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3 ドロップ・オブ・ザ・ムーン (4)

「その、大叔父という方は一人ではないのですか?」

「二人だよ。両方とも祖父の弟に当たる人だ。」

 心を傷つけられたというのは、具体的には何をされたということなのだろうか。俺は質問したかったが、訊いていいのかどうか迷ったまま、黙っていた。

 青磁(せいじ)さんは一瞬だけ口元に笑みを浮かべる。

 丹生(にう)と青磁さんとは、顔の表情に関しては随分と違っている。

「なにしろ高齢の人たちだから僕たちとは感性が合わなくてね。丹生の人格を顧みない一方的な発言を行って、彼女を怒らせてしまった。僕も、あの時のことには怒っている。掻い摘んで言うと、大叔父たちは丹生に、勉強や仕事よりも、祖父の血筋を絶やさないための努力を優先しろという趣旨の意見をしたんだ。話の成り行きで、ふとした拍子に出てしまった言葉なのだろうけれど、彼女の尊厳を損ないかねない暴言だと僕は思う。」

 俺は丹生がどんな人物かを知っているから、想像するだけでいたたまれない気分になった。相手が丹生でなくとも、そんな若齢者に対して行うべき発言ではないだろう。

「それで妹は、血縁が重要なのであれば今から自分が浮気でもして子供を増やせばいいだろうと言い捨てて、取り敢えずの所有物であるリトルパールに住むことを決めてしまった。」

 俺は思わず額を押さえた。

 十四歳にして、その発言内容は。いや、その若さだからこそなのだろうか。確かに婚外子を持つことは違法ではないが、しかし。

「……ご両親は、彼女を守ろうとはなさらなかったのですか?」

「二人とも、丹生が自分で決めたことを否定するつもりは無いらしい。勿論、単なる自暴自棄による行動でないのかどうかは彼女と話し合って確認していた。互いに連絡は取り合っているし、父や母がリトルパールを訪問することも無いわけではない。丹生が一人で生活していることに対して両親の責任を追及するような意見を持つ人もいるが、親子がどのような形態で生活すればいいのかに関して特に正解は無い。現在のところは今の状態で安定していると言える。君は不満に思っているのかい?」

「いいえ。丹生の……すみません、丹生さんの気持ちが変わればいいとは考えていますが、彼女にとって不本意なことを強いてはならないと思います。」

「うん。君の意見だって丹生にとっては生存環境の一部だからね。僕に本心を明かしてくれるのは助かるよ。」

 青磁さんは俺に向かって笑顔を見せた。

 話を聞いて、俺は丹生の学習領域の偏りぶりや興味の対象に少し納得がいった。彼女の理屈の通し方にも。高齢の親戚たちを説得する必要が有るから色々と学ばなければならないことが多いのだろう。同情を禁じ得ない。何か俺で力になれることが有るなら手伝えればいいのだが。

「君に話したかったのは、そんなところだ。悪かったね、こちらの一方的な都合で首都まで来てもらったりしてしまって。お詫びに提案が有る。」

「お詫びなんて必要無いですよ。」

 俺は断ったが、青磁さんは首を左右に振った。

「君の学習時間を奪うことになってしまったから、埋め合わせをしなければならない。群崎(むらさき)くんは最近、Eins(エインス)で倫理学習過程に取り組んでいるようだが、その理由はどういったものなのかな?」

「特に理由は無いんです。丹生さんが最終過程まで終えていると聞いたので、俺も負けていられないと思って。対抗意識でしょうか。」

「僕がデータを書き換えて、最終過程をクリアしたことにしてもいいかな?」

「え」

 それは、さすがに不正行為ではないのか。

「Eins関係者と親密であるというアドバンテージを有していることも、本人の能力のうちだから。あ、滅多に有ることではないよ。そんな特例措置が横行しているわけではない。僕だって一回くらいしか使ったことの無い手段だ。」

「待って下さい。俺は」

 丹生と似ていると思っていたが、青磁さんの価値観はまたどこか俺とはズレが有る。

「君は正々堂々と設問に挑みたいというタイプなのか。意外だな。」

 青磁さんは溜め息を吐いて、眼鏡を少し持ち上げた。

「いえ、そういうわけじゃないですよ。ただ、俺は倫理学習過程というものの存在意義を、提示された設問に正直に取り組んで熟考したり、知り合いと議論や意見交換をして検討する時間も含めたものとして捉えているんです。得点が基準に満たなくて何度も挑む経験だって、無意味ではないでしょう。採点する人との相互作用っていうか。数値化に否定的な人がいるのも知っていますが、点数を得るためのダイナミクスを想像してもらうことで、俺はそういう人を説得しているんです。だから、そんな特別な措置を取ってもらうわけにはいかないんです。自分に嘘をつくみたいで落ち着かないっていうか。今すぐに必要な資格でもないですし。」

「うん、成程。よく分かったよ。」

 俺は相手を怒らせてしまったのかと危惧して青磁さんの笑顔を観察した。

「今ので腑に落ちた。妹が気に入るのも納得できる。勉強が趣味だなんて変わった人物だと思っていたけれど、本当なんだね。」

 それは本当だった。丹生とは方向性が違っているのだけれど。

 どうやら怒らせてはいないらしい。俺はこっそりと胸を撫で下ろす。

 そろそろ解放してもらえるのだろうか。

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