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14:エルフさんとヴァースにいる家族

 食事会が終わると一度、みんなで自宅へと戻る事になった。

 照と隆さんが家にいる二人の息子である翔太を迎えに行かなければならないからだ。

 三人は愛知県の知立(ちりゅう)市に住んでいるのでこれから高速道路を使って頑張って帰るらしい。

 隆さんは自動車メーカーで働いているみたいで平日は基本仕事で翔太も学校があるので帰らないといけないのだ。

 金沢から名古屋までは大体休憩をいれて三時間から四時間程、そこから知立(ちりゅう)までとなると合計で四時間半。

 隆さんが言うには日付を越える前に家に着けたら良いと言っていた。


 美希は野々市市に住んでいる。

 喫茶店を経営しており、借りたテナントが住居付きだったので、独り暮らしをしているのだ。

 明日はお店の定休日なので泊まって行く様だ。


 一番下の彩奈は滋賀県に住んでいる。

 大学を卒業して就職した会社が農耕機メーカーで研究所が米原にあるのだそうだ。

 実際に住んでいるのはひこにゃんで有名な彦根市だ。

 月、火と有休を取った様で美希と一緒で泊まっていく。


 残念系女神のリアもウチに泊まるらしい。

 明日から住むんだから大して変わらないけどね。


 照と隆さんと翔太を見送り、お風呂へ入り私は旦那と一緒に晩酌を始める。


「今日は疲れたわ」


 私はビールをグビグビと呷る。

 ビールのシュワシュワとした爽快感に癒されるわ。


「そう言えば、お前の所の本家の四十住(あいずみ)(いつき)君は悲しそうな顔をしてたな。彼は儂より辛そうだった」


 四十住と言うのは氷見にある私の親の実家の事だ。

 両親は最終的には氷見にある家に住み、その後を継いだのが私の弟である樹だ。

 私は四十住家の長女で下に妹の佳乃(よしの)を含めた三人姉弟。

 樹は私より十も離れており、小さい頃はよく面倒を見ていた。

 その為、両親より私から離れられないぐらい引っ付いていたので当事は樹の将来が心配だった。

 私の結婚を機に少しずつ独り立ちして行った。


 そんな樹なのだから私が亡くなれば当然、悲しむだろう。


「樹君には教えないのか?」


 旦那の問いに私は首を横に振る。


「樹も良い年よ。年齢を考えればこうなるのは別におかしい事では無いから。それに今の私を受け入れるのは難しい気がするから……」


 樹は非常に頑固な性格だ。

 一度、思った事は中々変える事が出来ない。

 樹に余計な混乱を与えたくは無い。


「もう彼も還暦が近いか……。そこは花梨奈の判断に任せる」


 旦那は何かを飲み込むようにグラスを呷る。


「えぇ、別れは必ず来るもの」


「何処か達観しているな」


「三百年も生きていれば色んな別れを経験するわよ。でも一番辛いのはあれかな……」


 私の遠くを見る様な物憂げな表情に旦那はすっと私の肩へ手を回した。

 あぁ、この温もりをまた味わえる私は幸せだと思う。


「向こうで夫を亡くした時、私が死んだ時に仁君の気持ちが分かった気がしたのよ。あれは凄く辛くて悲しかったわ。私は千年を生きるエルフで彼は頑張っても百年しか生きられない人間だから必然の別れなんだけどね……」


 あの時は恥も外聞も無く子供達がいるにも関わらず泣いた。

 夫が亡くなった事が悲しかった事もあったが、旦那に同じ様な思いをさせてしまった事に気付き、余計に悲しく、生前の自分の愚かさに嘆いた。


「そう言えば向こうのお前の子供達はどんな子なんだ?」


「あら、いきなりどうしたの?」


 私の夫との子供だと妬けたりしないのかしら?


「少し気になったんだ。花梨奈の子供なら私の子供と言っても言いぐらいだ」


 思っていたより旦那の懐は広い様だ。

 旦那に夫の子供を認めてもらえるのは嬉しい。


「妬いたりしないでね?」


「しないさ」


 旦那は当然と言わんばかりに言った。


「まずは長男ね。エルクと言って私の跡を継いで侯爵家の当主で宰相をしているわ。昔は色々とやんちゃで手を焼いたわ。王都の学院に何度呼び出されたか分からないわ。でもそんなやんちゃ息子が今は国王の下で宰相として補佐しているのよ。私の子が国の中枢で腕を振るっているなんて笑っちゃうでしょ?」


 侯爵家当主の座は私が押し付けた物だが宰相の地位は違う。

 エルクは自らの力で周囲を認めさせて宰相の座を捥ぎ取った。

 その実力には母親ながら驚きを隠しきれない。

 自分の息子がそんなに優秀だと思っていなかったからだ。


「良いじゃないか。自慢の息子と言えるんじゃないか?」


「宰相と言ったら国のNo.2よ?まぁ、自慢の息子なのには違い無いけど……」


「でもやんちゃなのはお前に似たんじゃないか?」


 痛い所を突いてくる旦那。

 良くも悪くもエルクは私と夫の上手い具合に間を取った様な性格なのだ。

 若い頃は性格が私に似ていると夫に幾度と無く言われた。


「そうかもしれないわね。息子の子供は三人いるけど、どの子も可愛いわ」


「どんな孫か気になるな」


 旦那は私の孫が気になるらしい。

 向こうには写真なんて便利な物は無い。

 そう言えば記念に家族揃って書いてもらった姿絵が鞄に入れてあったかもしれない。


「ちょっと待ってて。もしかしたら姿絵があるかもしれないわ」


 私はそう言って足早に自室へ戻って鞄の中を探す。

 鞄から一枚の絵を取り出す。

 そこには私と夫を中心に子供達と孫が描かれていた。

 この絵を描いてもらった時には夫は既に他界している。

 夫の姿見を持ち出して一緒に描いて貰える様にお願いしたのだ。

 私は家族集合の姿絵を持って茶の間へ戻る。

 そこには旦那以外にお風呂上りの美希と彩奈もいた。


「お母さん、それは何?」


 私の抱えている物が気になった美希が聞いてきた。


「向こうの私の家族の姿絵よ。仁君が見たいって言うから」


 旦那に姿絵を渡す。


「花梨奈の横にいるのが向こうの結婚相手か?」


 旦那は私の横にいる壮年の人間の男性を指した。

 そこは気になるわよね。


「えぇ、そうよ。向こうの私の夫のアイザックよ。元々、私と一緒で薬師をしていたのが縁で一緒になったの」


 彼は王都で薬局を開いており、そこで調合をメインに薬師として働いていた。

 私は調達から調合、生前の経験を生かして患者の診察も行っていたので純粋な薬師とは違うかもしれない。


「へぇ~、お母さんの相手の人、カッコいいね。お父さんよりカッコいいんじゃない?」


「そうだよね。私もこんなオジサンなら結婚したいかな」


 彩奈と美希は好き勝手に言う。

 旦那の前ではちょっと控えようか。


「まぁ、儂はそこまでカッコいい人間では無いからな。映画の俳優を見ている気分だな」


「あら、私は仁君の方が好きよ。彼との結婚も結構、悩んだんだから……」


 アイザックから結婚を申し込まれた時、私は旦那の事が頭に浮かんで直ぐに答えを出す事は出来なかったのだ。

 生まれ変わっても旦那の事を忘れる事が出来ずに引き摺っていたのだ。


「それは嬉しいな」


「どう致しまして。これが息子のエルクで手を繋いでいるがお嫁さんのビアンカさんよ」


 前列に椅子に座って夫とは反対側に座る男性と女性を指した。

 旦那と娘達は私と絵を交互に見比べる。


「お前の息子だけあって顔がそっくりだ。特に目許なんて一緒じゃないか」


「本当ね。お母さんを男の人にするとこんな感じになるのかしら?」


 顔はよく似ていると言われる。


「うわ、でも凄いイケメンだね」


 エルクはモテたからね。

 彩奈がイケメンと言うのは分からなくは無い。

 色んな所から婚約の話が山程来て、その対応に苦慮したのが懐かしい。


「この子が私の娘のヘルッタよ」


 夫の座る椅子の横に立つ凛々しく立つ女性を指した。


「小さい頃はは大人しくて引っ込み思案でぬいぐるみを抱えて私の後ろ付いて来る様な子だったわ。でも学院に通う頃から騎士を目指して、今は国に仕える騎士として頑張っているわ」


 昔は泣き虫でよく一緒に寝てあげた。

 今でも甘えんぼなのは変わらないかしら?


「性格は花梨奈とは似なかったのだな」


「ヘルッタの性格は夫と一緒なのよ」


 夫、曰く、ヘルッタの小さい頃は夫の小さい頃と一緒らしい。

 実際に夫は私と一緒にいる時ははっきり喋るが外へ行くと口数が物凄く減る。

 かなり人見知りをするのだ。

 小さい頃のヘルッタの人見知りは本当に手を焼いた。


「顔はお母さんと一緒ね。私達よりそっくりよ」


 美希の言う通りヘルッタは夜会でドレスを着ていると私と間違われるぐらい似ている。


「後ろに立っているのが私の孫で右からラルフ、リューディア、ミーシャよ」


「孫だと思うとどの子も可愛いな」


 旦那は優しい顔で私の孫を見る。


「この子可愛い~。何で美人しかいないの?」


 そんな事を私に聞かれても困るわよ。

 私から見れば彩奈も充分、美人の部類に入ると思うのだけどね。


「お母さん、この人と結婚したいわ」


 美希はそう言って孫のラルフを指す。


「あー、お姉ちゃんズルイ!」


 二人ともどっちも私の孫なのよ。


「そもそもこっちの世界の人間じゃないから無理だし、私の孫だからね」


「全くお前達は……」


 旦那は溜息を吐きながら娘二人に呆れていた。

 まぁ、ラルフは私から見てもカッコいいから気持ちは分からない訳では無いんだけど、娘と孫が結婚するのには抵抗がある。

 向こうでは珍しくは無いけど……。


 私は姿絵を鞄に仕舞う。

 その様子に美希と彩奈は目を丸くしていた。


「もしかして、異世界定番の空間収納?」


「定番かどうかは知らないけど、そうよ」


 彩奈の目がキラキラと興味津々と言った感じで輝いていた。


「お母さん、魔法も使えるの?」


「使えるわよ」


 華奈と透也とのやり取りと似た様な展開になってきた。


「見たいって言ったらダメ?」


 そう来ると思っていたわよ。


「良いわよ」


 私は溜息を吐いて頷く。

 華奈と透也に見せて彩奈にはダメと言えないからね。


水成(アクア)


 私は手の平の上に拳ぐらいの大きさの水の塊を生み出す。

 それを空中で器用に形を変えながら動かす。


「生魔法だ~」


 生魔法って、何よ?

 それにしても嬉しそうね。

 少し形を整えて東洋の龍の様な形にして動かしてみる。


「綺麗……動画に撮っていい?」


 美希は炬燵の上を飛んでいる水龍を見ながら聞いてきた。


「それはダメよ。こっちの世界に魔法は無いんだから。もしバレたらここにいられないじゃない」


 万が一、流出したら大変な事態になるのは確実だ。


「そうね。ごめん……」


 美希は素直に謝った。

 魔法に興奮してうっかりしていたのだろうから仕方が無い。


「気にしてないわよ。そろそろ良いかしら?」


「お母さん、ありがとう」


 彩奈はご満悦の様なので私は魔法を解除して生み出した水を消す。


「本当に不思議だな。年甲斐も無く見入ってしまった」


 魔法に馴染みの無い人からすれば当然よね。


「こっちにいる時は極力、使わない様にするつもりだから」


 でも洗浄(クリーン)は便利だから頑固汚れやお風呂掃除には使うかもしれないけど。


「そうだ、野村から連絡が来たぞ。一応、戸籍と住民票は準備出来たぞ。来週にはコピーが郵送で来るらしいから確認しておいてくれ」


 野村さんの仕事は早かった。

 私の予想では一ヶ月ぐらい掛かるんじゃないかと思っていたけど、一週間も掛からずやってくれたのは非常に嬉しい。

 これで免許が取れる。

 折を見て免許を取りに行こう。


「分かったわ。免許だけは早めに取りに行くつもり」


「お母さん、戸籍と住民票なんかどうやって登録したの?」


 美希は訝しげに聞いてくる。

 普通は私の様な怪しい人間には無理だ。


「ちょっと仁君の伝手でね。あ、一応、家族以外のいる場では呼び方は気をつけてね」


「分かってるわよ。フィーネさんで良いんだっけ?」


 食事会の時に私の扱いについて説明しておいたのだ。

 複雑な心境ではあるとは思うけど。


「そうよ。外で私を母親呼ばわりしたら面倒になるわよ」


「それにしても……何か反則だわ」


 美希が何処か恨めしそうな視線を私に送ってくる。

 はて、何かしたかしら?


「美希さん、その気持ち分かります」


 美希の言葉に同意したのはお風呂上りの都さんだった。


「あの透き通る様な白い肌は卑怯よ」


「羨ましい限りです」


「それを言ったらリアもそうでしょ?」


 肌に関してはリアも大概に綺麗過ぎる。


「あれは女神様だから仕方が無いけど、お母さんだと思うと……」


「ですよねぇ……」


 一応、私も女神なんだけど……。


「皆さんどうかしましたか?」


 そこに女神本人がやってきた。

 お風呂上りで頬が少し上気していて少し赤いのが色っぽく見える。

 だが髪の毛をしっかり乾かして無いので髪が水気でべっとりしている。


「リア、ちょっとこっちに来なさい」


「どうかしたんですか?」


 本人は全く気にならない様だ。


「髪をしっかり乾かさないとダメと言ったでしょ?」


「このぐらいなら大丈夫です」


 全然、気にしないリアに私は洗面所からドライヤーを持ってきてリアの髪にドライヤーの温風を当てながら乾かす。


「全く、子供じゃないんだから……」


 手櫛を入れながら置くまで温風を行渡らせる。


「それにしてもアルスメリアさんは反則です……」


 一緒にお風呂に入った都さんが悲壮感漂う表情で言った。

 そう言えばお風呂の使い方を説明する為に一緒に入ったのを忘れていた。


「そんなに凄かったですか?」


 美希はリアの体を上から下まで見る。


「……はい」


「都さん、南無」


 美希が合掌すると都さんは勢いよくビールを呷った。

 と言うかそのビール私の!?


 まぁ、リアの全裸を見たら凹むのは分からないでも無いけどね。


「それにしてもリアは都さんの前で裸は大丈夫なの?」


 昨日はそれで顔を真っ赤にしていたからどうしたのだろうか?


「それなら都さんがバスタオルを貸して頂けましたので……」


 少し申し訳無さそうに言うリア。

 誰か説明しなければいけなかったし、私は都さんがやってくれるって言うからお願いしたけど、私がやった方が良かったかしら?


「もう大丈夫です。花梨奈の家のお風呂の入り方はバッチリですから」


 そう自信満々に言われてもねぇ……。

 旦那以外は微妙な顔をしている。

 気持ちはよく分かる。

 旦那は見事なスルー力を発揮してテレビを見ながら焼酎を飲んでいる。

 こうして我が家に残念女神と言う居候が増えた。



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