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1 オーガニック・ジュエル (3)

 世界的数学者の孫娘であるところの裏柳(うらやなぎ)丹生(にう)は、食事をしながら口を尖らせた。

「順調に決まっているだろう。僕を誰だと思っているんだ。」

「そういう偉そうな台詞は俺よりランキング上位に入ってから言えよな……」

「ヘンタイのお前と一緒にするな。」

「それを言うなら、君のお祖父さんとかお兄さんとかのほうが偏執的だろう」

 丹生の(Eins(エインス)の成績には反映されない)自由研究が更に変態じみているのには俺は敢えて言及しなかった。彼女は一世紀ほど前の人間の民俗学だか風俗だかを熱心に調べているのだ。海底の核シェルターに閉じ籠って。自室から出ない若者が珍しくない(そして丹生が調べている時代ほどそれが問題視されているわけではない)昨今とはいえ、この年頃の少女としては不健康だと云わざるを得ない。

 まぁ、そういうのに興味が湧くこと自体は『健康的な青少年』だという見解も有るけれど。

「君は、都市部の教育機関に進学したほうがいいんじゃないか?丹生。医療系とかの。」

 医療や福祉の専門家になるためには、Einsの成績だけで業績として認められることも就職することもできない。各種の実習だとか実験だとか、対人コミュニケーションスキルの獲得だとかが必須事項だからである。

 俺の観察では、丹生の興味関心事は医療従事者の専門領域に近いように見えた。まぁ丹生のことだから医師になるつもりは無いんだろうけれど、医学博士ぐらいになっておけば彼女の個人研究も陽の目を見る可能性が有るのに。

「お前こそ、都市生活に嫌気が差して田舎暮らしをしているくせに。」

 丹生が俺の目を見詰めてきた。こういうときの彼女は、本当に言いたいことが発言とは別に存在している。丹生と幼なじみ(というか幼少時に通っていた保育施設が同じ)だった俺は、経験的に学習していた。

「丹生。俺がこの近くに住んでいる理由は、九割がた、君のためなんだよ。」

 直球で言ってみた。

「兄さんに頼まれたんだろう。僕のことを見放してお前に金で譲るような真似をした、あの人に。報酬はばかにならないからな。」

「人聞きが悪すぎるぞ、丹生。青磁(せいじ)さんは仕事が忙しくなって君の面倒を見られなくなったんだ。俺は都市に居ても居なくても構わないから、こっちに来たんだよ。」

 だいたい、兄である青磁さんの代役として俺を指名したのは丹生なのだ。青磁さんとて、単なる幼少期の知り合いに過ぎない俺なんかに大事な妹を任せるのは渋ったことだろう。妹本人の『たっての願い』でさえなければ。

 俺が個人的に志向している学習領域はエネルギー問題に関するもので、技術科目の単位修得はそのうち済ませる必要は有るけれど、今のところ、教育関連の施設に頻繁に通うことは誰からも求められていなかった。

 それに、ことエネルギー問題に関してだったら、都市よりも今の居住地のほうが何かと勉強になることが多い。

 丹生の祖父である裏柳博士の提唱した『裏柳理論』が認められた結果として、日本の国防費はエネルギー問題の解決のための予算に回されることとなった。具体的には、原子力発電所の施設とその周辺地域の整備である。地震大国である日本で原子力発電を行うためには、発電所の設備そのものの強化を行う必要が有る。

 加えて、そもそも原子力発電所の付近に一般人を居住させない、隔離政策が選ばれることになった。

 今となっては信じられないけれど、百年以上前には『クリーンなエネルギーで地域活性を』なんていう考え方が存在していたらしい。原発事故が発生したら直接的に影響を受けることが容易に予測できる地域に女性や未成年が居住していたという過去を、俺は真面目に恐ろしいと思う。何らかの陰謀が作用していたのではないかとすら疑ってしまう。

 自分の生まれ育った土地に愛着の強い人の割合が減り(マスコミ操作が功を奏したのだろうか?)、住まいを別の地域に移動させることに抵抗が少なくなると、原子力発電所の周辺地域は広範囲に渡って関係者以外は立ち入り禁止となった。『関係者』は基本的に成人男性で、就労前に医療機関で凍結精子保存の処置を行うことが義務付けられている(費用は政府が負担してくれる)。大抵の職業に性別による雇用形態の差異は無くなったけれど、原子力発電に関しては身体構造からの必然として殆ど『女人禁制』だった。

 で、現在は原子力発電がエネルギーとしてメジャーなのかというと、そうではない。

 施設の老朽化が致命的なダメージとなる(つまり常に莫大な維持費を必要とする)原子力発電は、施設強化を行うのと同時並行して『将来の運転停止を見越した運用』が行われることとなった。どっちみち、撤廃を決定したからと言ってその翌日に運転停止して廃棄物を処理できるものでは無いのである。物の解らない人間の中には『まだ使用に耐える施設を放棄するなんて勿体無い』などという主張をする者が実在したという話だが、原子力発電所を使用に耐えなくなるまで使い続けるなんて狂気の沙汰であることは言うまでも無い。

 原子力の代替エネルギーとして実用に移されたのが、火山活動によって発生する各種のエネルギーだった。

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