2 イン・アウア・ネイチャー (4)
苅安一味に加わって行っていた活動が俺の目的の直接的な妨げになるかというと、実はそうでもない。
第一に、ユーザーの個人的な事情をEinsは良くも悪くも殆ど全く顧みない。ログインしているのが別人であっても複数名であっても構わないくらいなのである。本人が別のアカウントで何をしていようと、Eins以外の活動として何を行っていようと、『教育に携わる機会は平等である』というスタンスが崩されることは無い。極端な話、犯罪行為で刑罰を受けた過去が有ったとしてもネットワーク内では無関係なのである。
仮に『雲上人』の中に犯罪者が含まれていたとしても、その人物のEinsでの活動は純粋に学問として正当か否かという基準で評価される。発言に極端な思想的偏りが見られた場合には思想的偏りそのものを指摘されるかもしれないが、個人情報に対して中傷を受けることは無い。それが彼らのルールでありモラルである。
第二に、苅安たちの活動はEinsからは敵対行為とも迷惑行為とも見なされていないからである。回線に過度の負荷を掛けたとかシステムを乗っ取って得点を改竄したというのなら警告や処分の対象となるが、アカウント削除などの処分を受けてしまったのでは元も子も無い。苅安たちも利用規約に反する行為は避けて通っている。一度だけ、仲間の作ったAIが暴走して(プログラムに初歩的なミスが有ったのだ)、『ネットワークに負担を掛ける恐れが有る』と警告を受けたことが有ったけれど。
脱線になるが仮定の話として、Eins運営側が気付かないほど巧妙なハッキングによって得点改竄が行われた場合には、気付かれないのだから処分も行われないということになる。しかし、それほどまでに能力の高い人物であれば、得点改竄を行わずとも利用規約に違反しない方法で高得点を出すことは可能だろうし、わざわざEinsの成績で第三者から評価される必要も無い。そのスキルを有している時点で既に企業や公的組織から助力を仰がれるのではないだろうか。もしかするとシステム干渉のエレガントさを買われてEinsにスカウトされるかもしれない。『ログインアカウントでない他人の得点』および設問や採点に対する不正は迷惑行為だし利用規約違反だが。
実は俺は、苅安の仲間が警告を受けた時に居合わせていたことが発覚していて、丹生の幼少時の知り合いであるという縁が回り回って現状に至っているらしい。どこをどう伝達されたのかは不明だが。
総合的に鑑みてリトルパールに通うことが決定した時点で(そして今も通い続けている以上)、俺は裏柳家の婿候補ということなのだろう。暗黙裡の。
おそらく俺の正式なEins成績データを分析評価して青磁さん辺りが有望な人材だと判断したのだろう。勉強の成績で人を判断していいのか。まぁ人品骨柄の査定は丹生に会うまでの間に青磁さん本人から直々に嫌というほど面談を繰り返されてクリアしたみたいだけど。
色々どうなんだろう一体。本気で。別に俺の家は名家でも地主でもないんだが。金持ちの考えることというのは理解できない。いや、裏柳家は金持ち一般と比較しても奇矯な性質の持ち主ばかりなのかもしれない。なにしろ一族きっての有名人が、かの裏柳博士なのだ。
ともかく、俺は丹生との関係が一線を越えたりしたら自動的に婿候補から婚約者に身分が繰り上げられるという非常に危ない橋を渡っている最中で、まず迂闊なことはできないのである。幾ら何でも、それで将来が決まってしまうのは納得できない。まだ未成年なのに。裏柳家の一員になってしまったら、自分の希望通りの人生を歩めるかどうか疑わしい。非常な不自由を強いられることになるのではないだろうか。関連会社に就職することはできるかもしれないが、そんなふうになし崩し的な生涯を送ることになってもいいのか。俺にだって俺なりの矜持みたいなものが有るのに。
まぁリトルパールに荷物を運んで雑談をしているという程度の今の関係ならば、俺だって幾らでも逃げ道を探すことは可能だ。丹生は強い女性だから、俺がどんな選択をしようと自分の誠意と正義を貫くはずである。つまり現段階では丹生の親族その他から何と言われようと、将来の約束を強要される道理は無い。
ややスリリングながらも生温く居心地のいいポジションであると云える。長くは続かない状態だろうけれど。
俺は端末でニュースをチェックすることにした。苅安からの情報は報道されているのだろうか。