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01:エルフさんと家族との再会

『転生した聖女は異世界で何を見る』に出てくるエルフのカリーナ視点のまったり物語です。

 部屋に入るといつもの自分の部屋と違い、懐かしい光景が目の前に広がっていた。

 そう、そこは前世の旦那の書斎だった。


 私の名前はカリーナ・モートス。

 エルフの伝統とも言える封鎖された社会が嫌で里を出たエルフである。

 前世はこの部屋の主である本巣仁(もとすじん)の妻として生涯を添い遂げた本巣花梨奈(もとすかりな)

 死因は煙草の吸い過ぎに寄る肺ガンだった。

 旦那が開業した本巣医院で漢方医をしていたのだが、医者なのに煙草と酒はやめられず、旦那からはよく怒られたものだ。


 過去を頭の中でフラッシュバックしながら目の前で固まっている旦那にどう説明しようかと頭をフル回転させる。


「仁君、お久」


 片手を上げてつい、昔のまま挨拶をした。

 案の定、旦那は固まったまま反応が無い。

 自分でも何でもっと真面な言葉が出なかったかと問い詰めたい。

 旦那が固まるのは当たり前だ。

 若かりし妻の顔をした金髪で耳の長い中世の狩人の様な女がいきなり部屋に入ってきたのだ。

 はっきり言おう。

 不審者である。


「か、花梨奈……なのか?」


 思いの外、感の良い旦那である。

 この姿でハテナマーク付きながら私と認識してくれるのは嬉しい。

 不審者とは思われては無さそうかしら?


「う、うん」


 旦那の問いに素直に頷いた。

 彼は私が死ぬ前と変わらない感じで椅子を出して座る様に促した。

 私も懐かしいが違和感なく椅子に座り旦那と向き合う。

 約三百年振りに真正面から見る旦那の顔に涙が自然と溢れてきた。

 部屋に入った時は全く頭が状況に追い付いていなかったが、愛しい人を前に感情が抑えきれなかった。


「仁君……」


 旦那は私の事をすっと抱き締めた。

 その抱擁は温かく更に涙が溢れる。


「ごめんなさい……仁君を……残してしまって……」


 泣きながら謝る私の背中を優しくさする。

 肺ガンで旦那を残してこの世を去ってしまったのを凄く悔やんでいたのだ。

 死の間際になって何故、煙草と酒をやめて長生きしようとしなかったのかと。

 年甲斐も無く泣きじゃくってしまった。


「本当に……花梨奈なんだな……」


「……うん」


 旦那の腕の中で頷く。


「でもその姿は……?」


 旦那は私本人と言うのは理解してくれたみたいだが、私の容姿については無理だった様だ。

 流石の旦那でも話をせずに理解するのは無理だったみたい。

 当たり前よね。


「信じられないとは思うけど、実は死んだ後、別の世界でこの姿に生まれ変わったの」


「……別の世界?生まれ変わり?」


 目をまん丸に見開いて聞き返す旦那の姿は申し訳ないが滑稽に見えた。

 折角のダンディな顔が台無しだ。


「そうなの。それでこの身体はエルフって、言う人間に似た種族の身体で特徴は耳が長いのと寿命が人の十倍あるの」


 話しながら自分の耳の先を触る。


「寿命が十倍?」


 まぁ、普通に考えたら十世紀も寿命があるとか言われても信じられないわよね。


「本当なの。信じられないと思うけど、私も向こうだと三百年近く生きてるわ」


「三百年!?」


「向こうでは薬師として生計を立ててたの」


 元王族だった事や別の国で貴族になった事は話がややこしくなるからやめておこう。


「お前らしいな。元気にやっていたんだな」


 向こうでも普通に生活している事に旦那は少し安堵したみたいね。


「それにしてもどうやってここに?」


 当然の質問だが答える事は出来ない。


「それが分からないの……」


「何故?」


「それが買い物から帰ってきて自分の部屋の扉を開けたら仁君の書斎だったのよ」


 本当に不思議。

 ここに来た本人が分からないんだから。


「買い物帰りの割には手荷物は無い様だが……」


「それはこのポーチにたくさん入る様になってるのよ。これ一つでこの部屋の物全部入るぐらいの容量があるの。何か出してみる?」


 地球には魔法なんて無いから空間収納が付与されたポーチなんて物は無い。

 これを見せれば異世界と言う事の理解は深まると思う。

 でも何が良いかしら?

 弓ならポーチより大きいから弓にしよう。


「これでどう?」


 ポーチから愛用の精霊銀の弓を取り出す。


「凄いな……。さっきから驚いてばかりだ」


 取り出した弓を仕舞う。


「そうね。でもよく私と認識出来たわね?」


「彼此五十年も一緒にいたんだ。分かるよ。それに顔は若い頃と一緒だから間違え様が無い」


 真っ直ぐ見つめながら言われて顔が熱くなっていくのが分かる。


「そんな所が花梨奈らしいな」


 若い時の旦那はこうやって私が照れる様子をよく誉めてくれた。

 きっと顔は真っ赤だ。

 エルフの白い肌だとかなり分かりやすいだろう。


「……嬉しいわ」


 素直に嬉しかった。

 別の世界に生まれ変わった私を昔の私と同じ様に想ってくれる事が。


「でもどうしたものか……」


 旦那との再会に気付いていなかったが、現実的な問題として今後どうするか考えないといけない。

 こっちの世界にエルフなんていないし、私は既に死んだ人間だ。


「そうよね……ここから離れた方が迷惑が掛からないかしら?」


 私の存在はイレギュラーだ。

 旦那に迷惑は掛けたくない。

 本当は一緒にいたいけど……。


「それはダメだ。儂はお前と一緒にいたい」


 何て優しい旦那なのかしら。


(あきら)(みやこ)さんも家にいるでしょ。私の事をどう説明するの?」


 この家には旦那だけではなく息子の輝にお嫁に来た都さん、孫の華奈(かな)透也(とうや)もいる。


「そうだな……」


 私と旦那は黙って考え込んでしまう。

 二人して腕を組んで考えていると書斎のドアが突如、開かれる。


「お義父さん、お昼ご飯出来ましたよ……えっと、その方は?」


「都さん?」


「え?」


 ちょうどお昼前だったのだろう。

 書斎に入って来たのは都さんだった。

 それもうっかり都さんの名前を呼んでしまった。

 旦那も困った顔をしている。

 都さんも見知らね外人の若い女性が旦那の書斎にいれば混乱するだろう。


「都さん、済まんが下で事情を説明するからこの人の分のご飯も用意してもらえんか?」


「え、あ、はい。ちょっと待って下さいね」


 都さんは目をパチクリしながら書斎を出て行く。

 都さん、ごめんなさい。


「私の事をどう説明するのかしら?」


「素直に説明するしかないだろう?都さんはあれだが輝は気付くぞ。後、華奈も多分、気付くと思う」


 華奈は初孫で一緒に住んでいてよく遊びに連れて行ったからかしら?

 何故か旦那より私に懐いていたのよね。

 華奈は都さんに似て美少女で自慢の孫だ。


「でも私、怪しくない?」


「何とかなると思うぞ。靴は履いてないな」


「向こうだと家の中は基本的に土足なんだけど、靴を脱いで家に入る作りにしたの」


 だから我が家に誰かが遊びに来る時は不思議そうに言われる。

 心は日本人なのだから仕方が無い。

 そのお陰で旦那の書斎を汚さずに済んだので助かった。


「考えていても始まらんだろう。久しぶりに日本のご飯でも食べれば何とかなるさ」


 この旦那の決断の早さには感心する。

 意外に私自身は優柔不断な所があるのだ。


「ほら、行くぞ」


 私の手を引っ張って書斎を出る。

 戸惑いながらも旦那の手を取りながら付いていく。

 ついその手をギュッと握る力を強める。

 昔、デートの時はよく手を繋いで色んな場所に連れて行ってくれたのを思い出した。

 私が悩むと手を引っ張って道を示してくれる。

 いつもの旦那の優しさに心が温かくなる。


 久しぶりの我が家のリビングは死ぬ前と何も変わっていなかった。

 食卓には既に息子の輝に孫の華奈、透也が座っていた。

 私は旦那に促され生前と全く同じ席に案内される。

 都さんはキッチンでお昼ご飯をよそっている。

 どうやら今日のお昼ご飯はカレーライスの様だ。

 旦那の横に座る私に輝も孫達も訝しげな視線を送ってくる。

 これは仕方がない事だ。

 我が家とは言え私は既にいない人間なのだ。

 更に耳の長い外人がいきなり食卓に現れたら困惑するのは当然だ。

 三人の中でも孫の華奈は食い入る様に私を見てくる。


「突然で済まんが、少し横にいる女性について話をしたいが良いか?」


 私に視線が集まる。

 緊張で身体が締まる。

 キッチンの都さんは視線だけ私に送り手は止めない。

 出来る嫁である。


「おばあちゃん」


 この空気を読まずに私を呼ぶのが一人いた。


「おばあちゃんでしょ?」


 孫の華奈は迷わず私を呼んだのだ。

 華奈の発言に旦那は疎か全員、目が点になっている。

 華奈や、何故分かるのかしら?


「華奈、何を言ってるんだ?」


 息子の輝も華奈の言葉に戸惑いを隠せない。

 キッチンにいる都さんも驚きのあまり完全に手が止まっている。

 まだ何も話していない私を私として認識しているのには私も戸惑っている。


「そう言えば先程、普通に私の事を都さん、とお義母さんが呼ぶ様に呼びましたよね?でも……」


 都さんはそう言って私を見る。

 側から見れば謎の外人その一だ。


「おばあちゃんの顔は忘れないよ。若い時の写真と一緒だよ」


 確かに昔のアルバムは見せた事はあるが、分かるかしら?

 華奈や、我が孫ながらエスパーじゃない?


「言われてみれば……」


 輝もじっと、私を見てくる。

 もう一人の孫の透也は私ではなくキッチンのカレーライスを見ていた。

 出来れば私を見て欲しかったわ。


「取り敢えず、ご飯を食べながら説明をしよう」


 旦那の言葉に都さんがカレーライスを食卓に並べていく。

 透也は私よりカレーライスの方が気になる様だ。

 おばあちゃんは淋しいよ……。


「頂きます。実は……」


 旦那がみんなに私の事を説明してくれた。

 死んでから別の世界に生まれ変わった事、私がエルフな事、何故ここにいるかと言う事を。

 説明が終わるとみんな黙ってしまった。


「やっぱおばあちゃんだ」


 いや一人空気を読まないのがいた。

 華奈は嬉しそうだ。

 透也は黙々とカレーライスを食べている。

 少しはおばあちゃんに興味を持ってくれないかしら?


「話は分かったよ、父さん。それにしてもとんでもない話だな……」


 輝は凡そ理解はしてくれている様だ。

 全てを信じろと言うのは無理な話だ。

 都さんは何故か嬉しそうだ。


「ごめんなさい。いきなり現れて……」


「いや母さんがいるのは嬉しいんだが、どうするんだ?父さん?」


 それが一番の問題だ。


「儂は花梨奈には一緒に住んでもらいたいと思っている。正直、死んだ本人が別の形とは言えと戻ってきたんだ。これで別々になるのは辛い……」


 旦那の顔に悲しみが見て取れる。

 私も出来るのであれば一緒にいたい。


「父さんの気持ちが分からんでも無いよ。でも母さんとして扱えないだろ?」


 そう、私は既に死んだ人間なのだ。


「そこは我が家にホームステイしている知り合いの外国人にしようかと思う」


 そこが落とし所かな。


「因みに母さんは向こうで何て名前だったんだ?」


「そのまま呼ぶのは都合が悪いな」


 旦那と息子の言う通りだ。

 いきなり現れた外人を死んだ私の名前で呼ぶのは問題だ。


「カリーナ。何か違和感があってこっちの名前をそれっぽく使ってたの」


 向こうの親が付けた名前は使わなかった。

 前世の名前が気に入っていたのもあるが、迂闊に名乗れない名前だったのだ。


「こっちと言う事は別にあるのか?」


 息子や、鋭い。


「一応、向こうの本当の名前はフィーネリア・クーデルト・キルナラって、言うわ」


「おばあちゃん、何か貴族っぽい名前だね」


 華奈や、本当はエスパーではないかしら?


「生まれはエルフの国の第一王女だったわね」


 実は王族だったのだ。

 閉鎖的なエルフの社会、王族と言う立場が嫌で国を抜け出したのだ。

 噂では今でも捜しているらしい。


「さっきは薬師していると言ってなかったか?」


 旦那はそんな事は聞いていないと言う顔だ。


「うーん、エルフの生活が嫌で国を勝手に出ちゃったのよ。堅苦しい生活は私には無理よ」


 私の言葉に旦那と輝は呆れている。


「都は何かあるか?」


「私はあなたとお義父さんの判断に任せるわ。生エルフが見れただけで満足だし。ねぇ、華奈?」


 そう言えば都さんが所謂オタクだと言うのを忘れていた。


「私はおばあちゃんと一緒にいたい」


 何て可愛い孫なのかしら。


「透也はどうだ?」


「ばあちゃんなら良いんじゃない」


 割とあっさりとした透也。

 もう少しおばあちゃんに興味を持って欲しい。

 反対されないだけ良しとするべきなんだけど。


「取り敢えず、ドイツからホームステイに来たフィーネリアと言う扱いでどうだろうか?」


 ドイツにしたのは多分、カルテでドイツ語を学んでいたからそうしたのだろう。

 日常会話なら問題無い。


「それが無難だな。母さんとうっかり呼んでしまいそうだな」


「儂もだ」


 つい染み付いた呼び方が出てしまうわよね。


「フィーネリアは長いからフィーネと呼んでくれたら良いわ。家族の中では今まで通りで良いんじゃない?外では拙いけど」


 流石にこの見た目でおばあちゃんは拙い。


「今の母さんはエルフだと何歳だ?人より長生きなんだろ?」


「二百九十三歳よ。人に置き換えると二十九かしら?」


 まぁ、十分の一にしただけなんだけど。


「お義母さん、その見た目で二十九はズルいです!」


 都さんが食いついて来た。

 言いたい事は分からないでもない。

 日本人からしたらエルフは羨望を集める容姿なのだ。

 私からすると都さんもかなり綺麗だと思うんだけど。


「都、落ち着いて」


 輝が都さんを宥める。


「母さんは今まで通りに部屋とか使う感じになるのか?」


「それが良いだろう。その方が花梨奈も過ごしやすいだろうから。幸いまだ部屋はそのままだからな」


 私の使っていた部屋をそのまま使わしてくれるのは有難い。

 私の部屋がそのまま?


「仁君。因みに私が死んでからどのぐらい経ったの?」


「一ヶ月半だな。今週末に四十九日だ」


 え?

 私が死んでから全然、間もないじゃない。


「そうだ!四十九日どうするんだ?」 


 あ、私がいると拙いわよね。


「花梨奈には悪いがその日は夜まで出掛けてもらうしかないな」


 仕方がないわよね。

 三百年振りだから色々見回るのも楽しいと思うし。


「私の事は気にしないで。三百年振りの日本だから色々周ってみるわ」


「すまんな。花梨奈の私物はそのままだから後で見れば分かるだろう」


 本当にそのままなのね。


「お義母さん、服は大丈夫ですか?前より身長が高い気がするので」


「後で袖を通してみるわ。ダメなら買いに行かないとダメね」


 よくよく考えたら前世より背が高いのよね。

 多分、着れない服が多いかもしれない。


「ご飯食べたら着替えてくるわ。」


 久しぶりに味わうカレーライスは美味しかった。

 向こうではカレーライスが無かったからちょっと懐かしくて泣きそうになった。




観光絡みのお話は七話からになります。

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