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1 オーガニック・ジュエル (12)

 そう、これが丹生(にう)の悪癖である。

 かつてインターネットと呼ばれていた時代の通信ネットワーク(二十二世紀現在では使用されていない)におけるコミュニケーションの記録をアーカイブから探し出してきたり、骨董品のような古い端末のメモリーを高額で入手して、それらの内容に関して個人的判断基準であれこれと分析を行うのである。過去の技術的発展の歴史を調べている者とかであれば別に後ろ暗いことも無いのだろうけど、丹生の場合、その発言内容に主観的な感想を述べるのが目的である。彼女はフォークロア研究だと言い張っているが、俺には悪趣味だとしか思えない。民俗学研究は悪趣味と紙一重だと云われてきた過去も有るらしいけれど。

 なんとか咳が収まってきた俺は、テーブルを拭きながら丹生をたしなめた。

「そういうネットワーク上での発言は、必ずしも実際のところを直接的に反映しているわけじゃないだろう。親密な身体接触をプライベートなものとして尊重できる人たちの中には、君の言うような突飛な発想の持ち主はあまり含まれていなかったんじゃないか?」

 云い方を変えれば、辺り(はばか)らず性的な発言をする人の中に、気の短い人物が何パーセントか存在していたという話なのではないか。

「突飛な発想として扱われていなかった点が問題だと僕は思う。」

「それにしたって、現在では解決されている問題だろう。なにも百年前の性文化をわざわざ発掘してこなくても……。君だって、倫理学習プログラムは単位取得済みだろう?」

「最終過程まで先取りしている。あとは年齢制限さえクリアすれば資料閲覧に殆ど制限は無い。」

「それは威張るところなのか?」

 丹生が興味を示しているような領域の資料には閲覧制限が設けられているときが有って、その閲覧資格を得るためには『年齢制限を満たしている』もしくは『倫理学習の所定の単位を修める』ことが必要とされる(内容によっては両方の条件を満たすことが求められる)。倫理学習プログラムはEins(エインス)内にも有るし、単位修得のレベルに合わせてライセンスも発行してもらえる。

「だったら知っているだろう、丹生。初歩過程の設問だ。性的な領域には個人差が大きいし、個人内においても体調や気分によって変動が有る。性癖や性的傾向に関して他の人間が勝手な評価を口にすることは慎むべきだ。よほど親密な間柄でもない限り。それは百年前の人たちに対してであっても同じだと思うよ、俺は。」

「百年前の人間なんて、生きていても百歳を超えている。」

 言われて思い当った。その時代の人々といえば、ちょうど丹生の祖父の更に親の世代に相当する。もしかして彼女は、偉大なる祖父がどんな価値観の中で育ったのかを知ろうとしているのだろうか。

 口をつぐんだ俺を無視して、丹生は好き勝手な話を続ける。

「説明としては、近代以降の人間が性的な行為を『本能的な行為』や『子供を作ることを目的とした行為』として位置付けてきた歴史が有ることが挙げられる。勿論、子孫を残すための本能的な機能に基づくものではあるのだが、それだけではないという点が無視されがちだったようだ。どうやら自分たちが特定方向の『性文化』に影響されていることに無自覚だったらしい。例えば宗教のような。」

「宗教?」

「厳格なキリスト教の信仰者は、挿入と射精を伴わない性行為を禁止されていたらしい。西洋医学の普及のためか映像作品の影響なのか、その文化圏での『常識』が日本人にも作用していたのではないかと考えられる。大昔の、その宗教教義が成立した時点の歴史的背景においては合理的な意味が有ったのだろう。しかし後世の、信者でもない人間がその教義を遵守する必要は無い。高等教育の多くの領域が長らく西洋的価値観に支配されてきたという事情にも関連しているのだろう。人間の精神を理性と本能に分けて本能を罪とする価値観は、モデルとしてあまりにも単純すぎる。理性的行動との連続性を保持した、コミュニケーションとしての性的な行為は考慮されていたのだろうか?」

「その点は個人差も大きいし、個人内においてもそのときどきで場合によるって……」

 俺は先程の指摘を小声で繰り返したが、丹生は耳に入れる気は無いようだった。

「性行為が単純に『本能的衝動に身を委ねることが許されるフェイズである』と認識されていた過去においては往々にして、同時に『暴力的行動が発現する』というパターンが多数、確認できる。性的衝動と暴力的衝動は同一のものではないのだが、『本能』や『欲望』という括りで捉えてしまったときには区別が難しくなる。しかし長らく、『性行為には必ず暴力が伴うものだと思い込んでいる人間』と『性行為に暴力が伴うのを当然とするなんて有り得ないと思う人間』との相互不理解が続いていた。両者の世界観は著しく食い違っているから、なかなか話し合いが成立しない。」

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