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2 イン・アウア・ネイチャー (5)

 翌日(リトルパールで丹生(にう)からパエリアをご馳走になってから四日目)。

 俺は配達されてきた荷物を受け取って、四日前に引き取ってきたリトルパールからの廃棄物を引き替えるように渡した(腐敗するような生ゴミは入っていないはずである)。

 荷物も廃棄物の類も俺には開封厳禁と言い渡されている。もし勝手に開けたら二度と丹生には会わせてもらえなくなるだろう。

 電動二輪車の後部に浮きの付いた荷物を結び付けて海岸に向かい、木陰に停車して海まで歩く。このバイクは暗証番号でロックしてあるし動力システムにGPS機能が組み込まれているので盗難の心配は無い。ロックを解除してGPSだけを器用に無効化できる人間が存在したとして、窃盗の罪に問われるような危険を冒す道理が無い。

 支度をして防水端末から丹生に連絡して準備運動をして海に潜り、入口のロックを開けてもらってリトルパールに入る。

 いつも思うが、棲家に入るためだけに必要とされる手順が無駄に多い。

 中で待っていた丹生は、不機嫌そうに仁王立ちをしていた。

「僕が見た限り、十四件中の八件までが『クローンを作成』という表現を用いていたぞ。一体どういう神経をしているんだろう。ジャーナリストなのに最低限の術語も知らないというのか?倫理学習過程を初歩から復習するべきだ。」

 やっぱりその話か。賭けに勝ったのに全く嬉しくなさそうだ。

「そもそも『発生してはならない違法行為』だから、発生した場合の対応に関しては徹底できなかったんじゃないか?」

「それにしても想像力が不足している。」

 丹生はぶつくさと喋りながら荷物の中身を検めた。

 表情が変化する。肉塊を取り出して片手で顔の横まで持ち上げた。

「よし、ローストビーフを作るぞ。そこに座って待っていろ。」

 よし、じゃない。そんなもの(生肉)を夏場に運ばせていたのか。確かに運んできた自動車は保冷車だったけど。今も保冷バッグに入ってたけど。

「状態が悪ければ焼くか煮込みにするつもりだったんだが、思いのほか良好だ。なんだ、不満そうだな、(あい)。ステーキのほうがよかったか?」

「ローストビーフで。」

 ステーキなら家の近くのレストランでも食べられるけれど、俺が美味しいローストビーフを食べられる場所なんて、この付近にはリトルパールしか無い。

 丹生の手に渡った食材はこうしてアトランダムに俺の口に入ることになるから、例えば俺が食材に毒を盛るなんていう行為はリスキーすぎる。いや、盛らないけど毒。

 彼女は冷蔵庫の冷凍室から氷を取り出している。

「相変わらず贅沢だなぁ。働いてもいないのに。」

 俺はぼんやりと海を見上げた。こんな場所で氷まで作れるのか。

「何を言う。僕がこうして無駄遣いをしているから職を得られるという者だっているんだぞ。お前のように。」

「頼んだのは俺じゃなくてにゅーだろう……」

「僕の名前はにゅーじゃなくて丹生だ。財産を所有している人間は、有用だと判定した技術や産業に対して積極的に投資を行うのも義務のうちなんだ。贅沢も悪いものじゃない。」

「帝王学か何かかよ」

 俺とは経済感覚からして違う。考え方には賛成するが。

「富裕層が財産の使い方を誤らないように勉学を怠らないことも、祖父の目指す理想には欠かせない条件だからな。うちでは非常時だからといって政府その他の組織によって個人資産の用途が限定されるような状況を避けるための、悪知恵さえ学ばされるぞ。」

 それって税金対策とかなのだろうか。深入りしたくない話題である。

 丹生は牛塊肉に鉄串を刺して、フライパンで焼き始めた。リトルパールでは火を使うことはできないから、肉を焼きたかったら熱したフライパンかオーブンを使うことになる。結局、ステーキとあまり変わらないのではないか。

 テーブルに就いて髪を乾かしながら、肉を焼く丹生の後ろ姿を眺めた。

「何か手伝おうか?」

 手持ち無沙汰な気がしたので声を掛ける。

「こんな肝心なときに喋るな。座っていろと言っただろう。」

 叱られた。喋るなって、丹生だって今さっきまで喋っていたじゃないか。

 口をつぐんで見ていると、丹生は焼いた肉を持ち上げて氷水に漬ける。

「何を黙って見ているんだ。手伝う気が有るなら早く来い。」

「座ってろって言ってたのに」

 俺は要領が判らないまま立ち上がった。

「その串を持って肉を持ち上げて、俎板の上に載せてくれないか?」

 言われた通りにする。

「それでいい。戻って座っていていいぞ。」

 丹生は包丁を手にしている。

「これだけでいいのか?」

「思ったより肉が重くて手が痛くなっていたんだ。助かった。」

「言ってくれれば焼くのも手伝ったのに。」

「これは火加減や取り出すタイミングが難しいんだ。焼きすぎたら台無しになる。お前にはまだ早い。」

 彼女の発言は時として意味不明だけれど、質問してみれば必ず筋が通っている。俺はそのことを知っているから怒らずに尋ねることにしているが、知らない人とは必ずと云っていいほど言い争いになる。丹生の口調が少し乱暴なのも一因だろう。兄の青磁(せいじ)さんからは、言葉遣いを改めるようにと注意されているらしかった。俺の観察では丹生の喋り方は青磁さんにそっくりなのだけど。

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