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1 オーガニック・ジュエル (1)

 ちゃぷちゃぷと波を立てる海面に向かって、俺は一纏(ひとまと)めにした荷物を放り投げた。

 続けて自分自身も海に飛び込む。

 浮きを付けた荷物に結んだロープの端を持ったまま、海底へと降りていく。酸素ボンベを装備しているから、息が続かなくなる心配は無い。

 それに、目指す海底はさほど深くはないのだった。

 眼下に鎮座する、二階建て家屋ほどの大きさの白い球体。その下部に向かって泳いでいく。

 球体は真珠のような光沢をした表面に、海へと差し込む陽光をちらちらと反射させている。時折、魚影(ぎょえい)なんかも映り込んだりする。夜には球体自らが発光して辺りの岩礁を照らすことも有る。本当に。

 何も知らない人が見たとしたら、この巨大真珠の内部がどうなっているのかを想像で言い当てることは、まず無理だろう。俺だって、初めて中に入った時は自分の目を疑ったものだ。

 実はこの球体、核シェルターなのである。いや本当に。

 俺はシェルターの基部付近に有る出入り口に接近し、インターフォンを押した。五秒待ってドアの取っ手に手を掛ける。取っ手というか、古い自動車の丸いハンドルみたいな回転式の大きな把手(はしゅ)なんだけど。底面部分の各種装置を除けば球体から突出しているのはこのハンドルだけだ(インターフォンは壁面に(ほとん)ど同化している)。その点に関しては製作者も思うところが有ったのか単なる武骨なデザインのものではなく、滑り止めも兼ねた細かい彫刻の施された金色の金属で出来ていた。

 シェルターのドアは二重構造になっている。俺は一つ目のドアから中に入って(荷物も手繰り寄せて中に入れて)、しっかり内側からハンドルを閉め直し、ドア内部の海水が減るのを待った。ぼんやりとした白い光に包まれながら。

 水面が敷居よりも充分に低くなったところで二つ目のドアを開ける。

「遅かったじゃないか」

 歓迎していなくもなさそうな彼女の言葉に迎えられた。

 俺はドアの前に敷かれた玄関マット(というか実質的にはバスマット状態)の上で酸素ボンベを取り外しながら言った。

「いつものことだよ。配達が遅れたんだ。別に、遅くても早くても君にとっては大差無いだろう」

「まったく、田舎の人間は暢気(のんき)だな」

 彼女は俺が床に置いた荷物を開けて、食料品類を取り出し始める。

「君だって田舎に住んでるだろ、にゅー。」

「にゅーじゃない。丹生(にう)だ。」

 丹生は取り出したばかりの束になったアスパラガスを俺に突き付けて言い放つ。

「僕のことをにゅーと呼んでいいのは兄さんだけなんだからな。」

 僕娘(ぼくこ)さん(一人称に『僕』を用いる若い女性)の丹生は、おかっぱ頭の髪を揺らして憤然と奥のキッチンへと戻って行った。腕には袋に入った生鮮食料品各種を抱えている。

 俺はウェットスーツを脱いでTシャツとハーフパンツという出で立ちになったところで改めて室内を眺め渡した。

 外壁の球体がそのまま内壁のカーブを形成している。今日は内側から外の様子を見られるように壁面を設定しているらしく、海底の様子がパノラマで全面に広がっていた。外から内側を見ることはできなかったから、マジックミラーのような状態になっているわけだ。この壁面は切り替えれば内側も外壁同様に真っ白にすることもできる(俺は見たことが無いけれどおそらくは他の色にも変更できる)し、外側から中が見えるようにもできないわけではない。設定次第では例えば部分的に透過させて半分だけを白くしたり、窓みたいなのを作ったりすることも可能だ。

 床面は球体の直径の下から五分の一ぐらいのところに有って、その下には各種の環境維持装置が設置されている。(外から見ると球体の下部には台座のようなものが付いていて、そこにも何やかやと装置が仕舞われているようだ。)当然、円形をした床の直径は球の直径よりも小さくなっていて、壁面は足元から上方に向かってカーブを描きつつ広がっていく。

 大雑把に区分すると、俺が立っている玄関(というか単なる出入り口なのだけれど)から見て手前半分がリビングルーム、奥半分がキッチンと呼べるだろう。その他に壁際にトイレとバスルームが付属している。

 そして、キッチン側の半分には真上にロフト状の二階が存在する。

 二階。ああ二階。

 俺は数えきれないくらい何度もこのシェルターを訪れているが、しかし未だに二階に足を踏み入れたことは無い。球形の壁に沿って(しつら)えられた二階へと続く階段のステップに足を置いた経験すら無い。ロフトになっているから階上の様子が僅かに垣間見えてしまっているのがまた小憎らしい。丹生がシェルター内を外部から可視化した場面に遭遇したことは無いから、外側から覗き見たことだって無い。

 はたして彼女のプライベートゾーンを俺が目にできる日は来るのだろうか。

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