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3 ドロップ・オブ・ザ・ムーン (6)

「医療技術だとか社会情勢だとかが変われば、それに応じて常識だって変わる。昔と今とでは国名も首都も変わったし憲法だって一から作り直されてるんだから、それ以前の状態に適応して生きてきた人間が変化についていけないのは仕方が無いだろう。俺やお前にとっては生まれたときから首都島が首都だけど、今の老人が若い頃には首都は東京だったんだ。現状との折り合いを付けられないのは無理も無い。今でも改憲しろって息巻いてるくらいだからな。俺の個人的な意見を言うなら、次に憲法を変える時が来るとしたら、それはやっぱり国名が変わる時であるべきだ。」

 苅安(かりやす)は壁際に立って腕を組んだまま、俺を諭した。

「君みたいな人間が別の時代に生まれていたら、過激派の活動家とかになっていたのかな」

「違う。」

 意外にも苅安は首を振った。

「日常的、個人的、慢性的な不満が蓄積している攻撃性の高い人間が、社会や国家に対して怒りを発現させることを正義として自認したときにテロは発生する。勿論、社会が個人を過度に抑圧しているという場合は有るが。しかし、それで『社会』を他者に投影して自分以外の人間を攻撃しても、単なる暴力にしかならないことのほうが多い。社会は社会で個人は個人だ。社会に対して影響力を有する活動を行おうとするに際して支持者の頭数を集めようとすれば、『自分の憂さ晴らしに正当性を与えられた』という勘違いをした人間を知らないうちに引き込んでしまいかねない。」

「過去において特定のイデオロギー自体が失敗してきたわけではなく、君の言う、そのメカニズムっていうか集団の特性みたいなのが反政府活動を攻撃的にさせているっていうこと?」

 苅安は肩をすくめる。

「ファクターはそれだけじゃないだろうがな。単一個人が想像可能な範囲よりも、世間には色んな人間が存在するってことだろ。この国には、百年前の日本と今の日本とが同一の国家だと思っている人間と、違う国家だと思っている人間とが混在している。別に、どっちが正しいってわけじゃない。そんなこと考えずに生きてる人間だって多い。」

「どっちかっていうと俺はそうかな」

「だろうな。けど、そういう現状を認識してないから、年長者からそんな迷惑をこうむってるんじゃないか?」

 そうなのだろうか。まぁ俺の話じゃなくて丹生(にう)の話なのだけれど。

 俺は苅安と喋りながら適当に端末を操作して、青磁(せいじ)さんのところで見た二本しか弦のない楽器について調べていた。

 検索された画像の中に、それらしい写真を発見した。

二琴(にきん)……?」

 キャプションの文字を口に出して呟く。

 苅安も覗き込んできた。

「ん?二琴奏者って、すげぇ美人っていう噂の?お前そういうのに興味有るの?」

「知ってるのか」

「パフォーマーだろ。芸術家っていうのか芸能人っていうのか知らんけど」

「ミュージシャンだと思うよ多分。そうじゃなくて二琴っていうのか、この楽器」

「プロの演奏者は世界で一人しかいないらしい。」

「ああ、その人が美人なんだね」

 楽器演奏のプロの基準とか、よく分からない。やっぱりミュージシャンじゃなくてパフォーマーなのかもしれない。苅安が『美人』と表現するからには女性なのだろう。確信は持てないが。

 二琴というワードで探すと、なるほど、専門の演奏者が存在するらしかった。写真は女性に見える。その奏者が伝統的な楽器に基づいて自分だけのオリジナルでデザインして演奏しているという説明を読み取ることができた。

 だとすると、青磁さんの部屋に有ったあれは、何なのだろうか。

 その有名人(?)と知り合いなのか。

 考えても仕方無いから、知りたかったら探るべきなのだろう。

 そういえば、さっき入ってきたとき、苅安は何を慌てていたのだろうか。

 ここは苅安が一人暮らしをしている部屋で、俺はリトルパールの近くに住み始める前まで(つまり首都で両親と生活していた頃)は割と頻繁に遊びに来ていた。泊まり込みでよからぬ活動に精を出していたことも有る。そのときには何かを隠すような素振りは見たことが無かったが。

 訝しんでいると、奥の部屋のほうから声が聞こえた。

「なんかいい匂いがするー。ごはんなの?」

 聞こえてきたのは女の子の声である。いや、ごく若い少年かもしれないから断定はできない。

 俺と苅安が居る玄関脇の廊下(テーブルと端末が置いてある)は奥の一室に続いていて、そこは苅安の寝室だった。まぁ寝室といっても寝床の有る作業室といった趣だったはずだ。

「誰だ?」

 廊下で膝立ちになった姿勢で(狭いから椅子は無い)、苅安を見上げる。

 苅安は俺には視線を合わせずに観念したという様子で答えた。

柑子(こうじ)だよ。」

 柑子というのは苅安一味のメンバーで、件の対戦型チャットゲームの作成者である。会ったことは無いけれど確か、俺より二歳下か三歳下だと聞いていた。

 しかし苅安の様子から状況を想像すると。

「柑子って女性だったのか?男性の名前だと思ってた。」

 青磁さんの名前と似ているし。

「お前が言うな群崎(むらさき)。」

 だが苅安は根っからの女性好きだというのが俺の認識である。しかも歳上が好みだったはず。

 四ヶ月半の間に何が有ったというのか。

 俺は頭を振った。いけない、混乱している。

「言っとくけど、お前が考えているような関係じゃないぞ。よく眠ってるから起こしたくなかっただけだ。もう起きちまったけど。」

 苅安はつまらなそうに言った。

 廊下の突き当たりの暗がりから、小柄な人物が目をこすりながら姿を現した。

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