文芸部
我輩は人である。
名前は立花 一樹。
「おーい!」
友人が書いた小説を読み始めて10秒と経たずに大声を発した俺に驚いたのか、小説を書いた本人である奥 生雄がキョトンとしていた。
「何かおかしかった?」
「いやいやいやいや!まだ2行しか読んでないけど、その2行が既にダメでしょ⁉︎」
「そうかな?小説って最初の1行で作品の面白さが決まるっていわれたりするんだけど、今回はなかなかインパクトのある出だしになったと思ったんだけどな。」
生雄は納得いっていないといわんばかりに唇を尖らせている。
「インパクトってこれはモロパクリだよね⁉︎文化祭で出すために作っているのにパクリとかダメだから!」
「はいはい。書き直せばいいんでしょ、書き直せば。ってか勝也もなんかネタ出してよ。」
「なんで俺が…そもそも俺は文芸部じゃねぇからな。」
放課後の文芸部室で生雄が書いた小説を読んではいるが、俺は文芸部員ではない。
なぜこんなことをしているかというと、2年になり生徒会長に就任した俺は最初の仕事として部活動の予算の振り分けとともに廃部候補の部活動を審査することになった。
その中に生雄が所属する文芸部が入っていたため、とにかく何か活動をしなければ…よし、文化祭で小説を出そう!となったわけだ。
文芸部には部長である生雄の他にもう1人、姫豊 友希という女子部員がいるはずなのだが、俺は1度も見たことがない。
文芸部室には週2で顔を出しており、既に今日で5日目にもかかわらず1度も会ってないのだから、どうせ幽霊部員だろう。
俺らが今いるスペースの奥は入り組むような形で本棚が並んでいて、けっこうな数の本が置いてあるらしい。
らしいというのは興味がないから行ったことがなく、生雄から話を聞いただけだからだ。
まぁ実際にたくさん本があろうが、珍しい本があろうが、今時の学生にとってはなんの餌にもならないだろう。
本気で文芸部として活動したいようなやつはわざわざうちのような何も活動してない高校には来ないだろうしな。
だから勧誘して部員を増やすという選択肢は切り捨てて、それなりの活動をして、廃部を逃れようという魂胆だ。
文化祭まではあと1ヶ月程度しかないため、幽霊部員に無理に小説を書かせようとして時間を取られるのは面倒くさかったから、もう1人の部員についての話には一切ふれていない。
だから本当に幽霊部員なのか、たまたま俺と会っていないだけなのかもわからないし、ぶっちゃけどうでもいい。
とにかく生雄に小説を書かせて、文化祭で出せば今年の廃部は免れるし、来年は廃部が決まろうと現在2年の俺らには関係ないから問題ない。
ただ、この調子だと小説が出来上がらない可能性があるというのが唯一の問題だ…
文化祭まで残り1ヶ月を切ってしまったが、まだ生雄は原稿を書き終えてはいないようだ。
手持ち無沙汰な俺は窓からプールを眺めている。
プールサイドで水泳部がストレッチをしているのがハッキリと見える。
こんな夏の終わりではなく、もっと早くにこの穴場を知っていればと悔やまれる。
今日は文芸部に顔出ししているが、生雄を手伝うわけでも、たくさんある本を読むわけでもなく、ただただ時間を潰している。
そもそも俺は文芸部員ではないのだから、いること自体がおかしいのだが、それを指摘するやつは誰もいない。
今日も今日とてここには生雄しかいないようだ。
こんな状態では文化祭で作品を出すだけでは文芸部存続は難しいかもな。
なぜそこまで生雄の部活の存続にこだわるかといえば、もちろん友だちだからなのだが、生雄とは幼稚園からの腐れ縁であり、言葉にするのは気恥ずかしいが、親友だからだ。
もしかしたら親切の押し付けなのかもしれない。
生雄も俺が文芸部を存続させたいといってるから付き合っているだけで、当の本人はどちらでもいいのかもしれない。
それでも俺は生雄が卒業するまでは廃部にはしたくないのだ。
生雄が初めて自主的にやりたいといった文芸部を。
そのためには文化祭の他にも何か実績を…とりあえず何か応募出来そうな賞でも調べておくか。
俺には小説の手伝いはできないけど、それくらいはやっておこう。
今後の行動予定を決めた俺は、生雄がノートパソコンのキーボードを打つ音を聞きながら、プールサイドに意識を戻した。
生徒会の仕事が忙しくなってしまったこともあり、文芸部に顔を出せないまま10日ほど経過してしまった。
まぁどうせ俺が文芸部室に行ったところで何もできないのだから問題はないだろう。
ただ、文化祭まで残り2週間しかないため、そろそろ原稿は書き終えていないと厳しいと思う………知らないけど。
久しぶりの文芸部室の扉を開けると…やっぱり生雄しかいない。
「もう文化祭まで2週間しかないけど、書き終わった?」
入室早々に進捗具合を確認しながら、窓際のパイプ椅子に座って生雄の返答を待つ。
生雄はノートパソコンから目を離さないまま、んーと唸った。
「今あとがき書いてる。」
ということはもうすぐ終わるのか。
あとがきなら話しかけても別に邪魔にならないよな?
「生徒会の仕事が忙しくてしばらくここには来れなかったけど、俺なりに調べてきたんだよ。」
そういってプリントアウトした紙をカバンから取り出して生雄に見えるようにする。
それに気づいたのか、手を止めてこちらに視線を移した。
「矢尾直哉賞!締め切りが文化祭の翌日なんだけど、これに応募してみないか?」
生雄は無反応だ。
ネットで調べた感じではそこまでマイナーな賞ではなさそうだったんだが、調べが甘かったか?
「文字数なんかは規定があるみたいだから多少はいじらなきゃかもしれないけど、やっぱり厳しいか?」
「文字数に関しては問題ないよ。」
「さすが部長だな!」
2年の部員は1人しかいないけど。
「だってまだあとがきしか書いてないから。」
「…は?」
…
「は?」
驚きのあまり2度も聞き返してしまったが聞き間違いだよな…
「正確にはあとがきすら書き終わってないけどね。」
「いやいやいや!意味わかんねーよ⁉︎この1ヶ月間は何してたんだよ⁉︎」
生雄がノートパソコンのキーボードを打つ音は聞いていたからてっきり進んでいると思っていた。
確かにあのパクリ小説の後は1度も確認しなかったが、まさか全く進んでいなかったとは思わなかった。
「ってかあと2週間で間に合うのか?」
「パソコンは家にもあるから、下校するまでに話の内容が決まればたぶん間に合うかな。」
なんでこいつはこんなに余裕でいんの?逆にいえば今日中に決まらなければ終わらない可能性もあるってことだろ?長い付き合いだからやる気がないわけではないのはわかるけど、1ヶ月を無駄にしといてこの余裕な態度、頭がおかしいのか?
「でも、あとがき書いてるってことはどんな話にするかは決めてるってこと?」
「いや、全く決めてないから一緒に考えよう。」
「頭おかしいのか?」
ついつい思ったことが口から漏れてしまうくらいには驚いた。
俺が無理やりやらせているのだから仕方ないといえば仕方ないが全くやってないというのは少々腹立たしい。
「いいたいことは山ほどあるけど、とりあえず時間ないから討論は後だ。俺は普段本も読まないし、話を作ったことなんてないから、現実味のない話は想像つかん!だからエロか青春系しか想像できん!でもエロは論外だから青春もので決まり!文句は?」
「特になし。」
そういうと生雄はノートに「青春もの」と書いた。
「主人公は男。ヒロインは巨乳の幼馴染で。」
「異議あり!」
「発言を認めます。」
「ヒロインは貧乳。当て馬が巨乳が常識。」
「却下!そんな常識聞いたことねぇよ!」
この後も主人公の性格はあーだのヒロインの性格はこーだのと意見を交わし、徐々にノートが埋められていく。
最終下校時間までにはなんとか終わらせることができた。
終わらせたといっても大まかな内容がやっと決まったというだけなのだが、これでなんとかなると生雄がいっているのだから大丈夫だろう。
3時間にも渡る話し合いであったが、時間の経過も生雄に対する苛立ちも忘れてしまうくらいには楽しい時間だったと顔を綻ばせた。
主人公が幼い頃に親が離婚し、父方に引き取られ育てられたため、母親の記憶は一切残っていなかった。
それでもグレたりすることなく真っ直ぐな人間に育ったのは幼馴染の巨乳のお姉さんのおかげだ。
ある日クラスに貧乳の女の子が転校してきたが、性格が合わなかった。
徐々に仲良くなっていくのだが、主人公が貧乳娘を意識し始めたときに貧乳娘は母方に引き取られた双子の妹だと知る。
それにしてもこのぶっ飛んだ話を数日でよくここまでまとめられたものだ。
さすが文芸部といった感じなのだろうと素直に感心していた。
文化祭が終了してから既に1ヶ月が経ち、今さらながら文芸部室で生雄の作品を読んでいた。
なぜ今さらなのかというと俺が本を読みたくなかったというわけではなく、ちゃんとした理由があるのだ。
結果を先にいえば、文化祭は大成功だった。
今回、俺は生雄が書いた小説をプリントアウトし、適当にホチキス止めした物を文芸部室で配る程度の予定だったが、生雄は部費を使って印刷会社に依頼して、ちゃんとした冊子と宣伝用のポスターを作り、1冊500円で販売していた。
表紙とポスターは漫研に頼んだらしく、結構立派な出来になっていて驚いた。
生徒会は文化祭前が忙しかったため、冊子を作って販売してたのを俺が知ったのは文化祭当日の見回りのときだった。
全くもって有名でもなんでもない高校の文芸部にもかかわらず、100部あった冊子は文化祭終了の2時間前には完売していたのだった。
部誌にもかかわらず、文芸部での保管用に残しておくのを忘れたため、再度印刷会社に依頼して、届いたのが1週間ほど前であり、俺の都合がついたのが今日だったというわけだ。
さらに驚いたのは2人で話し合って大まかな内容を決めた作品で終わりではなかった。
最初のページに戻り、目次を確認すると他に2作品あり、計3作品が載っているようだ。
この分厚さにも納得というものだ。
目次には作者名も載っていて、この作品は俺と生雄の合作になっていた。
他は生雄と姫豊友希がそれぞれ1作品ずつのようだが、幽霊部員がちゃんと活動していることにも驚いた。
ここまででもかなりの驚きの連続だったが、まだ驚きイベントがあるのだ。
そう。今日は矢尾直哉賞の一次審査の発表日なのだ。
「ということで雑誌買ってきたぞ。」
「部誌を読み終わったと思ったら、開口一番にということでといわれても意味がわからないよ。」
「部誌は読み終わってはいないんだけど、とりあえず審査結果を見ようぜ!」
生雄は得心いったという顔をした。
「そういうことか。おかげさまで僕も姫豊も一次審査は通ったよ。勝也との合作が落ちたのは本当に悔しいけどさ。」
「え?い…え、い、あ…」
登校前に雑誌を買い、今の今まで確認せずに楽しみにしていたのに、あっさりとネタバレされてショックのあまり言葉をうまく発せなかった。
「どうした?」
「なんで先に確認しちゃうんだよ?こういうのは一緒に見るもんだろ⁉︎」
「え?…あぁ、ごめん。」
泣きそうになっていた俺を見て、生雄は素直に謝罪をしてきたが、逆に俺がいたたまれなくなり、話題をそらすことにした。
「えっと、まぁこれで廃部になることはないだろう。それにしても、姫豊友希ちゃんって幽霊部員なのに部活動はするんだな。」
「は?姫豊は幽霊部員じゃないよ?」
驚いた顔をする生雄に俺が驚きだよ。
「え?ってことは俺が来る日はたまたま休んでたってこと?今日もいないしさ。もしかして避けられてる?」
そりゃ上級生の部外者がいたら避けるわな。
発言した後に勝手に納得した俺に予想外の返答がきた。
「姫豊は毎日来てるよ?今日も本棚の方で本を読んでるよ。」
確かに1度も本棚の方は見に行っていないが、嘘だろ?と思い、確認しに行った俺は初めて彼女を見たのだった。
活動報告で他の作品も投稿するかもといったので、とりあえず一年前くらいに書いたものを投稿してみました。
盛り上がりもない日常系ですが、お付き合いくださりありがとうごさいました。