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2 イン・アウア・ネイチャー (2)

 青磁(せいじ)さんからの依頼でリトルパールに通い始める前(まだ首都に住んでいた頃)、俺は苅安(かりやす)一味のメンバーとして、よからぬ活動に身を投じていた。

 あの組織の全貌を知っているわけではなく、直接的に連絡を取っていたのは苅安を始めとする数人だけなのだけれど。だから、向こうからしてみればメンバーというより単なる協力者という位置付けなのかもしれない。

 彼らに丹生(にう)の存在を知られるわけにはいかなかった。

 なぜなら、苅安一味の主な活動はEins(エインス)への敵対行動に近いものだからである。(Einsの運営側は敵だとは認識していないだろうけど。)

 簡単に云えば、彼らは仲間同士で協力して『可能な限り多数のアカウントで、どこまでEinsの成績を上げられるのか』という挑戦を行っている。正当な手段のみならず、裏技やバグ利用も駆使して。それこそAIだって実践投入している。

 その延長として、依頼されたアカウントの成績を期限内に一定レベルまで上げるという委託事業に手を出し、僅かながら収益も上げている。営業担当者とか経理担当者まで存在するという話だ。お遊びの小遣い稼ぎだろうけど(俺の手に渡るのは少額だった)。

 体制が存在すれば、それに(たて)突くのが古今東西の若者の性質であり特権である。確立された強固な体制であれば尚更のことだ。その『体制』が教育の機会均等を意図したネットワークシステムであったとしても。

 実に平和だ。

 丹生や青磁さんは、その辺りのことを把握していて俺に苅安一味から足を洗うように取り計らった。元々俺は苅安たちの活動に限界を感じていたから未練は無い。

『説明しただろう。既に俺が協力できる段階は終わっているって』

 ゲーム画面内で白い三日月が四散する。何の技なのだろうか。

 三日月を喉に食い込ませたイエロードラゴンが黒い息を吐いた。毒の霧っぽい。何故。

『いや。お前が居るのと居ないのとでは勝手が違う』

『俺がそっちでEinsにログインする時間と、俺自身の成績を伸ばすのに使う時間とでは、俺にとってどっちが重要なのかは理解できるだろう?』

 斬撃。

 返事を待たずに送信を続ける。

『自明の理として、俺や君が個人で出せるよりも高い得点を協力プレイで出すことはできない。そっちの得点の伸び率を現状より上げるためには、誰かが私生活を犠牲にするという選択が必要になる』

 そんなの誰も望んでいないだろう?とは書かずに送信。白刃が繰り出される。

 更に説明を続ける。

『高得点の設問に正答するには、短時間で知識を総動員して理屈を纏め上げなければならない。つまりレベルが上がれば成績は個人のパフォーマンスに依存する。その現実と、複数アカウントで成績上位に入るという目的とは両立しえない』

 苅安なら理解できるだろう。

 あの面白い友人たちと喋ったり無茶なことをして遊ぶ機会が減るのは残念だったけれど。

 決して友情より愛を選んだというわけではない。丹生はあの通りの冷淡な女の子だし。

 返信の炎が上がった。

『その限界を打破する糸口が見つかるんじゃないのか?お前の知り合いの名探偵がいれば』

 名探偵はどっちだよ。相変わらず勘が鋭いな。

 確かに、もし丹生が苅安に協力すれば低迷状態の突破口は見つかるだろう。有り得ないけれど。

 俺が二人の間を取り持つなんて実現不可能だが、例えば指紋認証システムの不備なんかは苅安にとって有益な情報だろう。話さないけど。

 しかし困った。まさか丹生の推理(?)が的中するとは思っていなかったから、うっかり口を滑らせてしまった。いや、ここは一つ悪足掻きをしてみるとしよう。

『そのネットで噂されてるクローンの子供がエインスユーザーとは限らないだろう』

 苅安の得た情報だけでは、その二つを結び付けるのは難しいはずだ。ただタイミングが重なったというだけで。

『言われてみれば』

 その一言を狼煙のように吐き出してドラゴンは倒れ(俺からの攻撃を相殺しきれなかったのだろう)、挨拶も無しに苅安はログアウトした。

 端末に着信。『続報は次の機会に』というメッセージ。

 彼とてEinsの裏道を探すという遊びに興じているばかりの身ではないのだ。本来は原子力発電に貢献するのが目標のエリート志向である。それこそ、俺との無駄話で勉強時間を減らしてもいられないのに違いなかった。

 原子力発電所に勤務して最先端の技術に携わり、危険な環境で命を懸けて、他の多くの人たちの平和で安全な生活に貢献する。

 まるで美辞麗句だが、希望通りのコースに進むことができれば現実のものとなるのである。男性に生まれたからには志すのが道理だ、とは苅安の発言だった。息抜きの副業とのギャップが甚だしい。でも、例えば戦場での緊迫感に生き甲斐を見出すような者よりは建設的だと思う。

 俺は、そんな競争率の高い分野に進む理由は見いだせないし、火山発電だって充分に危険だと考えている。スリルを楽しむという性格ではないけれど。

 まぁ、原発という『いつ自然災害で壊れるか判らない人工的な火山』みたいなのを増設する方針は政府にも無いらしいから、希望者が望み通りの職に就ければそのほうがいいのではないだろうか。

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