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2 イン・アウア・ネイチャー (11)

 抽象化と記号化、つまり概念化を行った上で思考や発言を行うことが言葉の暴力につながるというのなら、丹生(にう)自身の発言も危ういものだと俺は思う。まぁ彼女は目の前の人に対して乱暴な発言をすることは有っても、自分の先入観に基づいて他人に何かを強制したりはしないのだけれど。

「丹生」

「なんだ?(あい)。」

「前から訊きたかったんだけど、君は、どうしてリトルパールから出ようとしないんだ?」

 丹生は俺から視線を逸らし、斜め上を見た。

「外に出ていないわけではないぞ。ダイビング資格の更新のためにインストラクターが訪問してきたときには、その辺りの海を泳いでいる。」

「上陸はしていないんだね」

「必要が無いからな。」

 聞いたところによると、彼女は約二年間もここで海底暮らしを続けているらしい。

「もっと日光を浴びたほうがいいだろう」

 まだ成長期が終わっていないだろうに。リトルパールは核シェルターだから、内側から外が見えてはいても、中に入り込める光の種類は限られているのではないか。

「都市にだって、紫外線を浴びたくないとかいう理由で似たような閉鎖環境から外に出ない者はいるぞ。ここには視覚的な昼夜の区別は有るし、照明は太陽光に似せてある。僕のほうが自然な環境に居ると言える。」

「でも、もっと運動とかしたほうが」

「前に話したはずだ。適度な運動は自主的に行っている。誰かの指示に従って納得のいかない生活を送るより、自分の判断で自分のしたい運動をするほうが優れた効果を得られることは、理解できるだろう?そもそも、身体がどのような状態に有ることを健康で理想的であると考えるのかは、人によって異なるはずだ。お前が期待する状態を他人が身をもって実現させなければ気が済まないとでも言うのか?」

 世間一般に存在する引きこもり生活を続けている知らない誰かのことは、別に俺にとってはどうでもいい。(苅安(かりやす)一味の中にだって、そういう人物は居る。)でも、丹生が自分の才能を発揮できないままに膨大な時間を浪費していることを想像すると、俺は黙ってはいられない。

「質問を変えるよ。二年前、何が有ったんだ?どうして君は、ここに住むことを決意したんだ?」

 百年前の見知らぬ人々に関して見聞を深めて思索を続けなければならなくなるような何が、彼女の過去に起こったというのだろうか。

「それを知ってどうする?僕に対して説得を試みるつもりか?」

「違う。俺に改善が可能なことなら、協力する。」

「お前に解決できるのであれば、とっくに相談している。」

 そのとき、甲高い音が室内に鳴り響いた。アラームか?

 丹生が鳴らしたのか?

 彼女は黙って俺の頭上を見ている。いや、俺の頭の後ろか。目はそちらに向いたままで、口が開く。

「遠隔操作ができるからといって勝手なことをしないでほしいなぁ。」

 迷惑そうな口調である。

 後ろを向くと、リトルパールの出入り口のちょうど真上に当たる位置に、巨大な人影が映し出されていた。

 この壁、あんなところにモニターが付いているのか。知らなかった。

 壁面に四角く切り取られた画面の中に映っているのは、丹生の兄の青磁(せいじ)さんの頭部と肩である。こちらに対して正面を向いている。

 巨大な青磁さんは半ば透き通っていて、背後の海を透過させていた。遠くで魚が泳いでいるのが見える。

群崎(むらさき)くん、今日は少しばかり滞在時間が長すぎるのではないか?帰宅に支障が出ると思われる。」

 スピーカー(場所は不明である)から青磁さんの声が発せられた。

 俺は慌てて椅子から立ち上がって、壁に映った青磁さんを見上げる。まずは謝罪しなければ。

「すみません。私の責任です。すぐに辞去します。」

 目上の人の前で一人称に『私』を用いない人物を、俺は丹生くらいしか知らない。性別や立場に関わらず、公式的な場では自分のことを『私』と称する人が大多数であり、例外は珍しい。プライベートでは様々な一人称が用いられているけれど、公私の区別が面倒な人は一貫して『私』という一人称を使っている(やはり性別に関わらず)。

「そのモニターに話しかけても無駄だぞ。」

 俺の背後から丹生が言った。

「え?」

 思わず振り向く。彼女はテーブルの上で文字入力をしているようだった。

「言っただろう。リトルパールの音声は外には伝達されない。音を拾う機械が無いからな。ああ、お前の持っている端末を使えば通じるか。」

 俺は自分の端末を取り出して、青磁さん宛てにコールした。が、応答してくれない。無情な。無体な。

「謝ってるって伝えてくれ、にゅー。」

「もう伝えた。そして僕の名前はにゅーじゃない。落ち着け。」

 落ち着けと言われても。まだ着座するわけにはいかないだろう。なんとなくだけど。

 どこか近くに有るはずのスピーカーから青磁さんの声が響く。

「僕の見たところ、君は本日分の業務は既に終えているのではないだろうか、群崎くん?」

 俺の仕事はリトルパールに指定された荷物を運んでくることだ。丹生とのお喋りは、あくまで彼女の気まぐれや酔狂で行われているということになっている。今までは黙認してくれていたはずなのだが。お咎めが有るということは、丹生の発言を青磁さんが温度変化情報から推測した結果、会話の内容が彼のコードに引っ掛かったということか。

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