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4 イン・ザ・クール・ウォーター (0)
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憶えていないのに、憶えている。
記憶には無いけれど、確かに有った出来事だった。
僕は、誰かに愛されたことがある。
天啓のような確信が全身を貫いて、指先にまで満ちている。
それが誰だったのかすら今では憶えていないけれど。
そのときの僕は若すぎて、相手を愛することなんてできなかったけれど。
僕は生きなければならない。
なぜなら、その人はもう生きてはいないから。
多分、随分と前に、既に命を失ってしまったから。
その人が僕のことを想ったという事実を知っている僕が、生きていなければならない。
だって、今では僕ひとりしか、その出来事を憶えていないのだから。
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