表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/43

3 ドロップ・オブ・ザ・ムーン (1)

 リトルパールでローストビーフを食べてから四日目。俺は自宅のインターフォンに応じて玄関から外に出たところで、いきなり謎の男性三人に拉致されて自動車の中に連れ込まれた。

 断っておくが、来訪者に対する警戒を怠っていたわけではない。俺は丹生(にう)に届けるための荷物を受け取るために玄関ドアを開けただけだ。インターフォン越しに聞こえてきた声は、いつもと同じ配達担当者のものだったし、喋っていた内容にも不審なところは無かった。

 ドアの前で配達の人が脅されていたというわけでもない。

 もともとリトルパールへの荷物を持ってくるのは配送業者を装った裏柳(うらやなぎ)家の使用人で、要するに、そういうことだった。

 この感じは前にも何度も経験している。

 丹生に会うことを決めてから実際に会えるようになるまでの期間には日常茶飯事だった。

 事前連絡も無しに連行されて、ダイビング資格の試験だとか、運転免許証を取得するための講習だとか、料理教室だとか生け花教室だとか、色々な災難の渦中に放り込まれた。(いざリトルパールに通い始めたら丹生は料理は自分でするとか言い出すし、不毛なスキルも少なくなかったけれど。)更には『青磁(せいじ)さんが自ら面接を行えるのはスケジュール的に今しか無い』という非常に勝手な都合だったことも有る。かなりのところ、理不尽な目に遭っていた。

 だからといって、首都から離れたここに来てまで、同じ事態が発生するとは予期していなかったが。

 運転席に座る男性はいつもの配達担当者だったし、後部座席で俺の両脇に座る二人も顔は知っている。自動車はガソリン車でこそないもののクラシックカーに分類できそうな古風なもので、これにも見憶えが有った。

 青磁さんは乗っていない。まぁ、俺の家まで赴いてくるくらいなら、そのまま丹生に会いに行くだろう。

 俺を乗せた自動車はリトルパールとは逆の方向に、海岸沿いを走っている。

「あのー、今日は運ばなくていいんですか?それ。」

 俺は運転席の隣に置かれた荷物のことを話題にして口を開いた。

 ドアを開けたときに配達の人が荷物を持っていなかったとしたら、俺だって少しは怪訝に思って躊躇するだろう。荷物を受け取って両手が塞がった隙を狙われなければ、あっさり捕まりもしなかっただろう(怒涛の資格取得ラッシュの間に一応は護身術も習ってあった)。

 この人たちプロなのか。いや、何かのプロなのは確実だけど。

「お嬢様へのご連絡は済ませてあります。ご所望の物は明日のお届けになると。」

 運転席の男性が答えてくれた。

 ということは俺も明日には解放されているのだろう。少し目途が立って安心した。油断はできないが。

 しかし、お嬢様って。丹生は確かに生まれる時代が違っていればお嬢様どころかお姫様だったのだろうけれど、本人が聞いたら怒るのではないだろうか。

「携帯端末も持ってないんですけど、取りに戻らせてもらえませんか?」

「その必要は無いと判断させていただいております。」

 これだ。裏柳家に雇われているという点において彼らと俺とは同じ立場のはずなのに、いやに言葉遣いが持って回って丁寧だ。扱いに関しては雑だけど、それは青磁さんの命令だからだろう。やはり俺は彼らにとって、単なる同僚ではないのだ。そんなわけで俺は、この人たちの前で自分のことを『俺』と言うべきなのか『私』と言うべきなのか決めかねている。まぁ歳上の人ばかりなわけだし、必要が生じたら『私』で通すことにしよう。

 事の成り行きと次第によっては俺が丹生と結婚して主人の立場になるかもしれないと考えているんだろうな、やっぱり。

 もし勘違いだったら恥ずかしいんだけど、これ。誰も口に出しては言わないから確認できないでいる。

「青磁さんのところに連れて行かれている途中なんですか?」

 車内は沈黙。答えてくれない。

 何か機械を借りてEins(エインス)にアクセスしようかとも考えたが、自動車は走行中だから酔うかもしれない。仕方が無いので、回答を作成中だった問題の続きを作文して推敲していることにした。後から取り零し無く思い出せることを祈る。

 人間の幸福追求の権利に関して自由作文。

 人間として生まれれば必ず有している権利なのかというと、実は生まれた国の法律によって有ったり無かったりする。現在の日本では憲法でも法律でも認められている。個人が幸福を追求することを基本的なスタイルとしているのは民主主義国家だからである。何を幸せと感じるのかは各個人それぞれによって異なっている。誰もが同一の状態で幸福感を覚えるのだと決まっているのなら、同一の状態になるように環境を整えていけば問題は発生しないはずである。その前提に立って国民をコントロールしようとする国家も存在してきたし、現在でも存在する。

 纏まらないなぁ。これを骨組みにするとして今から作文か。抜けている要点が有りそうだが完成させたら六割くらいの得点率にはなるだろうか。実は丹生に相談して手伝ってもらう予定だったんだけど、明日に回したら点数に響くから今日中に仕上げてしまいたい。倫理学習過程の最終レベル、年齢的にまだ早いという理由も有ってか、さすがに難しい。でも丹生はクリアしていると言っていたから追い付きたいところである。彼女はこういうの得意だからなぁ。そもそも育ってきた環境と合っているんだろうな。海外の法律とかで記憶していないのを引用したいけど、端末を持っていないから後からか。

 ぐだぐだと思考を脱線させながら、窓の外の風景を眺めて現在位置を推測する。首都に向かっているのに違いない。今からだと到着するのは二時間後くらいだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ