2 イン・アウア・ネイチャー (6)
食事の支度が整い、テーブルにはローストビーフの他にクレソンとタマネギと蒸したジャガイモが並べられた。スープとパンも運ばれてくる。
「パンなんて嵩の高いものが入っていたのか」
俺が呟くと、丹生が心外そうな顔をする。
「違うぞ。パンは僕が焼いたんだ。」
「そんなスキルが有ったのか?」
今までにもリトルパールでパンを口にする機会は有ったけれど、丹生が焼いていたとは知らなかった。暇人め。
「分量さえ間違えなければ、手作業が必要な工程は少ないんだ。」
「それにしたって小麦粉を運ぶのだって重いだろうに」
「まあな。しかし運んできたのは兄さんだ。」
丹生は既にテーブルの前で手を合わせる仕草をして食事を始めている。
俺が運んでいる荷物の箱の中には、生鮮食料品や嗜好品と、丹生が趣味で取り寄せた物品が入っているらしい。主食や保存食は青磁さんが雇い人を伴って搬入してくるという。だから俺がリトルパールに来れなくても丹生は基本的な生活を保持できる(飲み水は海水から作られているそうだ)。俺は云わば贅沢品専用の運び人というわけである。
俺自身も荷物の付属品としての娯楽というか余興に過ぎない存在なのではないかと時折ふと思うことが有る。そうであっても別に構わないのだけれど。
丹生だって時には地上で食べられるようなケーキやアイスクリームなんかを欲したりはしないのだろうかと尋ねてみたところ、俺が運んだ荷物の中に生卵や生クリームが入っているときに自分で適当に作って食しているそうだ。
今まで思いつかなかったけれど、俺が個人的に(荷物とは別に)丹生の好きそうな食べ物か何かを手土産として持って来たら、彼女は喜んでくれるだろうか。それとも青磁さんに確認してからのほうがいいのだろうか。わざわざ許可を取ってまで渡したいものなんて無いから、面倒なことは避けておくべきだろうか。
「何を呆けているんだ。早く食べろ。」
丹生はスライスしたパンにローストビーフとタマネギを載せて口に運んでいる。俺も習うことにした。
「いただきます。」
「どうせ一人では食べきれないんだから、好きなだけ食べていいぞ。ああ、スープだけは先に飲んでおけ。冷めると勿体無い。」
「こんなに沢山、スライスするのが大変だっただろう」
それにしては短時間だったけど。
「刃物の質が良いから造作無い。」
スキルが高いというより材料と道具が高級なのか。俺もここのキッチンでなら普段より上等な料理が作れるのかもしれない。
俺がスープを飲み終えると、頃合いを見計らったように丹生が口を開いた。
「ところで賭けの話なんだが。」
「あー……君の勝ちってことだろう?いいよ。何でも言うことを聞く。といっても俺にできることの範囲内で頼むよ。」
「やけにあっさりと従うんだな。僕の言っていた内容が厳密に正しいと判断できるかどうか理屈を詰めなければならないとか言い出さないのか?」
「別にいいよ。食べながらしたい話じゃなさそうだし。」
「ふうん。まあいい。」
丹生はジャガイモを咀嚼して呑み込み、クレソンを自分の皿に取り分け始めた。
「藍。誰かに僕の仮説を口外しただろう。」
俺はフォークを持った手を止めた。返事はできない。
「相手は例の友人とやらか。最初からそのつもりだったんだろうから止むを得ないが。」
「なんで、そう考えたんだ?」
「あまりにもタイミングが良すぎる。ここでお前と話した内容に基づいて、誰かが調査ないし捜査を行ったと考えるのが自然だ。」
口の中の食べ物を飲み下すと、喉がつかえるような感じがした。
「俺が苅安に丹生のことを喋って、苅安が何らかの調査をしたって言いたいのか?」
「僕のことじゃない。『七歳児』の件に関してだ。」
丹生の当て推量を俺が苅安に話したのは、やはり約束を違えたことになるのだろうか。
胃の腑が重い。
さっきまでは美味しかった料理が、全く魅力的でなくなっている。
返事をしなければ。
「ここでの会話を青磁さんか誰かが聞いていたという可能性は?」
「リトルパール内の音声は外部には漏れない。録音もされていない。」
咄嗟にシミュレートを行う。言い逃れをすることは可能だろうと見当が付いた。が、言い逃れをしても後味が悪そうだ。
「……ごめん。Einsのデータに関しては何も口外していないよ。君のことも。ただ、『七歳児』の正体が十人くらいのクローンなんじゃないかっていう話だけはした。本当にそんなことが起こっているとは思わなかったんだ。謝るよ。」
「謝罪は受け取った。気にするな。鎌を掛けただけだ。」
丹生はフォークでローストビーフを口に運ぶ。
俺は脱力した。
「人が悪すぎるだろう。何がしたいんだ。」
「賭けに勝った僕からの要求を、もう一つ増やしてほしい。」
「いいよ別に。」
どうせ、俺にしてほしいことを二つ思い付いたけれどどちらを選ぶか迷っているといったところなのだろう。こうなったら毒を食らわば皿までという気分だ。俺もローストビーフを口に詰め込んで頬張った。
「真相を明かそう。録音はされていないが、ここの一階部分の温度変化は常にモニタリングされているんだ。」
「それは知ってる。」
最初に説明を受けていた。リトルパール下部の装置に異常が無いかどうかを監視するための温度感知機能が、一階部分にも及んでいるのだという。(二階にはモニタリングすべき機械は少ないし、丹生のプライバシーが優先されている。)多分だが俺も半ば備品扱いで、不審な動きが有れば警報が鳴るのだろうと推測される。
「そして兄さんは、僕が口で話す内容くらいなら、サーモモニター越しに読唇することができる。」
「読温術……」
あのお兄さん、やっぱり丹生に負けず劣らず偏執的なんだな。血筋なのだろうか。