ。今日は私がご飯作ろうかしら?」
「本当!?おばあちゃんの料理は美味しいから大好き」
「外では名前で呼んでね」
「あ、ごめんなさい。フィーネさん」
しまった、と言う顔をして謝る華奈。
そんな慌てる華奈の頭を撫でながら孫の可愛さを堪能する。
「お待たせ、都さん」
都さんに車の鍵を返す。
「いえ、何か華奈が騒いですみません」
「良いのよ。私も孫と一緒でついはしゃいでしまったわ。今日の晩ご飯は私に作らせてもらえないかしら?」
今日はみんなに色々させてしまったからご飯ぐらいは作って上げたいのだ。
都さんもたまにはゆっくり出来るだろうし。
「え、お義母さんはまだこっちに来たばかりですから」
「今日はお世話になったからゆっくりして。私がいなくなってから大変でしょ?」
我が家の家事は私と都さんしかしないから私がいなくなったら都さん一人でやらないといけなくなるのだ。
普段は看護師をしながら家事もしているのだから大変だ。
「お任せしても良いですか?」
「勿論。都さんも私の娘なんだから甘えても良いのよ。後、平日の家事は私がするから」
「そこまでしてもらうのは……」
「今のままだとやる事が無いのよ。私が家事をやれば都さんは楽になるし、私も家の事をやりたいの」
お金があるから良いが家事まで頼りきりのニートババアにはなりたくない。
「分かりました」
都さんは恐縮しながら頷いた。
都さんから見て怖い姑と思われてないと信じたい。
「買い物してしまいましょう」
久しぶりの息子の嫁と孫との買い物は懐かしく楽しい時間だった。
買い物から帰ると既に陽が落ちていて周りは薄暗くなっていた。
秋の金沢は風が冷たく天気も悪い日が多くなってくる。
だがこの湿った冷たい風が金沢に帰って来たと言う実感が湧く。
生前の私は金沢で産まれ育った。
両親は富山の氷見出身だったが、父親の仕事の関係で私が産まれる頃には金沢に住んでいた。
今は北鉄浅野川線沿いの割出駅の近くに住んでいるが、小さい頃は駅西の西念に住んでいた。
小さい頃は田んぼと畑しか無かった。
高校までは進学高に進んで勉強三昧の日々だ。
私には医者になりたいと言う夢を持っていた。
旦那の仁君に出会ったのは高校生の時。
彼も医者になる夢を持った学生の一人だった。
同じ夢を見る者同士勉学に励んだ。
その甲斐もあり、二人共無事に内灘にある金沢医科大学に合格した。
仁君と付き合い始めたのもこの頃だ。
大学生活は順風満帆とは行かなかった。
在学中に妊娠してしまい私は休学する事になってしまったのだ。
結婚に関してはどちらの両親も暖かく迎えてもらえたのは嬉しかった。
何だかんだで卒業したのは二年遅れて二十六歳の時。
旦那は卒業後に実家の本巣医院を継ぐ為に実家で働く事になった。
私も働く頃にはご両親は引退して二人で切り盛りしていた。
子供は四人の子宝に恵まれた。
長男の輝、長女の照、次女の美希、三女の彩菜、四人とも私の可愛い子供達だ。
三女の彩菜は四十を超えての高齢出産でかなり身体の負担が大きくかなり難産だった。
彩菜と孫の華奈は歳が近いからか姉妹の様に仲が良い。
彩菜は娘と言うより孫に近い感じがしてかなり甘かったと思う。
彩菜が産まれてから漢方に興味を持ち、知り合いの漢方医に教わりながら知識を付けていった。
まぁ、歳を取りすぎて頭に入らなくと大変だったけど。
その甲斐もあって医院で漢方薬も処方する様になると近所の年配の方々にも好評になり、それ目当てにウチまで来る患者が増えた。
そんな充実した日々も還暦を超える頃に終わりを告げる。
肺ガンに罹ったのが発覚したのだ。
まだ初期段階だったので放射線治療で一度は治ったが再発したのだ。
原因は禁煙が出来なかったからだ。
生前の私は趣味が煙草と言っていいぐらいのヘビースモーカーなのだ。
今は何故やめれなかったかと後悔している。
結局、他の部位に転移し命を落としてしまったのだ。
そんな私が自宅のキッチンで晩ご飯の準備をしている。
晩ご飯はひじきの煮物とほうれん草の和え物、メインは豚の生姜焼きを作るつもりだ。
三百年振りに立つ我が家のキッチンは亡くなる前とほとんど変わりが無い。
調味料を確認すると普通の醤油だけではなく大野の甘口醤油に日本海味噌もしっかりあった。
大野の甘口醤油は砂糖が入っているので普通の醤油より本当に甘い醤油なのだ。
お刺身を食べる時に使うと素材の味がより一層際立つ。
ただ煮物等にも合うが量が分からなくなるので都さんは煮物には普通の醤油を使っている。
私は長年の経験で目分量だ。
日本海味噌は北陸ではメジャーな米麹味噌だ。
ゆきちゃんのCMでお馴染みの物だ。
私はこの味噌以外は使わない。
ほんのりとした甘みが特徴でこれに慣れると他の味噌は使えない。
味噌は地元の物に限る。
まずは乾燥ひじきをたっぷりの水で戻し、水煮の大豆をザルで軽く水を切っておく。
油揚げは熱湯を掛けて油抜きをして、人参と一緒に細切りにする。
フライパンに油をひき、ひじき、人参を炒め、油がさっと回った所で水を入れ、沸騰した所に顆粒出汁、醤油、酒、みりんを入れ、一緒に大豆と油揚げも入れて煮ていく。
大野の醤油を使うので砂糖は使わず、みりんの量も調整が必要だ。
煮汁が程良く減った所で火を止めて置いておく。
ひじきの煮物は私が食べたかったのよね。
向こうだとひじきが無いし、油揚げも無いし、醤油も無いからね。
次にほうれん草の和え物に取り掛かる。
ほうれん草は根元をしっかり洗って土を落とし、たっぷりのお湯を沸かした鍋に根元だけを先に入れ、葉を入れて一分経ったらさっと上げて冷水に晒す。
ほうれん草はを軽く水気を絞って程良い大きさに切り分け、細かく刻んだ塩昆布としらす干し、醤油をほんの少量、アクセントに刻んだ柚子の皮と共に和える。
塩昆布の旨味とほんのり香る柚子が絶妙な味を生み出す。
刻んだ柚子の皮は冷凍してあって、冷凍庫に残っていたのでちょうど良かったわ。
都さんは余り使わないのかしら?
最後に豚の生姜焼きだ。
我が家は豚のロース肉ではなく、豚のコマ肉を使っている。
基本面倒なので焼肉のタレにすり下ろした生姜と酒を加えたタレに豚のコマ肉を漬け込む形。
焼肉のたれ、本当に便利よね。
主婦の味方だわ。
フライパンに油をひき、タレは残して豚肉を炒める。
火が通りきる前に豚肉を皿に引き上げ、そのフライパンに切った玉ねぎを入れて炒めて、玉ねぎがしんなりとしてきたら残したタレを入れ、引き上げた豚肉と軽く混ぜ合わせる様に炒めて、千切りキャベツを盛った皿に盛り付けて完成。
日本の調味料は最高ね。
「おばあちゃん、これテーブルに持っていくね」
「お願い」
配膳は華奈に任せて味噌汁とご飯をよそっていく。
お米はやっぱコシヒカリよね。
食卓に私の作った料理が並べられていく。
冷蔵庫にある白菜漬けと柴漬けを出しておく。
白菜漬けは旦那の好みで柴漬けは私の好みだ。
「花梨奈の料理が並ぶのは何か夢の様だな」
旦那にそう言われるとくすぐったいけど嬉しい。
「母さんの料理かー、懐かしいよりは久しぶりな感じだな」
亡くなって一ヶ月しか経ってないからそんなもんかね?
「お母さんの料理も好きだけどおばあちゃんの料理も好き」
「俺はばあちゃんの料理の方が好き」
孫達や、おばあちゃんは嬉しいよ。
透也や、都さんの前ではもう少し言葉を選ぼう。
「まぁまぁ、そんな煽てても何も出ないわよ」
今おねだりされたら頷いてしまいそうだわ。
「お義母さん、すみません。全部お任せしてしまって」
「良いのよ、都さん。冷めない内に頂きましょう」
頂きます、と共にみんな食べ始める。
味噌汁はやっぱりこの味よね。
豆腐とネギの組み合わせは鉄板だけに最高。
豆腐も久しぶりで泣きそうだわ。
ひじきの煮物は程良く味が染みて甘さもちょうど良いのよね。
ほうれん草の和え物は塩昆布の旨味、塩気に柚子の香りが絶妙にマッチしてよく出来てるわ。
生姜焼きは焼肉のタレを使っているから外れの無い鉄板の味ね。
柴漬けも食感と酸味がご飯が進むわね。
「久しぶりの花梨奈の作ったご飯は美味かったな」
そう言って旦那は熱い緑茶を啜る。
食後は熱い緑茶に限るわね。
「どう致しまして」
リビングの横にある茶の間にある炬燵に入りながら私もお茶を飲む。
私と旦那は茶の間でドラマ、息子夫婦と孫はリビングでバラエティを見るのが我が家の食後だ。
ただ茶の間の中陰段には私の遺骨と遺影、位牌が置いてあり複雑な気分だ。
前の私が死んだと言う実感が湧いてくる。
もしかして、自分で自分のお墓参りしないといけないのかしら?
「またこうやって花梨奈と一緒にいるのは奇跡みたいだな」
「えぇ、本当に奇跡よね。人間じゃなくなった妻は嫌じゃない?」
「どうあろうと花梨奈がいるのが嬉しいんだ」
「仁君、ありがとう」
やっぱり私が愛した旦那は違うわね。
「おじいちゃんとおばあちゃんの周りがピンク一色だよ」
「彼氏のいない私には辛い惚気オーラ」
「コラ、華奈、透也!そんな事を言ったらダメよ」
私と旦那の甘い雰囲気に私達を揶揄う孫達を都さんが窘める。
「これからどうする?」
「暫くはゆっくり過ごすつもりよ。私は死んだ人間だから私を証明する物も何も無いから迂闊な事も出来ないから」
今の私は何処から来たか分からないただの不法入国者だからだ。
幸い病院については家が病院だから何とかなるが、身分証明書が必要な事は何も出来ない。
「そこは何とかなりそうだ。一応、儂の養子と言う形だがな」
「もしかして、野村さんを頼ったの?」
「アイツには大きい貸しがあったからな」
野村さんは外務省のお偉いさんだ。
旦那の昔馴染みで旦那に大きな貸しがあるらしい。
私もそんなに会った事がある訳ではないから詳しくは知らない。
「免許は取り直さないとイカンのは諦めてくれ。花梨奈のベンツはそのままだから免許を取ったら使うと良い」
愛車のメルセデスベンツCLS350は車庫に入ったままらしい。
株の儲けで買った車だ。
一千万もしたが孫の華奈以外は乗りたがらない。
何故かしら?
「それなら早く免許を取った方が良さそうね」
「手続きが終わったら教える。医師免許はどうする?」
「流石に学生からやり直すのは無理よ。本当はあなたの手伝いが出来たら一番なんだけど……」
今から高校生からやり直すのは色々と無理がある。
「折角、生まれ変わってこっちに来たのならのんびり過ごしたらいい」
「家事は私がやる事にするわ。都さんが仕事をしながら一人で家事を全てやっていたら倒れてしまうわ」
洗い物が終わった都さんがこっちの部屋に来た。
都さんと私はサスペンスドラマが好きなので一緒に観る事が多いのでこっちの部屋にいる事も多いのだ。
「お義母さん、すみません」
「都さん、そんな事気にしなくて良いのよ」
息子と孫達や、家事ぐらい手伝いましょう。