1 オーガニック・ジュエル (9)
丹生はテーブル型タブレットモニターの上で指を滑らせたり時折タイピングするような動きを見せたりしながらも、喋るのはやめなかった。
「『七歳児』は二十四時間の常時アクセスを行っているという話だが」
「常時アクセスというか、常時ポイント取得っていう状態かな」
「そのモニタリング結果とやらに何らかの法則性は発見できなかったか?」
「うーん、加点のスピードは一定じゃなくてムラが有るって。得点に変動が無い時間帯も有るみたいだし、速すぎて一見すると若干高得点な問題に回答しているように観測される時も有るらしい。」
「相変わらず暇だな。それを調べた人間というのは。」
「君だって暇人だと思うけど、にゅー。」
「僕の名前はにゅーじゃなくて丹生だ。」
そう言って、丹生は手を止めて考え込む素振りを見せた。視線は彼女の目の前のテーブルに向けられている。
「藍。お前は、どうしてこの件に関する情報を得たいと思ったんだ?」
「別に……余裕が有ったら調べてくれって頼まれただけだし、まぁちょっと不思議な話だから興味は出るよね。」
「僕は、お前の興味を満たすために多少のリスクを負うのは平気だ。しかし、他の者に何らかの利益をもたらすために情報を提供することはできない。」
「そんなに深刻な事態なのか?」
「まだ判らない。が、僕の口から部外者に機密が流出したら損害をこうむる人間が出るかもしれない。」
「一応言っておくけど、君に探りを入れてほしいって依頼されたわけじゃないよ。だから俺としては無理はしないでほしい、かな。」
「無理か。うーん、どうだろうな。無理というわけではない。」
丹生にしては歯切れの悪いことを口に出している。再び画面を操作し、表示を目で追ってから、顔を上げて俺を見た。
「これから話すことは誰にも他言しないでいてくれるか?藍。」
彼女の瞳に、モニターの光が映り込んでいる。
こんなところで、こんなにも不意に、俺は選択を迫られるのか。
始めから覚悟はしていたのだけれど。
俺は空気を呑み込んで喉を鳴らしてから答えた。
「ああ。約束する。」
俺の言葉を受け流すように丹生は視線をテーブルへと落とす。
「Einsへのログインは、基本的にはIDとパスワードさえ入力すれば行うことができる。複数の端末から同時にログインしてもエラーとは見なされない。たとえ複数の地点であっても、複数の国であっても。」
「国?」
「その目的は『教育と学習の間口を広げるため』だ。これはEinsの理念に合致している。しかし、それだけでは例えば就職希望先の企業や役所に成績データとしてEinsの得点を提供するのは難しい。そこで、ユーザーの任意で本人認証を行うことが設定として可能となっている。『アクセスしているのがユーザー本人であると確実に証明されている成績データ』のみを計上して本人の成績として扱うのが一般的だ。ランキングに反映されるような総得点よりは低い数値になっているのが普通だな。」
俺もその辺りには気を遣っているから知っている。配点の高い設問に回答する際に本人認証を失念したら、それまでの苦労が水の泡になりかねない。急な調べものとか気分転換にEinsを使うときは、認証の手間を省くことも有るけれど。
「本人認証の方法としては端末の個人登録や、指紋認証などが挙げられる。成績を公式的な記録として扱う場合には、指紋認証で確認済みのデータしか対象にならないのが一般的だな。」
そもそもEinsは、その成績を個人の得点として開示して何らかの評価要因とすることを目的として構想されているわけではない。色々と便利だから考慮に入れてくれる組織も多いけれど、ウェイトの置き方は千差万別と云える。
指紋認証を行ってから別の人に設問の回答を代わってもらったり、そもそも指紋登録しているのがEinsのために用意された別人(いわゆる影武者)だったりという状況には対応しきれない。しかし、そんな措置が可能な人物は『能力の高い協力者がいる有望な人材』だとか『尋常ならざる財力の持ち主』だと見なすことができるから大抵は放置されている(本人認証していても誰かに助言をもらって回答するのは自由だと許可されているし)。その成績で何らかのアドバンテージを有することになっても、別に非難の対象にはならない。例えば就職に有利だったとしても。『影武者』として採用された人物は、名義人の個人的な秘書とかサポート役として多分ずっと勤め続けるのではないだろうか。
「僕は数分ごとに勝手に指紋を検出して認証してくれる端末を使っているけれど」
「俺もだ。」
「今回の『七歳児』も、同様の装置を使用しているようだ。」
「まさか、全ての入力が指紋認証で本人のものだと保証されているっていうのか?」
「そのまさかだ。」
「それが二十四時間だなんて有り得ないだろう?」
いつ睡眠をとっているっていうんだ。