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2 イン・アウア・ネイチャー (12)

 青磁(せいじ)さんは口調だけでなく外見も妹の丹生(にう)によく似ていて、顔立ちは年齢に比して幼く見える。髪型も丹生に少し似ていた。眼鏡を掛けていなかったら、もしかすると見間違えるかもしれない。

 その画面の中の青磁さんの髪の、片方の耳に掛かった部分だけが長く伸びているように見えた。

 なんだろう。目を凝らして見ると動いている。

 それは、大きめのナマコだった。リトルパールの外に貼り付いているようだ。丹生は気付いていないらしい。

 青磁さんの声がスピーカーから流れ続ける。

「あまり僕を失望させないでくれ、群崎(むらさき)くん。君であれば許すと最初に言ってきたのは妹だが、僕も僕なりに君のことを見込みが有る人物だと認識しているんだ。信用しているんだよ。」

 俺に対して説教をする青磁さんの顔の上を、ゆっくりとナマコが移動していく。鼻の下に辿り着いたところで一休みを決め込んだらしい。俺の視点からは、まるで口の上に髭が生えているように見えた。

「丹生……」

「ああ……」

 丹生もナマコに気が付いたらしく、目を細めて画面を見上げている。

「あんなところまで登れるものなんだね」

「水流に流されてきて、あそこに吸着しただけかもしれない。」

「よく有ることなの?」

「ナマコは初めてだが、たまに貝類が表面を這っていることは有る。清掃担当者がすぐに取り除いてしまうが。」

 ナマコを見つめたまま小声で会話をする俺と丹生のことを不審に思ったのか、青磁さんは少し顔をしかめた。

「聞いているのか?」

 口髭(ナマコ)のせいで、中年のおじさんに叱られているみたいな気分になった。

「あ、はい。勿論です。以後このようなことが無いように留意します。って伝えてくれ、にゅー。」

「僕はにゅーじゃない。自分の端末からメッセージで送信したらどうだ?」

「この機械は文字入力には時間が掛かるんだよ。」

 なにしろ端末そのものが小さいから、短文でも入力するのに一分以上は要するのではないか。

 丹生と囁き合っている間に青磁さんは溜め息を吐いて壁面から姿を消した。通信遮断の際の挨拶は無い。まぁ通信開始時も挨拶抜きだったし。

 丹生はコップを手に取って水を飲む。

「もう座っていいだろう。横槍が入ったから早めに纏めるぞ。(あい)、ヒトクローンを生み出すことが各国の法律で禁止されているのは、なぜだと思う?」

「動物実験の段階で、クローン個体の寿命が顕著に短いことが判明したからだって聞いたけど」

「その問題は実は既にクリアしている。あくまで動物実験ではだが。」

「へえ。DNAを操作すれば解決するってこと?」

「ああ。」

「じゃあ、研究や医療現場での考え方が優生学に傾いてしまうのを懸念してのことなんじゃないかな」

「間違いではないが、それでは僕が採点者だったら満点の二割の得点も与えない。」

「厳しいなぁ。三割くらいはくれてもいいんじゃない?」

 そういえば丹生もEins(エインス)の採点者や出題者を目指していたりするのだろうか。聞いたことは無かった。

「ヒトクローンを生み出すことの倫理的問題は、三種類に大別することができる。まず、人間の胚を扱うことに関する問題。次に、妊娠出産を行う母親もしくは代理母の負うリスクの問題。最後に、それによって誕生した人物の人権の問題だ。お前が言った優生学の話は三つ目に分類できる。」

「そう?個人の人権というより社会の問題っていうつもりで言ったんだけど。」

「煩雑になるからな。三つのうちのどれであっても社会に対する影響は有る。」

 まぁ、こういう話は丹生の好きなように話させておいたほうがいいのだろう。

「このうちの一つ目に関して言えば、ヒトの細胞や胚に手を加えること自体は現在の医療では否定されていない。細心の注意は払われるべきではあるが。必要ならDNAを操作する場合も有る。」

「昔はそれも嫌がる人がいたっていう話は聞いたことが有るよ。」

「DNA操作によって先天的な疾病を予め防ぐことができるのなら、妊娠中にアルコール摂取を止めたりカルシウムを摂るよう気を付けたりするのと違う行いだとは、僕は思わない。確かに失敗した場合のリスクは無視できないが、どちらを選ぶのかは両親の思想や信条に基づいて決断がなされるべきだろう。他人がとやかく言うことではない。」

「じゃあ何が問題なんだ?」

「クローンという技術を実用化するためには実験段階が必要になる。動物実験だけでは不足だ。しかし、どれだけ人類の役に立つ研究であろうと、人間の生命を実験材料にすることはできない。不妊治療の領域においては不確実な技術を不確実なままに適用されてきた歴史が有るが、それは、どんな過程を経てきたのであっても人間は親や周囲の人から個人として尊重されて生まれてくるべきだという理念に基づいている。ヒトクローンを実現しようとすることは、その理念に反する側面を有している。誰かと遺伝的に同じ胎児が、もし生まれてこれなかった場合が有ったとすれば、その生命を同じように惜しんでもらえるかどうかは危ぶまれるところだ。」

「あの『七歳児』も、そうだっていうのか?」

「確認されている九人の他に、誕生することができなかった胎児が存在した可能性は否定できない。」

 だとしたら、やっぱり大層な事件なのではないか。

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