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12:エルフさんとひがし茶屋街 その2

 お昼ご飯を何処にしようか悩んで歩いているとちょうど自由軒の看板が見えた。


「リア、お昼はあそこのお店で良いかしら?」


「何のお店ですか?」


「洋食のお店よ、金沢では結構、有名なお店ね」


「お店から漂ってくる匂いがお腹を刺激されたのであそこにしましょう」


 確かにリアの言う通りお店から漂ってくる美味しそうな匂いが空腹を刺激する。

 朝、あれだけ食べたのにもう空腹なのかと言われる辛いけど、観光している時のご飯は別腹なのである。


 お店に入ると如何にも昭和の趣が漂う店内だ。

 ちょうどテーブル席が空いたのでそこへ案内され、メニューを取る。


「ここでは何が良いのでしょうか?」


「オムライスが有名ね。私も初めてだから定番のオムライスのセットのプレートセットにするつもりよ」


「定番ですか……捨て難い選択肢です……」


 リアはうぬぬ、と迷っているメニューがある様だ。


「何か気になるメニューでもあったの?」


「このタンシチューが凄く美味しそうなのです」


 タンシチューか、気持ちは分かる。

 想像しただけで涎が出そうなメニューだ。


「それならシェアしながら食べれば良いんじゃない?」


「その手がありましたね。それでは私はタンシチューとライスにします」


 リアはその手があったかと言わんばかりに手を叩く。

 店員さんを呼んでプレートセットとタンシチューとライスを注文する。


 自由軒は金沢でも百年以上経つ老舗の洋食屋だ。

 旦那はここに何回か来た事があるらしくここのオムライスは絶品と太鼓判を押していた。

 こう見えてウチの旦那はグルメなので期待値は高い。


 のんびり待っていると私のプレートセットとリアの頼んだタンシチューとライスが来た。

 プレートセットはオムライスのお皿にサラダとクリームコロッケが乗り、お味噌汁が付いているセットだ。


「「頂きます」」


 まずはオムライスから頂く。

 ここのオムライスは流行のふわとろの卵では無く昔ながらの薄焼き卵で包んである。

 端からスプーンで切り取って一口放り込むと予想外の味が口の中に広がった。

 普通のオムライスはチキンライスかバターライスを卵で包むのが一般的だ。

 ここのオムライスは醤油ベースのコクがあるソースが絡まったライスなのだ。

 醤油の持つ香ばしさに肉のうま味をまとったライスと卵の絶妙なハーモニーに心が躍らされる。


「リア、一口食べる?」


「はい」


「じゃあ、あ~ん」


 私は卵とお米が良いバランスになる様に切り取りリアに食べさせてあげる。


「おぉ、これは意外な味付けですね。オムライスと聞いたのでケチャップの味を想像していました。でも醤油の効いたこの味は良い意味で期待を裏切ってます」


 本当にその通りだ。

 上手い具合に和の要素とマッチしているのが良いのだ。


「それではこちらもどうぞ」


 リアがタンシチューを一口分掬ってくれたので、そのまま頂く。

 濃厚なデミグラスソースのうま味と香りが口の中で弾け、充分煮込まれたタンは舌で解ける柔らかさ。

 食べていると頬が落ちそうになる。


「これは絶品ね」


「はい。食べると言うか飲む感じですね」


 そのぐらいタンが柔らかいのだ。

 サラダも自由軒オリジナルのドレッシングで豊富な野菜うま味と甘みと程よい酸味が生野菜の味を上手に引き立てている。

 クリームコロッケも熱々のトロッとしたクリームソースが堪らない。

 こんなに美味しいお店なのに生前来なかったのを少し後悔した。


「良いお店ね」


「また食べに来たいです」


「少しゆっくりしたら出ましょうか」


 追加でコーヒーを頼み少しのんびりしてからお店を後にした。


 次に向かうのは金箔貼り体験が出来る箔一の東山にあるセレクトショップだ。

 金沢は何と全国生産量の99%を誇る程、金箔の産地だったりする。

 金箔が初めて金沢で作られたのが何時かははっきりした事は分かっていないが、前田利家公が来られるより前からと言われるぐらい歴史があった。

 江戸時代では江戸と京都に金銀箔類の製造及び販売を統制され、金沢で箔類の製造が出来なくなった時期があった。

 それでも金沢の職人は箔類製造業の確立に向けて運動を繰り返していた。

 しかし、時が明治になると共に箔類の統制は無くなり、生産・販売が自由になる事で金沢の箔類製造が盛んになり、今では金箔の一大産地となるまでに至った。


 ここ、箔一は金沢でも代表的な金箔製造、それらを用いた商品の開発及び製造を行っている会社だ。

 金沢箔と銘打って金沢の金箔工芸を全国に広めた立役者とも言える。


 事前に予約してあるので、サクッと案内され、金箔貼り体験が出来る工房と言うか教室の席に着く。

 机の上には素地となる漆塗りの小箱、道具一式、そして金箔が既に準備されていた。

 リアは興味深そうに道具を手に取って眺めている。

 そう言う私も金箔貼りは初めてなので余り人の事は言えない。

 先生が色々な説明をしながら指示に従って作業を進めていく。


 私は無難に型シールを使って金箔を貼る事にする。

 悲しいかな、私にはデザインセンスが無いのだ。

 子供達からは散々、絵心が無いと言われたのだ。

 正直、辛い……。

 ここは無難な選択をした。


 横目でリアを見ると白紙の型シールを器用にくり貫き、中々細かい絵柄を作っている。

 残念女神の癖に妙に器用だ。


「どうしました?」


 私の視線に気付き首を傾げるリア。


「何でもないわよ。それにしても気合の入った柄ね?」


「そうですか?装飾は結構好きなんです。つい凝ってしまうので……」


 その言葉にリアから貰った弓を思い出した。

 あの細かい装飾はリア自身がデザインしたのかと思うとデザインセンスで勝てる要素は無い様だ。

 冒険しなくて良かった。

 私のデザインセンスを披露した日には何を言われるか分かった物では無い。


 木箱の蓋に型シールを貼って金箔を貼る部分に薄めた接着剤を塗っていく。

 薄く塗るのがコツらしい。

 暫く放置して表面に粘り気が出てきたら布でしっかりと接着剤を拭き取る。

 これをやらないと光沢がしっかり出ない様だ。

 正直、何でそうなのかはよく分からないが先生の言う通りに手を動かす。


 いよいよ金箔の出番ね。

 型より少し大きめにカットした金箔を金箔専用の竹箸で掴む。

 金箔の厚さは1万分の1ミリと言う極薄。

 私は慎重に型の上に乗せていく。

 この作業はかなり神経を使う。

 皺になったり破れない様に息を極力抑えながらで必死である。


 無事に金箔を貼り終えると真綿で上から金箔を軽く押さえる。

 柔らかい毛の筆で余計な金箔を払い落としていく。

 不思議と型からはみ出た部分が綺麗に取れていく。

 時間を置いて乾燥させてから型シールを慎重に剥がす。

 そうすると綺麗に型の形に貼り付けられた金箔がお目見えする。

 最後に表面をコーティングした完成だ。


 型を使ったとは言え我ながら良い出来栄えだと思う。

 私のデザインは梅の花を三つあしらったシンプルな物だ。

 折角だから小物入れで自室で使おう。

 指輪とか入れておくにはちょうど良いかもしれないわね。


 リアはと言うと何と言えば良いのかしら?

 はっきり言って素人が作った物には見えないぐらい緻密なデザインになっている。

 デザインは細かい薔薇や草木が複雑に絡み合っており、ヨーロッパの方の王宮の装飾に使わそうなデザインだ。

 先生もその緻密で精巧なデザインに感嘆を漏らしている。

 そのまま売り物に出来るんじゃないかしら?


 私は自分の作った物を見るとその差に少し悲しくなったのは言うまでも無い。

 そんな私の思いを知らないリアは満足気に自らの作品を眺めている。

 まぁ……楽しめたなら良かったのかしら?

 私はしれっと自分の作ったのをささっと鞄へ仕舞いこむ。

 リアの作ったのと比較されるのは辛い。

 残念なぼっち女神だと思っていたけど、芸術の才能がこれ程とは予想外だった。


 金沢の伝統工芸に触れた私達は東山茶屋街から離れて浅野川大橋を渡り、川を渡る。

 この浅野川大橋なのだが、夜に来ると主計町(かぞえまち)の歴史のある街並みがライトアップされて昼間とは違った一面が窺える。

 川沿いの道を歩いて入っていく。


 ここは主計町(かずえまち)と言ってここも金沢を代表する茶屋街の一つ。

 由来は加賀藩士の富田主計(とだかずえ)の屋敷があた事から主計町(かずえまち)と名が付いた。

 ここも重要伝統的建造物郡保存地区として選定されている。


 着物姿のリアと並びながら石畳の道を歩く。


「あっちの街並みよりこちらの方が風情がありますね」


 東山と違い左手に木虫籠(きむすこ)と呼ばれる格子窓が付いた建物、右手に流れる浅野川が織り成す風景は人の営みと自然が融合した情緒ある街並みとなっている。

 知名度としては東山の方が有名だが、景色を楽しむのなら主計町(かずえまち)の方が断然おススメだ。


「そうね。向こうはちょっと窮屈な感じがするのよね。こっちは浅野川があるから時間がゆっくり流れる感じがするのよね」


「分かります。この歴史ある人工物と自然のコントラストがまた良いです」


 リアも東山よりこっちが気に入った様だ。

 それにしてもこうのんびり金沢を散策するのはもの凄く久しぶりだ。

 いつ以来だろうか。

 子供達が小さい頃は色んな所を散策したけど五十を越えてから金沢を散策した覚えが無い。

 還暦を過ぎるとガンの事もあって、余計に動けなくなっていた。

 旦那が休みの日に誘って二人きりで出かけるのも良いかもしれない。

 私が物思いに耽ながら歩いているとリアが笑顔で私を見ていた。


「どうしたの?」


「いえ、花梨奈も楽しそうだと思いまして」


 顔に出ていたかしら?

 やっぱ故郷に帰ってきたから自然と笑みが毀れたのかもしれない。


「つい……ね。ここは私にとって故郷だから。向こうに故郷と呼べる場所が無いから」


 私の中でヴァースに故郷と思える様な場所は無い。

 エルフの国は良い思い出が無いし、二度と行きたいと思わない。

 薬師として住んでいる町は故郷ではないから私にとって故郷はここなのだ。


「事故とは言え、こうやってこの光景を見られるのには感謝しないといけないわね」


 あの子には感謝しないと。

 二度と見る事が叶わない光景だったのだ。

 エルフの姿でこの地を踏む事など想像もしなかった。


「私はあんまり外に出歩く事が無かったので新鮮ですね。東京の人ごみの中を歩くのは正直言って辛いです」


 確かに東京のあの人の多さは辛い。

 私も学会で東京に行く事は何度かあったが、あの人の多さには慣れない。

 あの満員電車で通勤している人には尊敬する。

 あれが毎日とか私には到底無理だ。


「引き篭もってばかりより少し出歩いた方が健康的よ」


「分かっていてもついゲームに夢中になってしまうんですよね」


 乾いた笑いをするリア。


「あなた、本当に好きなのね……」


 このゲーム好きの感じは高校生の時の彩奈に似ている。

 彩奈もゲームセンターに通っていて、家でもゲーム三昧で注意した事がある。

 まぁ、成績はちゃんと中の上をキープしていたから良かったんだけど。


「日本のゲームはよく出来ていますから、ついハマってしまうんですよ。向こうにはこう言う娯楽が少ないですから」


 確かにヴァースではチェスの様なゲームと簡単なカードゲームぐらいだ。

 私の家に来たら自作牌の麻雀があったりする。

 向こうの人からするとルールが難しくて極々親しい友人としかやる事は出来ない。


「それならこっちから面白そうなのを向こうに広めたら良いんじゃない?麻雀の普及ならやっても良いわよ」


 向こうで麻雀仲間が増えれば私の暇潰しにはちょうど良いしね。


「もっと子供達も楽しめるゲームが良いですね」


「そうすると無難にトランプやオセロや囲碁とかになるんじゃない?と言うか転生者で広めている人はいないの?」


 私みたいな転生者が一人では無いので誰かやってないのかしら?


「皆さん、どうも他人の娯楽にまで気が回らないみたいで……。そうだ!花梨奈が向こうに戻ったら広めて貰えませんか?」


「麻雀なら可」


 他のは面倒だから却下。


「何ですか……そのピンポイントなのは……?」


「興味無いから。それに商売とか面倒だし。誰かが商売をするなら応援ぐらいはしてあげるわよ。一応、元侯爵家当主だから」


「人選は私がしますので戻ったらお願いします」


 本当にやる気なんだ……。

 ま、娯楽は必要よね。


「分かったわ。そろそろ引き返しましょうか?着物を返して金沢駅に行ったら良い時間になりそうだし」


 気が付けば主計町(かずえまち)の目ぼしい場所は通り過ぎており浅野川に掛かる中の橋を通り過ぎていた。

 この橋は泉鏡花(いずみきょうか)の小説の照葉狂言(てりはきょうげん)の舞台にもなっている。

 話の内容は能役者の男性を主役にした物語だった気がする。

 正直、読んだ事が無いので詳しい事は知らない。


 中の橋は金沢情緒がある橋なのでここをのんびり渡り、対岸の遊歩道を歩いて東茶屋街へ戻る。

 対岸の遊歩道も綺麗に整備されており、こちらからの眺めは川と昔ながらの茶屋を織り交ぜた風景が楽しめる。

 主計町(かずえまち)を眺めると言う事であれば対岸から見る風景も乙な物だと思う。


 のんびり主計町(かずえまち)と浅野川の風景を楽しんだ私達は着物レンタルのお店に戻って、リアの着ていた着物を返却して金沢駅へと向かった。


 金沢駅へは橋場町から武蔵が辻経由で十分程で着いた。

 時計で時間を確認すると旦那が迎えに来るまで二十分程あった。

 と言う訳で私は金沢駅にある百番街に来ている。

 所謂駅中デパートと言われる商業施設だ。

 昔はお土産を中心に扱う『おもやげ館』、飲食店中心の『あじわい館』、そしてファッションを中心とした『トレンド館』、最後に飲食店、待合室、郵便局等が入った『ふれあい館』に分かれていた。

 北陸新幹線開業に合わせて一身され、お土産や飲食店に和菓子の店舗が入る『あんと』、ファッション関係の店舗が集まる『Rinto』、新しく生鮮食品スーパーやコンビニ、クリニックからホテル、飲食店が入る『くつろぎ館』となった。

 今いるのはあんとだ。


「美味しそうなお菓子が一杯ですね」


 リアはショーケースに並ぶお菓子に目が釘付けになっていた。

 ここに来たのは遠くから来た娘達への手土産を買う為だ。

 私はお菓子には目も暮れずに一つのお店の前で足を止める。


 そこはお麩の専門店である不室屋(ふむろや)だ。

 尾張町に本店を構え、江戸時代から続く加賀麩の老舗だ。

 知らない人からすればお麩をお土産と首を傾げる人もいるだろう。

 でもここのお麩は他のお店とはちょっと違う。

 普通のお麩もあるが、今日の目的は宝の麩だ。


 これは簡単に言えばインスタントのお吸い物だ。

 だがただのお吸い物では無い。

 箱状のお麩の中にお吸い物の具が入っており、付属の昆布だしを器に入れて、箱状のお麩に指で穴を開けてお湯を掛けると、具が花を開く様に中から出てくるのだ。

 目と舌で楽しめる特別な一品だ。

 食料品系のお土産の中では下手なお菓子より宝の麩をオススメしたい。


「すみません。宝づくしの二十個入りを四つ下さい」


 店員さんにショーケース内の宝の麩の詰め合わせの箱を指した。

 照と美希と彩奈の分だけでも良いのだけれど、久しぶりに私も食べたいので自分の分も購入する。

 自分用は正直、箱は要らないけど面倒だからまとめて同じのにした。

 店員さんはテキパキと紙袋に詰めてくれ、小分け様の紙袋もちゃんと入れてくれた。


「ありがとう」


 私はお菓子のショーケースに張り付いているリアの元へ戻る。


「お待たせ」


「それは何ですか?」


「食卓に並んでからのお楽しみね。リアは何か買うのかしら?」


「思っているより美味しそうなお菓子が多くてどれを選んで良いか迷ってます」


 ここに並んでいるだけでもかなりの種類がある。

 まず和菓子系にするか洋菓子系にするかで悩む。

 きっとリアはどっちも食べたくて悩んでしまっているのだろう。


「当面、金沢に住むんだから今日は適当に一つ買って、また買いに来たら良いんじゃないかしら?」


「そうですね。ちょっと買って来ますので、少し待っていて下さい」


 リアはそう言って足早にお店に買いに行った。

 買い物が終わってちょうど百番街を出ようとすると旦那から電話が掛かってきた。




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