表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/43

3 ドロップ・オブ・ザ・ムーン (7)

 姿を現したが、男の子なのか女の子なのか判らない。

「あれ?お客さん?」

 俺を見て首を傾げた。

 年齢は十代前半に見える。肩までほどの長さの髪がぼさぼさになっていて、苅安(かりやす)のものと思われるシャツを着ていた。太腿から下には何も身に着けていない。

 俺は端末に向き直り、使用していた検索サービスのアカウント(あまり利用していないから青磁(せいじ)さんも捕捉追跡とかしていないはずだ)で『どっちなんだ』と入力して送信した。

 近くに立っている苅安が自分の携帯端末を服から取り出す。

 画面が最新情報に更新される。苅安からの返信で『疚しいことはしてないって』というメッセージ。

 『じゃなくて女性なのか?』と返事する。

「あー……」

 苅安は片手で後頭部を掻くような仕草をした。

「本人に訊けよ。」

 口頭で答えて、柑子(こうじ)のほうに向かう。その際、俺が向かっている端末の横に置いてあった揚げ物の紙袋をピックアップしていく。

 目の前の俺たちから無視しているかのような態度を取られて呆けていた柑子は、跳びはねるみたいに足を踏み替えて苅安を歓迎した。

「食べていいの?」

「ああ。ちょっと早いけど夕飯な。」

 苅安はそう言って、俺を振り返る。

「お前も食ってけよ。」

 この男は生活は不規則だが好物が米飯で、大抵は調理機の中か冷蔵庫の中に炊いたご飯が常備されている。寝室の手前の入り口からダイニングキッチンに入ると、以前に来た時とあまり変わらない光景を目にすることができた。

 今のところ性別不明の柑子が既にテーブルに就いている。

 苅安が支度をしている間に話をしておこうと、俺も椅子に座った。

「えっと、柑子だよね?会うのは初めてだけれど、俺は群崎(むらさき)って言えば分かるか?」

「うん。(あい)ちゃんだよねー」

 藍ちゃん。それは、うちの母親が俺を呼ぶときの呼び方だ。しかし言及していたら話が逸れる。

「君は、何歳?」

「十三歳。」

 俺より四歳下か。三歳下だというのは、四ヶ月半前の時点での情報だったか。

「君は女性に見えるんだけど、合ってるのかな?」

「藍ちゃんから見て私が女性に見えることは間違いではないでしょう」

 柑子はテーブルに頬杖をついて俺を見上げた。

 どういう意味だろう。

 俺は苅安のほうを見た。この部屋の主は米を調理機に入れているところだった。今から炊くのか。人数が多いから保存している分では足りないのだろうか。

「そういう話はプライバシーの範囲内だから、喋りたいことだけ喋ればいいぞ、柑子。」

 苅安は俺ではなくて柑子にアドバイスをする。

「ひょっとして俺には秘密?」

「秘密じゃないよ。私は性別ゼロ判定だから。」

「ああ、そういうことか。」

 公的機関や医療機関での性別登録として、男性でも女性でもなくゼロ(またはオーとも読まれる)が選択されるパターンは少なくないらしい。聞いたことは有ったが、そういう人物と会話をするのは初めてだった。まぁ、こっちが知らないだけという場合は有るのだろうけれど。

「具体的な状態は聞いてもいいのか?」

「うーん、お医者さんは、成人してから決めればいいって言ってたよ。」

「決めればって?」

「成長してみないとどうなるか判らないところが有るっていう話。私の場合は染色体レベルでも判断できないし、DNAレベルの話だと、まだどう発現するか判らないって。手術や投薬のハードルは低いから、希望すれば男性寄りにも女性寄りにもできるらしいよ。そのままでも構わないって。」

 確かに十三歳に判断できる内容ではなさそうだ。

「苅ちゃんは、見てもどっちか判んないなって」

「見たのかよ」

 俺は思わず苅安に向かって叫んだ。

「しゃーねーだろ」

 苅安は面倒そうに応える。米が炊けるのを調理機の隣で待ちながら。

「それは充分に踏み込んだ関係だと思うよ俺は。」

「ほっとけ。」

「まさかとは思うが……」

 俺は声を低くする。うんざりしたような顔で苅安は俺から視線を外した。

「本当に見ただけだし、そいつも見られるのは平気だって言ってたぞ。あーもう。そういうのを秘密にするかどうか考えてから喋れって言ってるんだ。群崎だからいいけど、他の奴にはあんまり言わんでくれな。経歴に傷が付くのは論外としても、薬物漬けにされるのは勘弁。」

 苅安は途中から柑子に向かってぼやいた。

 他者を傷つける種類の犯罪行為は基本的には何らかの疾患が原因であると考えられている。だから、そうした犯罪を実行したと司法当局に判断された者は、投薬と社会復帰トレーニングという形で治療を受けるのが普通だ。

 そういえば丹生(にう)は犯罪者のトレーニングプログラムの作成なんかを職業として目指せばいいのではないだろうか。そうアドバイスすればリトルパールから出ようという気になるだろうか。いや、その職業なら引きこもりの人間にも可能なのか。

 このところ、自分は丹生のことばかり考えている。

 俺が思案していると、苅安は勝手に説明を始めた。

「二日前に家出してきたんだよ。何度目かになるけどな。今までは、すぐに家に帰らせてたんだが。」

 家族との関係がうまくいっていないのか。

「役所関係に通報は?」

「連中は未成年の申告でわざわざ首都の犯罪発生率を上げたくはないらしい。」

 首都に在住する未成年といえば、公務員か優良企業社員の家族だからな。虐待発生率を上昇させたくなんてないだろう。世知辛いことだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ