表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/43

3 ドロップ・オブ・ザ・ムーン (2)

 道の途中で休憩を取ることになり、そこで昼食を与えられた。

 この状況、もし訴え出たら俺が犯罪被害に遭っていると認められそうだ。

 今のところは物騒な発想は空想に留めおくとして、ドライブが続行される。

 当初は山ばかりだったし通りすがる車両も(まば)らだったが、乗車してから時間が経過するにつれ、人工建造物が増加してきた。日本で二番目に人口の多い都市の沿岸を通過し、自動車はトンネル状の橋を渡って首都に向かう。

 公式的には首都島(しゅととう)という名称である。固有名詞っぽくないが首都島というのが固有名詞で、一般的には単に首都と呼ばれている。

 日本の首都は今から約五十年前に東京から淡路島へと変更された。

 地名も区画整備も建造物も、全てと云っていいほど一新されて作り変えられたため、淡路島という名称も単なる言い習わしに近い。首都になる前から地元に住んでいる人というのも殆ど概念として存在しない状態である。文化財として保存されるような種類の建築物は残っているけれど。あと、地元の漁業などの産業は瀬戸内海の他の地域に伝達され、そこに溶け込むようにして残されている。たぶん淡路島の出身者にとっては嬉しい状況とは云えないと想像される。

 平たく云うと、他に適切な土地が無かったのだ。

 当時、新しく開発された技術によって島の地盤から土地改良を行って人工的に安定させ、その試みが成功したのを見届けてから首都としての機能を移動させていったというのが経緯である。

 依然として日本で最も人口の多い都市は東京だし、二番目は大阪である。しかし人口が最多の都市が首都でなければならないと決まっているわけではない。二十一世紀後半の時点では既に、特定箇所に人間が集まる必要性は希薄になっていた。

 俺には政治的な意図は不明だが、主要な機能を担うことのできる都市が首都島と東京との二か所に分散されて互いにバックアップとして機能するように構想されているという話だ。

 歴史的には遥か昔には淡路島は流刑地だったという点が問題視されていたらしいけれど、その時代に遡るなら東京の辺りは『人の住む環境ではない』という認識だったはずである。

 首都島の何が特別なのかといえば、入島時のセキュリティチェックが徹底しているため、都内の安全性が他の土地よりも顕著に高いという点が真っ先に挙げられる。例えば過去に何らかの犯罪に関わった経歴の有る人物は手続き上、島に入ることが難しい。

 しかし、首都に場所を限定して顔を合わせて話をしなければならないことなんて、議会や外交関係といった公かつ機密な事項に類する内容くらいではないだろうか。

 ともかく、首都島の犯罪発生率の低さ(ただし贈収賄などの取り引きに関する犯罪は含まない)を理由に首都に機能の一部を置いている組織は多い。高額な税金を支払ってでも。それらの組織の一つがEins(エインス)であり、丹生(にう)の兄である裏柳(うらやなぎ)青磁(せいじ)氏は現在は首都の施設に勤めている。

 俺も一年ほど前まで首都に住んでいたけど、改めて客観的になってみれば、かなり特権階級じみている。単に両親が公務員だという事情によるのだが。勤務先は首都島だけれど居住しているのは大阪という人も多い。

 橋を渡っている間に全身をスキャンされて生体情報と個人登録情報との照合が済んでいるはずだ。

 トンネル通過中に危険物の持ち込みが疑われた場合には、出口(島の入り口)が封鎖されて検問を受けることになる。しかし俺は自分の端末すら所持していない。

 誰にも止められることなく自動車は首都島に入った。

 島ごと人工物にしてしまったような外観でありながら、どこまでもクリーンな街である。

 当たり前だけれどあまり変わっていないなぁ、などと思いつつ上下左右の街並みを眺めている間に、目的地に到着したようだった。

 自動車から降りて、何度もドアやシャッターを通過して、奥まった一室に案内された。

 俺を連行してきた三人に囲まれたままである。そんな物々しく警戒しなくても別に逃げたりしないのに。

 部屋の奥で立ち上がって出迎えたのは予想通り、青磁さんだった。

「どうも久し振り、群崎(むらさき)くん。」

 青磁さんは顔は丹生に似ているけれど、立ち上がると身長は妹より高い(まぁ俺よりは低いけど)。画面内でならともかく、実際に会えば彼女と間違えることは考えられなかった。年齢は六歳も上だし。

「お久し振りです。」

 俺は頭を下げる。四日前にモニター越しに会ったけれど、あのときは青磁さんからは俺のサーモグラフしか見えていなかったはずだ。彼が体温による読唇を可能とするのは丹生に対してだけだという話だったけれど、それは本当なのだろうか。

「先日は申し訳ありませんでした。お呼び出しいただいたのは、その件に関してでしょうか?」

 一応、後からメッセージで詫びてはおいたのだが、結局、通話には出てもらえないままだった。まさか本当に直接わざわざ叱責を受けるために連れてこられたというわけでもあるまい。一体、何の用が有って俺はここに居るのだろうか。

 そう考えて思い至った。

 まさか、解雇通達?

 今まで気付かなかった。解雇されるときが有るとしたら、それこそメッセージで通告されるだけだと想像していた。

「出過ぎた真似をいたしましたことは反省しております。」

 俺は目を閉じて、青磁さんからの返事を待った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ