2 イン・アウア・ネイチャー (0)
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僕は泣いていたのに、兄さんは笑っていた。
「泣かなくてもいいんだよ、にゅー。」
「ぼくは、にゅーじゃない。」
喉の奥から、しゃっくりが出た。泣いているときに、しゃっくりがでるのはどうしてだろう。止めようとしているのに、止まらない。
自分の名前を言おうとして、自分の本当の名前が自分でも言えなくて、それで我慢できずに泣いてしまった。
そんな僕の頭を、兄さんは笑顔で撫でてくれた。
「本当は、にゅーでも間違いじゃないんだよ。」
「うそ、つき。……にいさんは、うそつきだ。」
「嘘じゃないよ。」
兄さんは困ったように笑った。
お母さんもお父さんも、お祖父さまも、ちゃんと正しい名前で呼んでくれる。
それが本当の名前だと知っているのに。自分の本当の名前なのに。
兄さんは、僕の前で膝を抱えて座ったままでいる。
「『はひふへほ』の『は』は、ハって読むときもワって読むときも有るし、『はひふへほ』の『へ』はヘって読むときもエって読むときも有るよね。」
僕は少し考えて、こくんと首を縦に振った。平仮名の読み方は憶えている。
「それと同じように、にゅーの名前も、にゅーって読んでも、えっと、にーうー、って読んでもいいんだって。昔からそうみたいだよ。」
兄さんも、僕のことを丹生と呼ぶのは難しいみたいだった。
「うそじゃないの?」
「お祖父さまに聞いたから、たぶん嘘じゃないよ。」
「おじいさまは、うそつきだよ。」
「あはは、そうだね。」
声を出して兄さんが笑う。
「でも、本当なのか嘘なのか、気になるんだったら他の人にも聞いてみればいいよ、にゅー。」
僕は兄さんの顔をずっと見つめていた。
いつの間にか、涙は止まっていた。
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