1 オーガニック・ジュエル (8)
「妙なのが、その得点の伸び方なんだ。」
俺はなんとかして丹生に関心を持ってもらおうと努めた。
「ほぼ二十四時間ぶっ通しで加点し続けているんだけど、よく見ると、ほんの数ポイントずつの増加なんだ。君の言うような『影武者』の行いだとしたら、もっと得点の高い設問を選んで効率よく進捗させるんじゃないかな?」
本来、Einsはランキングなどの得点評価が目的として先んじているわけではない。あくまで個人学習をスムーズに行うためのシステムである。
自分が興味を持ったトピックを選択すると、それに関する設問が表示され、正答すると次の問題(および関連する問題の候補)が提示される。不正解であった場合には、その問題を解くために必要な知識獲得のコースが紹介される(無視して次の設問に進むこともできる)。時間制限の無い問題も有るし、回答時間に応じて配点が変化する問題も有る。IDごとの過去の記録は保持され、それぞれの学習者に適した問題提示が行われる。
回答のために資料を参照するのは自由だし、答えを知っていそうな人物に協力してもらっても構わない。別人が回答しても全く支障は無い。
「Einsの得点は増えはしても減ることは無いぞ。まず不正行為なんて想定されていないし、何らかの悪意を伴ったアクセスだと判定されたとしてもペナルティで減点という処置は存在しない。ああ、バグや出題者のミスなどに関しては例外も有りうるが。」
「それは知ってるよ。でも数ポイントって、それこそ七歳が取り組む計算問題の得点みたいじゃないか?」
例えば俺が資料に当たって数日がかりで挑戦するような論述式の設問は、完璧な正解であれば一問で数十万単位のポイントが加算される。そこまでとは云わなくても、百ポイントが得点できる問題に正解していけば効率的に進められるだろう。つまり、その『七歳児』は十ポイントとかの設問に答えることができないのではないだろうか。
丹生は顎の下に指を当てた。少しだけ食指が動いたらしい。
「可能性としては、それだけではないな。時間制限つきの設問に、制限時間をオーバーして正解を続けている場合などが考えられる。」
「それを数秒間隔とかで続けることは不可能だろう?」
「複数の端末を所持していれば不可能ではない。」
「複数で済むのかな?それだと頭数は一人じゃないよね?そんなことをする意味や理由が解らない。」
「僕もだ。……そうだな、入出力のデバイスが僕やお前とは根本的に異なっている場合なんていうのはどうだ?数ポイントの設問というと計算問題なら四則計算程度だろう?リストバンド型の端末に計算問題とテンキーだけ表示させて回答し続けているとしたら、お前が言っていたのと近い状況になるんじゃないか?」
「確かにそれは面白い仮説だけど、時間オーバー説は放棄するんだね……」
「身体不自由者が眼球運動のパターンだけで入力しているとか、脳波形モニタリングとか……いや、だったらもうAIがアクセスしているほうが納得がいくな。直接か間接かは不明だが。」
俺は初めて丹生の意見に同意した。
「ああ、それは有り得る。」
直接というのはEinsに対して自動回答を行うプログラムを作成している者が存在する場合、間接というのはAI搭載のロボットが回答している場合であると想像される。
「よし、答え合わせといこうじゃないか」
丹生はテーブルのティーカップの位置をずらし、卓上にモニターを表示させた。このテーブルは白くてマットな光沢の有る素材でできていて、全面がディスプレイにもタブレットにもなる。そんなのの上で食事をするなんて最初は慣れなかったけれど(水を零したりして故障させたら困る)、他にテーブルは無いのだそうだ。今は丹生の目の前の一部分だけが四角く切り取られている。俺からは逆さになっているし、よく見えない。
「何をしているんだ?」
「Einsの個人データから『七歳児』の端末の形式を割り出す。」
丹生はさらりと物騒なことを言った。
「君にアクセス権が有るのか?」
「微妙なところだな。法的には問題無い。祖父の遺言で僕に権限が与えられている。しかし親戚間の口約束で、僕が権限を行使できるのは成人してからだと決められているんだ。なに、ばれなければ済む話だ。」
いや、ばれるんじゃないかなぁ。丹生にハッカーの才能が有るとは思えないんだけど。