叫びと雄たけび
怜央は神はいると信じていた。もしかして神という名前ではないかもしれない。
でも信じていた。今までは。
神は存在しているわけない。だったら、自分の周りだけこんな事が何回も起きるわけない。
今はそう思っている。
泉の行動は冷静だった。前日までの合宿により、隊員のほとんどがまだ眠っている7時に部屋を抜け出し、
真っすぐ中隊長室に向かった。一条が早起きであり、そして7時5分にジョギングをする習慣を考えての行動である。
そこで、待ち伏せし、一条が帰ってきた時に、胸を一突きしたそうだ。即死であった。
そして、返す刀のようなもので、続々と隊員の部屋に入り、刺していった。
奇跡的に生還を果たした隊員によると、笑っていたという。
怜央が堂林に起こされ、現場に行った時には、もう泉は捕まっていた。
その時、怜央は取り押さえられている、泉を見た。
が、今度は目が合う事はなかった。
なのに、その後ろ姿を見るだけで、今までとは違う何かを感じた。
狂気でも、作為的なものでもない、一言で言うと「人間」を感じた。
怜央は悔しかった。泉も1人の人間だと、今、気付いた自分に。
そして、この事件を一番止めれる場所にいて、止められなかった自分に。
心の中で何度も叫んだ。気力が尽きるまで。
泉の死刑が決まった日、怜央は裁判所から、自分の部屋には帰らず、直接小隊長室に行った。
「何だ、一ノ瀬か。何の用だ」ドアを閉めると、ほぼ同時に言った。
怜央は問いには答えずに、無言で、辞表を堂林の前にだす。字は自分でも驚くほど汚かった。
そして、顔を上げる。堂林の顔が数十cm前にある。3年間見続けた顔が。
これで、見納めかと思うと、少し、目がうるんできた感触がした。
目をつぶった。大きく深呼吸し、
「ありがとうござました。隊長もお元気で」と、短く、それなのに重い言葉を自分の恩師に言った。
そして、一礼し、後ろに向き、ドアノブに手をかけた。
「逃げるのか?」