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3 ドロップ・オブ・ザ・ムーン (8)

 ゼロ、レイ、オー、もしくはアザー。読み方は専門領域によっても微妙に違うようだけれど、公式的な個人情報の性別欄で『(ゼロ)(オー)』という選択がされるのが性別ゼロの人々である。あくまでも身体的な性別が記載されることになっていて、『社会的文化的にどう扱われることを希望するか』は別の問題とされている。

 文化的に男性的だとか女性的だとかいう性的傾向のうち、どういった方向を指向するのかは個人の自由である。身体的に男性だからといって一見して男性と判る外見を維持する努力は、あまり求められていない。婚姻関係を結べるのが男性と女性の組み合わせだけであるという法律は無くなっているから、『身体上の性別』と『本人が社会的に指向する性別』とが違っていても、不便は有るかもしれないが疾患とは見なされていない。

 だからといって誰もが理解して受け入れているわけでもないけれど。

 もし目の前の性別ゼロの十三歳が保護者から理解されないという理由で苦しんでいるのだとしたら、それは悲しいことだ。

 しかし食事の前に沈んだ気持ちになりたくはない。俺は敢えて事情を訊かないことにした。

「そういえば君は、成人すれば非居住区に入れるようになるのか?」

 俺が尋ねると、柑子(こうじ)は頬杖をついたまま首を傾げた。返事が無いので苅安(かりやす)に話を振る。

「苅安はそういうの詳しいだろう?」

「確か規定では、性別ゼロだと医療機関での詳細な診断とか、面倒な手続きをクリアする必要が有る。でもまぁ、入れはするだろ」

 原子力発電所の周辺地域である非居住区域には、未成年と女性の立ち入りは禁止されている。

 厳密なことは判らないが、妊娠する可能性が少しでも有る身体の持ち主なら性別ゼロではなく女性に該当するのではないか。性別ゼロと判定されていて妊娠可能な人は例外中の例外か、でなければ誤診だろう。(ただし、『妊娠可能な人が女性』で『妊娠できない人の全員が、男性もしくは性別ゼロ』というわけではない。様々な事情で妊娠できない女性は存在する。)

「……じゃあ、もし大人になっても苅安と一緒に居たかったら、頑張って各種『面倒な手続き』を乗り越えて押し掛けていけばいいよ。君にならできる。」

 多分、柑子のEins(エインス)成績は同じ年齢の頃の俺や苅安より高いし。

 非居住区に立ち入れない女性とか、非居住区内でそういう商売をしている男性より勝算は高いぞ、とは言わないでおく。

 柑子は真面目な顔で頷いた。

「うん。」

「おい、余計な入れ知恵すんなよな。俺は別にこいつのこと」

 苅安が声を発しかけるのと同時に、調理機の甲高い音が鳴った。米が炊けたらしい。

 食器を取り出して、苅安は食事の支度に掛かりきりになる。

 テーブルの上には三人分のご飯と、コロッケと天かすと調味料類が載せられた。

 苅安が寝室から自分の椅子を持ってきて、食事が始まる。

 俺はテーブルに用意された中から塩昆布とマヨネーズを、苅安は天かすと麺つゆを選んでご飯にかけて食べる。ひたすら食べる。この家での食事風景は、いつもこんな感じだ。

 柑子は目を丸くして様子を眺めていたが、苅安の真似をすることにしたようだった。

 コロッケは二つしか無かったので、柑子と苅安とで一つずつ食べてもらう。俺は普段からリトルパールで美味しいものを食べているし。

「コロッケを買って天かすを貰ったのか?」

 早くも二杯目を椀(茶碗は足りなかったらしい)によそいながら苅安が喋る。

「いや、天かすを貰いに行ったらコロッケも只でくれた。」

「首都で個人商店なんて道楽みたいなものだからな。無駄に美味いし。どんな材料使ってんだ」

「美味いのが無駄ってことはないだろう」

 柑子は会話には参加せず、黙々と天かす麺つゆご飯を摂取している。

 俺は立ち上がって丼に二杯目のご飯をいただくことにした。

「わざわざ炊いてくれたのは、三人分だから?」

「いや、炊きたてのほうが美味いから。」

 意外と面倒見がいいのは相変わらずだ。

 ご飯の上に、紙袋から天かすを振りかけて、パウダー状の昆布茶を掛けてから、湯を注いでお茶漬けにする。梅干しも出されていたので載せることにした。さっきのマヨネーズが器の内側に付着したままだったけれど、どうせ天かすが油ものだし気にしなくていいだろう。

 同じテーブルで黙って食事をしている少年(性別ゼロだけど)が、俺と苅安がネット上での会話に用いているプログラムの作成者だと思うと、不思議な親近感が湧く。ゲームでも何らかのツールでもそうだが、誰かが作成したシステムに触れていると、その作成者の世界というか思考に接触しているような気分になるものだ。インターフェイスが不親切だからといって、必ずしも作った人の性格が無愛想なわけではないのだけれど。

 柑子が作ったという暗号化ツールは既存の素材の切り貼りばかりで不格好ではあっても、ひたむきでエネルギーを持て余していて、その(いびつ)さが一種のほほえましさを誘う。本人に会って、納得できるものが有った。

 まぁ遊び半分で使う分にはともかく汎用化できるレベルには達していないけれど、それは仕方が無い。

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