魔王様が亡くなって一年が経った
魔王様がお亡くなりになって、一年が経った。
その頃には、もうみんなの傷は表面上は癒えていて、虚無感を抱えながらも毎日をあがいて暮らしていた。
私は、魔王様の愛人の一人で、週一で夜を共にする程度の存在だった。
魔王様は優しい人だった。悲しい表情の多い方だった。寂しがり屋だった。泣き虫だった。たまに見せる笑顔が幸せを与えてくれた。花が好きだった。いつも誰かがそばにいてくれないと、眠れない人だった。
魔王様は亡くなられた。一本の木となり、消えてしまった。
最後に、私たち一人一人にお言葉をかけて下さった。感謝の言葉しか言わなくて、不満を言わなくて、私たちは涙が止まらなかった。
魔族は滅びかけた。それは世界の崩壊の序章だったのかもしれない。結局、世界は滅びず、魔族は今なお存在している。世界は、魔王様の意志に、願いに応え、しばしの猶予を与えたのかもしれない。
魔王様は遠くに行かれた。たくさんのものを残して。
王妃様と私たちと子供達を残して、いなくなってしまった。誕生日が来るたびに下さったプレゼントも記念日も、全てが未だここに残っていた。毎日、おはようと言って下さった。毎週ある食事パーティーは、魔王様の席だけが空いている。魔王様のお作りになられた花壇には、王妃様と皆で花の種。植えました。魔王様の、好きだった花を。
魔王様は姿を変えられました。一本の木に。
毎日、言い聞かせるのです。ここに魔王様はいらっしゃると。子供達にも、自分にも。皆が皆、毎日この木の下に訪れ、悼んでいらっしゃいます。この木は花を咲かすのでしょうか。その花は魔王様の好きな花を咲かすのでしょうか。みんなに、魔王様の好きな花を見せてください。魔王様の姿をそこに見つけたいのです。
魔王様は消えてしまいました。
私の知っている魔王様は、もう、もう、いないのです。低い声で、私の名を呼び、愛を下さった方は愛を囁いてくれません。魔王様は、ずっとずっとみんなを愛してくださいました。
私と夜を共にするとき、あなたはいつも私を抱きしめながら寝てました。その方が落ち着くといって、毎週。いつも寂しそうな表情で私を見ておられた。憐憫を享受する日々でございました。
最後のときまで、どうして涙を見せてくださらなかったのですか。どうして、あなたの傷に寄り添わせてくださらなかったのですか。愛をお返しする方法を、私は知りません。与えられてばかりでした。
あなたは消えてしまった。
私の涙を拭い、抱きしめて、そして愛していると言って、あなたは行ってしまった。私はあなたに何も伝えられなかった。泣いてばかりで、嗚咽を漏らすばかりで、あなたに寄りかかるばかりで、あなたに抱きしめられるばかりで、あなたに心配をかけるばかりで、私はあなたを愛しているのに。
あなたは木になった。
ずっと、子供達を見守れると笑うあなた。そのような寂しい顔を見て、あなたを抱きしめた王妃様は気丈に笑っておられた。王妃様だけが、魔王様の隣に立てるお方でした。いつか、私もそうなりたかった。あなたを支える一人になりたかった。
あなたがお亡くなりになって、一年が経ちました。
サニアは、あなたを未だに探しております。小さなあの子を残してあなたは見えなくなってしまった。いつかサニアが大人になるそのときを、あなたと見守りたかった。
ここには、あなたとの思い出がありすぎます。
誰もが、あなたの死に慟哭し、涙を流したのです。
私は、ある日、木の前に立ちました。少しでも、あなたを感じたかった。
涙が止まりませんでした。目の前が、滲んで、滲んで、あなた宛の手紙をまったく読めませんでした。字が黒い点に変わり、便箋はよれて破れてしまいました。
あなたのそばにいたい。一年経っても、その気持ちは変わりませんでした。そのせいで、私は一つ歳をとりました。責任を取ってください。女性の一年は男性の十年分の価値があると仰ったではありませんか。
大木を前に泣き崩れる私を、抱きしめてくれる人はいません。あなたがいないせいで、私は一人で泣かねばなりませんでした。ひどい人です。
愛しています、あなたを。この大きく、美しい緑が茂る木の下に、日が降り注ぎ、私は一人泣いたのです。あなたが愛した世界は、こんなにも美しいのに。あなたとともには見れないのです。
王妃様が泣く姿をあなたは見たいとおっしゃった。王妃様はあなたが消えたとき、涙を流された。あなたは、そのとき、やっと涙を流された。そして、あなたは消えてしまった。
勝ち逃げだと、王妃様は怒っていらっしゃいました。
あなたが亡くなられて、一年が経ちました。
植えた種が花をつくり、そこでまた私たちは泣いたのです。あなたとの思い出を抱きしめながら。
やっとみんな、あなたを思い出とすることができました。この一年、私たちは悲しかった。やっと、受け入れることができました。
ここに、私とあなたとの思い出を残し、去ることにします。ここにはあなたの香りが残りすぎているから。
今日まで、様々な方にお世話になりました。
どうか、サニアに祝福を。