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4 イン・ザ・クール・ウォーター (1)

「あれから考えたんだが、『人工授精による妊娠の見込みは無いが受胎する女性本人のクローンであれば妊娠できる可能性が有るケース』においてはクローンを出生させることが認められるべきかもしれない。そこまでして『自分の子供を出産すること』を追求する必要性が有るとは僕には思えないが。」

 俺がリトルパール内に入るなり、丹生(にう)は勢い込んで喋り始めた。

「そんなことばかり考えているのか君は……」

 呆れて我知らず本音が口をついて出てしまった。

「僕が何を考えようが僕の自由だろう」

「どうせなら、その領域の専門家を目指せばいいんじゃないかな、君は。」

 目標ができれば外(というか地上)に出てきてくれると踏んでいるのだが。

「これはあくまでも個人的な興味に基づいた趣味であって、その趣味によって社会に貢献しようなんていうつもりは僕には無い。」

 趣味だと言い切った。潔いというか何というか。

 切り込み方を変えることにする。

「この前も言っただろう。悩みが有るのなら俺に相談してくれればいい。その、もう少し実際的な問題として。」

 丹生は一瞬だけ口を曲げてから、その場に屈んでいつものように荷物を解き始めた。

「どうせ兄さんから何か吹き込まれたんだろうが、あの人だって僕の前で話題にしたくなかったから、お前をわざわざ首都まで引っ張って行ったんだ。僕が具体的な話をする道理がどこに有る。」

「知ってるのか?」

 昨日の俺の動向は丹生に報告されているのだろうか。

「いや。当てずっぽうだ。昨日の朝、お前は来られないと連絡が有ったから、そんなところだろうと思っていた。お前の体調不良が理由だとかいうのなら、そう報告されていたはずだからな。……鶏肉は冷凍のままか。すぐには食べられそうにないな。」

 俺が持ち込んだ荷物の中身を物色して、彼女は立ち上がった。

(あい)、ひとつ頼まれてくれないか。あれを獲ってきてほしい。」

 俺は今まさにウェットスーツを脱ごうとしていた手を止める。

 あれとは何だろうか。

 丹生が指で示したのはリトルパールの外だった。砂の上に光が差していて、その上に何かが有る。

 大きなイセエビだ。砂の中に潜るわけでもなく、悠々と歩いている。

「……漁獲許可は取ってあるの?」

「取っていない。しかし、海の中で捕まえて海の中で食べてしまえば水揚げをしたことにはならない。問題無い。」

 本当なのだろうか。

 再び装備を整えてリトルパールの外に出て、イセエビの背後に回り込むように泳ぐ。丹生から渡された袋を片手でイセエビの尻尾側に広げつつ、もう片方の手を頭部側に伸ばした。奇跡的なことにイセエビが袋の中に後退してくれたので、すかさず捻るようにして掬い上げる。

 急いでリトルパールに帰還した。

 これ、素人に調理できるものなのかな?鋏っていうのか爪とか危険そうなんだけれど。

 俺が袋ごと手渡すと、丹生は厚手のグローブを嵌めた手でイセエビの処理に取り掛かった。

 包丁ではなく調理用の鋏を使うことにしたらしい。

 ばちん、ばちん、という豪快な音を聞きながら俺はスーツを脱いだ。

「意外に活きがいいから生でも食べられそうだな。」

 嬉しそうに声を発する丹生のほうが生き生きしているように見える。エビの生命活動を停止させしめながら『活きがいい』とは、よく言ったものだ。

「どういう意味?」

「弱ってじっとしていたのなら寄生虫などの不安が有るかもしれないが、これはじたばたと活発だから、リスクは低いだろう。心配か?」

「いや。平気だ。」

 そもそもリスクというなら単独で海に潜るのは随分なリスクだし。

 そんなわけでテーブル(型のモニター)の上にはイセエビの活け造りが載ることになった。

 キッチンでエビの頭が煮られている間に、刺身を食べる。

 幸せだ。こんなに幸せでいいのだろうか。

「もしリトルパールの中が外から見られていたら、大変なことになるな。」

 丹生が笑いを含ませて言った。

「どうして?」

「美味しいものを食べている人物の姿が見えているのに、自分はそれを食べることができないのはストレスだろう」

「そうかな、人が美味しそうに何かを食べているところを見るのは嫌いじゃない。」

「お前はそうなんだろうが、誰もがそうだとは限らない。見る者が空腹かどうかにも左右される。」

「ああ、成程。」

「公共の場でプライベートな発言をすることが憚られるのにも、似たような理屈が適用できる。私秘的な物事とは、他者にストレスを与える可能性を含む物事である場合が多い。見聞きする人の許容度が気分によっても変動するし、そうだな、個人差も大きい。直面する人の数が多ければ、その表現を許容できないという人に遭遇してしまう確率も高くなる。表現そのものが誰かを傷付けるかもしれないし、傷付いた人の反応が表現した人を傷付けるかもしれない。その表現の是非を問うことによって傷つく人が想定される領域は、プライベートなものとして慎重に扱われるべきだろう。」

「美味しいものを食べることはプライベートなことだっていう話?」

 はぐらかすように俺が言うと、丹生は笑い声を漏らした。

「そうかもしれないな。」

 かなり機嫌がいいらしい。イセエビを獲ってきた甲斐が有った。

 丹生は席を立ってイセエビの頭で取った出汁に味噌を溶かし、その味噌汁とご飯を俺がテーブルに運んで一緒に食べた。

 もし見ている人がいたら気の毒かもしれないけど、美味しくて幸せだ。

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