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ハロウィン

作者: 姫崎しう

 小さな町にある桜並木。十月も終わりに近い今となっては少しさびしいこの場所に、とても雰囲気の良い喫茶店があります。


 私はその場所が大好きで事あるごとにそのお店に行きます。


 雰囲気はもちろんのこと、そこの店長さんもとてもいい人です。初めに見たときは男の人か女の人かわからなかったのですが――どうやら、男の人らしいです――、私がランドセルを背負っていくからかよく相手をしてくれます。


 その時にいつもホットミルクをサービスしてくれるのですが――流石にただで飲んで帰るのは気が引けるので、いつも何か一品は注文します――そのホットミルクがまた私を虜にします。ただ、ミルクを温めたわけでなく、少しだけはちみつが入っているらしいのですが、その甘すぎず薄すぎずの味は自分ではどうやってもまねできませんでした。


 前に一度だけどうやって作るのか聞いてみたのですが、教えてはくれず代わりに「魔法使いが教えてくれたんだよ」と答えてくれました。


 この時ばかりは流石に人を子ども扱いしすぎだと怒りましたが、その時頼んでいたケーキもサービスしてくれると言われたので許した記憶があります。


 それから、店長さんの奥さんもこの喫茶店の魅力じゃないかなという気がします。普段は別のところで働いているらしいのですが休日なんかにはよくこの喫茶店でお手伝いをしています。その奥さんがとても優しい人で 、彼女も私がいるとよく相手をしてくれます。その時には他のお客さんがからかい気味に文句を言うのですが、私が「楽しいことは楽しい、悲しいことは悲しいと言ってくれるから、一緒にいて楽しい」らしく私の相手をしてくれるのだそうです。


 その奥さんの言葉はよくわかりませんが、ともかくこの喫茶店は私の大好きな場所なのです。






 その日私がその喫茶店に行ったのはとても落ち込んでいたから。一昨日喧嘩した仲の良かった友達が今日一言も口をきいてくれなくてそれがなんだかとても悲しかったのです。


 いつものようにカウンター席に座ると、これまたいつものように店長さんがホットミルクを入れてくれます 。ただ、いつもと違うのは平日なのに店長さんの奥さんがいたこと。


「何かあったの?」


 奥さんは私の隣の椅子に座るとそう尋ねてきました。その眉尻が少し下がっているのは間違いなく私が落ち込んでいるからなのでしょう。


 私が友達と喧嘩したことを話すと、奥さんは「そっか」と言って私の目をじっと見つめてきました。


「そのお友達に今日話しかけようとはしたの?」


「しようとはしたんですけど……」


 結局は勇気が出なかったのでしてはいません。「結局」以降は口には出さずに私はうつむいてしまったのですが、奥さんは私が言わなかった部分もわかっているかのように私 の頭をなでながら「そうよね。難しいよね」と優しい声で言ってくれます。


「でも、仲直りしたいんでしょう?」


 そう訊かれて私は顔をあげて頷きます。その直後、奥さんが店長さんのほうを向きました。



「あの事教えていいと思う?」


 奥さんが首をかしげて尋ねると、店長さんは少し迷ったような顔をして口を開きます。


「理由を考えると少し心苦しい気もしますけど、あの人なら事情も分かってくれると思いますし、何より一人でいるよりもましかもしれませんからね」


 「いいんじゃないですか?」と店長さんが返しますが、私には二人の会話の意味が少しも理解できませんでした 。


 私は理解できていませんが、奥さんはクスッと笑うと私のほうを向いて教えてくれます。


「もしも明日も仲直りできなかったら、高校からこのお店に行くのとは反対の道にある空き地に行ってみて」


「どうしてですか?」


 私が尋ねると、奥さんはすらすらと答えてくれます。


「これは噂なんだけどね。何年か前から毎年十月三十一日にその場所にある人がいて、その人に『トリック・オア・トリート』って言うと幸せになれるお菓子を貰えるらしいの」


 それを聞いて、そう言えば明日はハロウィンだったな、なんて思い出しました。藁にもすがる思いだった私は明日行ってみようと思 いましたが、ふと気になったのでそれを訪ねてみることにしました。


「そのある人っていうのは誰なんですか?」


 そう尋ねると、二人顔を見合わせて妙な笑みを作ると同時に「魔法使いかな」と言いました。


 それから、帰りがけに「できたら、少しでいいからその人と一緒にいてあげてくれないかしら」と奥さんにお願いされてしまいました。










 次の日、結局仲直りできなかった私は昨日よりも重い足取りで、高校の近くまでやってきました。小学校から高校まではそこまで遠くないので割とすぐ来ることができます。


 高校はまだ授業をやっているらしく、勉強をして いる人の姿が窓から見えますが、小学生である私はすでに終わっています。


 その高校の校舎に背を向けて右の道を行くといつもの喫茶店がありますが、今日は反端の道を選んで足を進めました。


 十分か十五分ほど歩くと確かに空き地があったので、それが見えたところで足を止めました。まだ少し遠いのでわかりにくいですが、確かに人がいるように見えます。髪が長いのでおそらく女の人なのですが、頭に三角帽子をかぶっていて絵本に出てくる魔法使いのような恰好をしています。


 なるほど、それで店長さんたちは魔法使いといったのかと思い、また足を進めます。


 近くで見ると、とてもきれいな人で喫茶店の奥さんとは また違った感じの美人さんという感じです。


「と、トリック・オア・トリート」


 ぼーっとどこかを見ている女の人に私が勇気を出してそういうと、女の人は私のほうを見ました。それから、なんというか意地悪そうな笑顔を見せると


「お菓子をあげなかったら、私はどんな悪戯をされちゃうの?」


 と尋ねてきます。そんなことを聞かれるとは全く思っていたなかった私は「えっと、その……」と困ってしまったのですが、女の人はすぐ「冗談よ」と言って被っていた三角帽子を取ります。


 それからパチンと指を鳴らすと、その三角帽子の中に手を入れて私に掌を出すように言ってきました。私が首をかしげ ながら手を出すと、女の人が帽子の中に入れていたほうの手をその上に持ってきて開きます。


 何かが落ちてくるような感覚があって、手の上を見ると黄色い飴玉が乗っていました。


 女の人が何事もなかったかのように三角帽子をかぶりなおしているのを見て、私はその手の上の飴玉と女の人の三角帽子を「え? え?」と驚きながら交互に見ます。


 女の人は先ほど見せた楽しそうな顔をして「私は魔法使いだからね」と笑いました。


「えっと、これが幸せになれるっていうお菓子なんですか?」


 どこからこの飴玉がやってきたのはわかりませんが、ともかく私は目標を達成できたのかと心配になってそう 尋ねます。


「そうね。でも、それを貴女が食べるのか喧嘩した貴女のお友達にあげるかは貴女の自由よ]


「どうしてそれを知ってるんですか!?」


 意地悪そうな笑顔で女の人が言った言葉に驚いて私は声を上げます。その私の言葉に女の人は一瞬きょとんとしてそれから「言ったでしょ? 魔法使いって」と何事もなかったかのように言いました。


 私は訳が分からなくなってしまいましたが、喫茶店で言われたことを思い出してその女の人と一緒にいることにしました。


 女の人は基本的に空き地の入り口のほうをじっと見ていてまるで誰かを待っているように見えます。


 それから、初 めは気が付かなかったのですが、そうやって入口を見つめているときはどこか寂しそうな表情をしていました。


「魔法使いさんはどうしてここにいるんですか?」


 少し退屈になってきたので私がそう尋ねると、魔法使いの女の人は「そうね……」と何かを思い出すようなそぶりを見せます。


「ずっと昔に居なくなった友達に会うため……かな」


「何かあったんですか?」


 居なくなったというのがどういう状況を言っているのか分からず私が尋ねると女の人は「急にね消えちゃったのよ」と寂しそうな笑顔を見せました。


 それが何となく、勿論本当は全然違うのですが、それでも何となく 今の私と似ているような気がして私まで悲しくなってきてしまいました。


「ねえ、魔法使いさん」


 私が声をかけると「なあに?」と明るい声が返ってきました。


「『トリック・オア・トリート』ってもう一回言ったらもう一度飴貰えますか?」


「どうして?」


 女の人がまるで疑問などないかのようにそう尋ねてきたので、少し驚きました。正直なところ自分と友達の分両方欲しいなんて、とあの意地悪っぽい笑顔で言われると思っていたのですが。


「それを魔法使いさんにあげたら、魔法使いさんが幸せになれるんですよね?」


 私が言うのとほぼ同じくらいに女の人は私の頭を撫でてきました。


「とても良い子ね。でも、この魔法は自分には効かないのよ」


 その声は今までで一番やさしくて、今までで一番悲しそうでした。


「ほら、そんな良い子には幸せがやってきた」


 女の人は急にそういうと「ちょっと隠れてて」と私をそのひらひらとした服の後ろに隠しました。それから誰かが近づいてくる足音がします。


「良いって言うまで出ちゃだめだからね?」


 最後に女の人はそういうと私の頭に何かを載せました。


「トリック・オア・トリート」


 私と同じくらいの女の子の声が聞こえてきて、私はとても驚きました。何せ、その声の持ち主が私と喧嘩しているこのものだったのですから。


「あげるお菓子がないから悪戯してくれない?」


 その質問のパターンは何種類かあるんだなと、妙な感動を覚えているとやはり女の人は「冗談」と言いながら笑います。私の位置からではまるで表情は見えませんがきっと楽しそうな笑顔なのでしょう。


「それで、貴女はこのお菓子を自分で食べるの? それとも喧嘩した女の子にあげるの?」


 似たような質問をされて私は驚いてしまったなと思っていると、その子のためらいのない声が聞こえてきました。


「仲直りするためにあげるんです」


 それを聞いて私はどんな顔をしていいのかわからなくなりました。嬉しいですが照れくさくて、恥ずかしいような、でも幸せなそんな変な気分です。


「そっか、もう『良いよ』」


 女の人がそう言って私を肘で小突きます。私は恐る恐る女の人の影から顔をのぞかせると「本当に?」と弱弱しく言いました。


 その子は私を見るととても驚いた顔をしていましたが、でもすぐに真っ直ぐに私を見ると「ごめんね」と頭を下げて手に持っている飴を手渡そうとこちらに差し出してきます。


 私は「こっちこそ、ごめんね」と言って、自分の持っていた飴とその子が持っていた飴を交換しました。それから、顔をあげたその子を見ると何でか涙が出てきて二人で「ごめんね」と言い合いながら泣いていました。



 それから落ち着いたところで私は尋ねます。


「どうして、ここに来たの?」


 それはこっちのセリフだと言いたげな顔で、でもしっかりと答えてくれます。


「えっと、昨日たまたま双子の高校生にあって、わたしが悲しそうな顔をしてるから幸せになれる方法を教えてあげるってここの事を……」


「なるほど、こっちはあの子たちの差し金だったのね」


 私が答える前に女の人がそう呆れた様な声で言います。それから「変な気を使って」と何処か嬉しそうにも。


 その言葉には私もその子もわからないといった顔をしていましたが、「とっりく・おあ・とりーとー」と言うとても無邪気な声が聞こえてきたので皆の視線がそちらを向きました。


 そこにいたのは、私たちとそんなに年齢の変わらないように見える女の子。でも、何故だか高校の制服を着ています。


 その時女の人がとても驚いたような顔をして、それからとても優しい顔をして微笑みました。


「久しぶりね。これはあの子の魔法? それとも貴女の?」


 女の人がそう尋ねましたが、女の子は何を言っているのかわからないといった様子で首をかしげました。

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[良い点] おもろい! 僕もこんな世界観出したかった。 [気になる点] ないーよ [一言] 俺のもぜひ。 題名、マーラシア
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