10:エルフさんと旅館の朝食
昨日は現実逃避して早々に寝てしまったので四時頃には目が覚めてしまった。
九時に寝れる辺り年寄り気質は抜けていない。
と言うか個人的な感覚ではあるけど、整然の転生者の場合、前世で死んだ年齢に色んな事が物凄く引き摺られる。
私なんか転生したばかりの幼少期なんか酷い物だった。
つい物事を前世の感覚で話そうとしてしまうから異常にませた子供になっていた。
三歳の子供が侍女に掃除の仕方を指摘したり、お茶の淹れ方を教えたりしているのだから。
どちらかと言うと姑かもしれない。
そんな話は置いておくとして早く寝て早く起きる生活は転生してからも続いているので苦にならない。
隣りの布団を見ると浴衣を着崩して微妙に下着をチラ見せしながら布団を抱えて寝ているリアの姿があった。
私も人の事は言えないが、リアも寝相が良いとは言えない感じだ。
私は自信を持って寝相が悪いと言える。
自慢しても仕方が無いが、旦那にジャンヌ、カトリーヌ、更には向こうの無くなった夫からも寝相が悪いと散々言われているからだ。
こっちは旦那で向こうでは夫と一応、呼び分けている。
これは個人的な感傷だ。
私は取り敢えず、朝風呂に入る事にした。
各部屋にお風呂があるのは楽で良いわね。
耳の事を気にせずのんびり入れるから。
「ふぅ~」
ゆっくり肩まで湯に沈める。
朝一のお風呂は夜に入るのとは違って別の気持ち良さがある。
私は浴槽の縁に置いたお盆から日本酒を手に取りコップに注ぐ。
お猪口と徳利があれば風情が出たのだろうが気にしない。
このお酒は昨日、食後に仲居さんにお願いして持ってきてもらった日本酒だ。
これは加賀鳶の山廃純米の超辛口だ。
立山の辛口、所謂二級酒の安いのに慣れている私は辛口の方が好きだ。
一口含むと絶妙な酸味と深みのあるコクが広がり、鼻から抜ける香りも芳醇でスッと胃に沁み渡る感じが堪らない。
辛口で鋭いキレがあるので私にとっては飲みやすい。
エンシェントエルフの体になって気付いたのはお酒の酔いが回りにくい事だ。
昨日は一升瓶一本と三分の二も飲んだにも関わらず足がふらつく事も無くほろ酔い程度にしかならなかった。
どうやらこの体はアルコールを吸収しにくい様だ。
普段の私なら二日酔いになってもおかしくない量だ。
そう言う意味では便利な体かもしれないけど、酒量が増えない様に気を付けない行けない。
一日、缶ビール二本、焼酎ならロック一杯ぐらいにしておかないとダメそう。
のんびりお酒を飲みながらお風呂に浸かっていると寝起きのリアが入ってきた。
「……ふぁ……おはようございます……」
「おはよう」
半分寝ぼけているのかボーっとしながら歩いているのは何処か危なっかしい。
「はぁ~……目覚めのお風呂は癒されます」
昨日の失敗を考慮してさらっと水着を着て入ってきた。
風情が台無しではあるが、裸を見せるのに抵抗があるのだから致し方ない。
それにしてもこの水着は何処から持ってきたのだろうか?
「リア、その水着は何処から持ってきたの?」
「適当に画像を見て創造しただけです」
「……」
予想以上に規格外の発言に私は返す言葉が無かった。
考えてみればリアは創世神だ。
そこを考えれば造作の無い事なのかもしれない。
普段が残念なので忘れそうになる。
「私もお酒を貰っても良いですか?」
「えぇ……」
リアにグラスを渡し、お酒を注ぐ。
グラスを掲げ、グラスから見える風景を覗いてからグッとお酒を飲んだ。
「朝風呂にお酒も風情があって良いですね」
「もっと景色の良い露天風呂の温泉だったら更に最高ね」
「温泉ですか?」
「そ。今度、近場でも行ってみるのも悪く無いわね」
「それは楽しみです」
のんびりしながらあっと言う間に一升瓶が空になってしまった。
「あら、もう無くなってしまったわね。そろそろ上がろうかしら」
「私も上がります」
リアの世話をしながらお風呂を出ると間も無く朝食の時間だった為、さっと浴衣を着て待つ事に。
待っている間、リアはスマホを取り出しゲームを始めた。
どんな物か聞いてみたけど、分かったのは娘の彩菜が帰ってきた時にやっていたゲームと一緒な事ぐらいだった。
何かカードを集めて戦うゲームらしい。
私自身そう言うゲームはやらないので本当にさっぱり。
私のやるゲームと言えば麻雀ぐらいかしら。
昔はビールを飲みながら煙草を咥えてよくやっており、私の自室に全自動卓がある。
大体、私と旦那に加えて医師仲間を呼んで徹夜でよくやったのがとても懐かしい。
リアがゲームをやっている間、私は朝のニュース番組を見て最近の日本の事情を確認している。
アメリカ大統領の選挙戦関連や中国との小競り合いのニュースは相も変わらず多い。
思っている以上に時間が経っていないからあんまり新鮮味を感じない。
八時ぐらいになると仲居さんが来て布団を片付けて朝食をテーブルに並べ始めた。
朝食は旅館らしく品数が多い。
白いご飯に金城漬け、甘海老の味噌汁、卵焼き、河豚の子の糠漬け、いしりで一夜干しにした魳、加賀蓮根の金平が並ぶ。
「朝から凄いですね」
「旅館の朝食と言えばこんな物じゃないかしら?」
仲居さんは一通り食事を並べ終わると魚を焼く金網の下にある固形燃料に火を点けて行く。
魳の一夜干しはこれで焼いて焼き立てを味わえる様だ。
私は魳の一夜干しを網に乗せ、ついでに河豚の子の糠漬けも一緒に乗せる。
「それも焼くのですか?」
「私はそのままより焼いた方が香ばしくて好きなのよ。もし気になるなら一切れだけ焼いてみたら良いんじゃないかしら」
「気になるので私も焼いてみます」
リアも私と同じ様に河豚の子を焼き始めた。
河豚の子、所謂卵巣は猛毒なのは言うまでも無い。
何故か石川県の白山市のみで作られている。
伝統の製法で猛毒である河豚の卵巣の無毒化しているのだ。
工程は塩漬けにした卵巣を糠に漬ける事で二年と言う年月を経て無毒化されるが、その仕組みは未だに解明されていない。
私から見ればこの製法を編み出した先人に尊敬する。
私は網の上で香ばしくなって河豚の卵巣を解しながら白いご飯の上に乗せ、その上から熱い緑茶を注ぐ。
これは私が一番好きな食べ方、河豚の子のお茶漬けだ。
そのままでも充分に美味しいのだが、私には塩味がキツいのでお茶漬けにする事によって程よい塩加減になるのだ。
さっき日本酒をたくさん飲んだ後だからさらさらと掻き込めるのでちょうど良い。
「花梨奈、その食べ方はなんですか?凄くそそられるのですが」
「お茶漬けよ。ご飯をお代わりするつもりなら河豚の子を最後まで残しておけば良いわよ。他の食べた後に作ってあげるから」
「分かりました。お願いしますね」
間に金城漬けを口に放り込む。
程よい塩っ気と野菜と味噌の仄かな甘み、そして香りが良い。
金城漬けは加賀百万石伝統の米麹を多く加える加賀麹味噌と加賀の銘酒で知られる酒造の酒粕に四季折々の野菜を漬け込んだ物だ。
今日、出てきているのは大根、蕨、茄子、生姜だ。
卵焼きは定番なので余り説明する事は無い。
甘海老の味噌汁はこっちの旅館ではよく出る定番のお味噌汁だと私は思っている。
これは私の個人的な感想なので人によって違うかもしれない。
魳の一夜干しが焼けたので頂く。
この魳は能登の魚醤であるいしりに浸けて一夜干しにした物。
いしりとは真烏賊の内臓を使って自然発酵させて熟成させた魚醤の事だ。
似た様な魚醤に鰯や鯖を使ういしるもある。
そちらも能登で作られている物でいしりは主に富山湾川の内浦や能登島で、いしるは輪島、蛸島、福浦で作られている。
普通の醤油と違って魚や烏賊のうま味が凝縮されているので普通の一夜干しとは違った一品となる。
魳自体は淡白な白身の上品な味を持つ魚で秋のこの時期は鯖と共に脂が乗って旬だ。
程よく水分が抜け、いしりの風味と塩っ気で魚のうま味と甘みが引き立ち非常に美味しい。
魳は刺身より焼いた方が個人的に美味しいと思う。
「花梨奈、私にもお茶漬けと言うのを作って欲しいです」
リアは一通り食べ終わった様で私がやっていた河豚の子のお茶漬けを作って欲しい様だ。
そんなに手間の掛かる物では無いので手早く作ってリアへ渡す。
リアはずるずると掻き込む様にしてお茶漬けを食べる。
「これは良いですね。少し塩辛いと思っていたこれがちょうど良い塩梅になって食べやすいです」
「良かったわ。向こうでこれは作らせないでよ」
「どうしてですか?」
不思議そうにリアは首を傾げた。
「これは河豚と言う魚の卵巣なんだけど、特殊な製法じゃないと猛毒で食べられないのよ」
「そうなのですか?猛毒と言うとどのぐらいですか?」
「この一切れであの世行きよ」
私は手元に残っている香ばしく焼けた河豚の卵巣を箸で掴む。
「中々凶悪ですね。河豚は私の世界にいますが、食べる人は聞いた事がありませんね」
「あ、いるのね。河豚は内臓が猛毒だから漁師の人も知っているんじゃない。海鳥だって河豚は食べないからね」
「そう考えるとよく無毒化する方法なんて思い付きましたね?」
「私も不思議でしか無いわ。人の食に対する思い入れには脱帽するしか無いわね」
本当にそう思う。
失敗すればあの世行きなのだから。
「ごちそうさま」
私は箸を置き、手を合わせる。
正直、旅館の朝食は量が多いので少し食べ過ぎた。
美味しいからついつい食べてしまうのよね。
「お粗末様でした。美味しかったです。これから花梨奈と行く所が楽しみです」
「うーん、ここと同じレベルは少ないわよ。もっと安い宿にするつもりだし」
毎回、こんな所に泊まっていたお金が足りなくなる。
「でも美味しい物は食べるんですよね」
「当然じゃない。旅行に行って美味しい物を食べないと損よ。春までに水戸までは行くつもりだから」
梅の精のお願いを果たさないと行けない。
「それなら伊勢神宮にも行かないと行けませんよ」
伊勢神宮?
もしかして……。
「日本を管理している神様に会いに行くと言う事かしら?」
「はい。一応、初詣に行って良いか確認中です」
「それって、一番忙しい時じゃ無いかしら?」
「うーん……どうなんでしょうか?本人からはスケジュール確認してみるとしか返信が来てないので都合が悪ければ連絡があるでしょう。それにあの方も暇な時にヴァースで遊んでますから」
神様って、みんなリアみたいなのばかりなのかしら?
「分かったわ、決まったら教えて。取り敢えず、正月は予定を入れない様にするから」
「お願いします。因みに今日は何処へ行くのですか?」
「今日はひがし茶屋街をぶらっとしてから主計町の方を散策しながら金沢駅に向う感じかしら。夜は私の息子と娘に事情説明も兼ねて個室のお店で晩御飯の予定よ。あ、リアも頭数に入ってるから」
本人の了承を取る前に予約を勝手に入れた。
事情説明にはリアがいる方が色々早いし。
「美味しいご飯が出るのですか?」
「昨日程では無いけど美味しいわよ」
「それなら問題無いです」
食べ物で判断するとか残念度が増しているわね。
問題無さそうなのでプラン通りに行こう。




