1 オーガニック・ジュエル (4)
代表的なところとしては、やはり地熱発電が挙げられるだろう。それから、温泉(沸点に近い高温のもの)を活用した発電。活火山の熱源を直接利用する試みは難航しているけれど、皆無というわけではない。
原子力発電だって仕組みとしては核分裂による発熱で水を沸騰させているのだから、要するに、大量の水を沸騰させられればいいのである。
火山活動には何かと不測の事態が発生しがちだし、常に同じ場所で同じエネルギーが得られるとは限らない。なにしろ現場が火山なのだから、最悪の場合には現地就労者が噴火に巻き込まれる。施設は簡便で移築が容易な構造にする必要が有るし、状況によっては放棄して避難することが優先的に想定されている。
発想の転換として必要だったのは『単一のシステムでエネルギーの安定供給を得るという理想を捨てること』だった。それはまぁ、資材や各部品の補給ルートが固定的なほうが色々と都合が良かったのだろうけど、もっと広い視野で見れば、『状況に合わせて常に技術を刷新し続ける』ことによって、(長期的には生産できないような)数量としては限られた素材を実用化することだって可能になる。大量発注ではなくて少量受注の世界になるから、下請けの中小企業がクリエイティヴな仕事に携わることができる。創造性は何よりも勤労意欲に欠かせないものだ。
工業的な生産過程それ自体が『生もの』みたいにデリケートで可塑的になるから、移行には時間が掛かったけれど。
俺が勉強した範囲内では、蓄電用のバッテリーの技術的進歩がこれらの過程に一役買っていると分析できる(そんな評価に関しては意見が分かれるところだが)。貯めて移動させられる電気の量が増えたのは、地味ではありながら相当な安心材料だった。
ひとくちにエネルギー分野と云っても、自分が具体的にどの仕事をすることになるのかは決めていないし決まっていない。丹生のために引っ越してきた(というか里帰りしてきた)この土地で、きっかけを掴めればいいなというのが希望的観測だ。
ここは、俺が生まれる前に原子力発電所が役目を終えて稼働停止し、一般人の立ち入りが可能になった地域である。無事に、大きな事故の報道も無いままに終幕を迎えたから、『ある程度の規模の事故を想定して立ち入りを禁止した区域』は開放されることとなった。数十年ぶりに故郷を目にすることができた老人もいるらしい。
そういう土地でありながら、休火山ではあるけれど開発が可能かもしれない山が幾つか有るので(日本列島に活火山も休火山も内包していない地域が存在するのだろうか?)目下のところ調査と実験が続けられているところなのだ。
チャンスが有れば調査現場を遠望くらいはしてみたい。
丹生にでも頼んで報告データを閲覧させてもらえないものだろうか(裏柳一族はこの地の地主の家系である)。
「またよからぬことを考えているな、藍。口に出さなくとも僕には判る。」
丹生が食器を重ねて片付けながら断言した。
「これ以上は無いってくらい善意と希望に満ち溢れたことを考えているぞ俺は。」
慣れているとはいえ、丹生の攻撃的な発言には正直げんなりする。
いや。違う。食事の礼を言い忘れたまま考え事をしていた。
「ごちそうさま。俺が運ぶよ。」
立ち上がって自分の分の皿と箸を丹生の手元の皿に重ね置いて、持ち上げた。
「特に美味しかったのはピラフかな。あんな材料、ここに有ったんだね」
「香辛料は未開封なら何年も保つからな。それでも新しいほうが風味はいいが。」
知らなかった。
「そんなに違うものなのか?」
「お前と僕とでは嗅覚野における学習過程が異なっているから比較は困難だろう。」
「それって俺が鈍いって言ってるよな?」
「鈍いとは言っていない。」
丹生と喧嘩にならずに会話できる人物は、あまり見たことが無い。俺は喧嘩こそしないが、呆れてはいる。海底生活を送る身の上になった経緯は未だ聞いていないが、多かれ少なかれ、この毒舌が災いしているのだろう。
本人は口調を改めるつもりは無いようだし、当面は、このままなのが誰にとってもストレスが最小限で済むのかもしれない。
俺か丹生のどちらかの事情が変化でもしない限りは。