3 メイドの作戦
ルデルト・アール
【性格】:子供っぽい所が有り、一度気になるととことん突き詰めたくなる。
分からないと思った事は、直ぐ本などで調べたりする真面目さが有るが、王位を継ぎたくないからと、勉学や教養の授業の時間等はサボっている様だ。
裏切るという行為が大嫌い。その為、一度してしまった約束は絶対に破らない。そんな自分の性格を理解している為、出来ない、或いはしたくない事については絶対に約束をしない。
女性は基本信用していない。母親の愛情を受ける前に、その母親が病気で他界。
父親の事や、王位についての事柄には直ぐ反発する様だ。そして人を見る目は有る模様。
「ふむ。此れ位、ですかね?」
手元の黒革の手帳を覗き込み、その少女――メイドのエリッタは一人頷く。
メイドとして派遣されたエリッタに与えられた一室で、備え付けられていた机と椅子。その椅子に座り、頬杖を付いて手帳を眺めるエリッタ。
今は二日目も無事に終わった夜十時過ぎ、城のメイドと同じ作りの備え付けの机と椅子、そしてベッドに洋服箪笥が入るだけの、狭い使用人部屋。
客室に招こうとして居たソレイダ陛下に、エリッタは客では無く自分は今日からこの城のメイドとして働くのだから、メイドとして扱って欲しいと申し出た。
そしてエリッタの要求通り、ソレイダ陛下はエリッタを客人では無く、メイドとしての扱いをする様にした。
こんなにも狭く、ぎゅうぎゅうに部屋に押し込まれた家具に囲まれて寝るのも、エリッタにとっては何の不便さも感じない。
エリッタにとっては、此れが、普通なのだ。過去様々な所へと行ったが、何処に行っても使用人部屋は大体こんな感じなのだ。
只寝て、少し日記なんかが書ける様な机と椅子に、服を何着か入れられる洋服箪笥。
住み込みで働いているメイドにとっては、案外此れで事足りる物だ。仕事が終われば、次の日も早朝から仕事が始まる為早く寝るし、机や椅子何かも、使う頻度は極めて低い。
毎日メイドとしての仕事は大体同じ、その為態々日記を習慣にして居る物は少ない。だから、机や椅子は有っても無くても変わらない。 洋服箪笥も、城の外には食材が足りなかった時等に買い物に行く程度で、その時もメイド服のままの外出になる為、洋服等早々出番は訪れない。
里帰り等の長期休みの時位だろう、洋服の出番は。それ位、基本メイドは城の外に出る機会等無い。
だから使用人部屋等、此れ位の狭さが丁度良かったりするのだ。
うーんと一人考え込んで居るエリッタの元に、机に置いていた携帯電話がオルゴールの音と共に鳴り出した。エリッタはさっと其れを取り、電話に出る。
「はいもしもし。此方現在育成派遣社員としての任務中、エリッタの携帯電話で御座います。ご用を承りま――って……リュレンダですか」
マニュアル通りの台詞と共に電話に出たエリッタだったが、その電話を掛けて来た主は同僚のリュレンダという男性で有った。
「どうしたのですか? 確かリュレンダも現在は任務中だった筈ですが…。え? 飴と鞭の使い方でまた失敗したかもしれない? リュレンダ、またですか。また育成者様に飴ばかりを与えたんですね。この前もそうだったでは有りませんか」
溜め息を吐き頭を抱えるエリッタに、電話の向こうのリュレンダは「ごめん、エリッタ……」と、申し訳なさそうな声を漏らしている。
「いえ、リュレンダが優しいのは私が一番存じてます。何十年、いえ……何百年共にお仕事をしていると思っているのです? でもリュレンダ、甘やかし過ぎも育成者様にとっては良く無い事です。育成者様の事を思って居るのであれば、心を鬼にしてでも鞭を与えなくては」
エリッタは、穏やかな声で一言一言を大事に電話の向こうのリュレンダに伝わる様、エリッタは言葉を紡いで行く。
「ですが、"失敗したかもしれない"と言う事は、まだ改善の余地は有ると言う事ですよね? リュレンダも今からならまだ間に合うとお思いになったから、私に電話を掛けて来たのでは有りませんか?」
聞けばエリッタの思った通り、リュレンダはまだ間に合うと思ったからこそ、エリッタへと連絡を入れた様だ。
まだ間に合うと思っては居たが、行動に移す前に一応の為にもエリッタに意見を聞こうと思ったそうだ。
前に飴のやり過ぎでヤバイ事態になり、それを何とか修正しようと誰にも相談せずに行った所、見事に失敗し結局育成者様を更に駄目にしたと言う苦い経験が有る為、リュレンダは二度とそうならない為にもとエリッタに意見を仰ごうと思ったと言っていた。
其れも此れも、前に失敗した時エリッタがしこたまリュレンダを叱り付けたからだったりする。
普段全く怒らないエリッタが、笑顔を浮かべて何時もの様に敬語で話し、尚且つその敬語でリュレンダが今回何故失敗したのかを明確に、何処がいけなかったのかを息継ぎ無しで羅列した為、その姿が逆に威圧感をリュレンダに与えた様で、リュレンダは正座の状態で涙目になっていたそうだ。
そんな二度と体験したく無いような体験を身を持ってしたリュレンダは、エリッタへとどうすれば良いのかと意見を仰いだ。
「そうですねぇ…。確か今回のリュレンダの育成者様は、甘えん坊で打たれ弱い十五歳の女の方、でしたよね? ああっ、だからリュレンダは飴ばかりを与える事態になったんですか。"打たれ弱い"方にどう鞭を与えるか迷いますからね。はいはい、まずは自信を持って貰おうと褒めて居たら、何時しか甘えん坊な性質が悪化したと」
ふむふむと頷き、携帯を持っていない左手で顎に手を持って行く仕草をするエリッタに、電話の向こうのリュレンダは何とも情けない声で説明をし続ける。
「でも打たれ弱いからと言って、何でも褒めるのはいけませんね。全然出来て居ない時は、ビシッと叱ってやらなければいけませんよ? リュレンダ。きっとリュレンダの事だから、ちょっと失敗しても"大丈夫、次はもっと頑張れば良いですよ"何て毎回言ってたんじゃ有りませんか?」
エリッタのその言葉に、リュレンダはグッと言葉に詰まっている。どうやらエリッタの予想は当たった様だ。
「そんなに次はもっと頑張れば大丈夫何て言って居たら、その方は此処までしか出来ないけど、リュレンダは此れでも満足してくれるだろう。怒ったりしないだろう。と、手を抜く様になりますよ? え? もうなって居る? ほら、言わんこっちゃないです」
呆れて溜め息を溢したエリッタに、リュレンダはまた謝っていた。其れから暫く、リュレンダとの電話は続き、妥当な作戦を模索してリュレンダへと託したエリッタは、気合い十分のリュレンダに頑張る様励まし電話を切った。
「リュレンダも困った物ですねぇ。でもリュレンダは仕方無いですね、とっても優しい方だから」
其れがリュレンダの良い所で有り、悪い所でも有るんだが。と、苦笑いを浮かべた後、またエリッタは黒革の手帳をぱらりと捲る。
【ソレイダ陛下の依頼内容】
・ルデルトを王位を継ぐ事が出来る人材、又は王に適する様に育成して欲しい。
・ルデルトが王位を継ぐ気にさせて欲しい。
・もっと真面目で、しっかりとした王子という自覚を持つ様にして欲しい。
・街に出て遊び呆ける事を辞めさせて欲しい。
「さて、いよいよ明日から……ですかね」
内容を確認し、ぱたんと手帳を閉じたエリッタの顔は、育成者としての表情が浮かんで居た。
其れなりに手強そうな育成者だが、エリッタは何でも無い様な、逆に楽しそうな表情だ。
「まずは――」
あれにしよう。
明日から、本格的なルデルト王子の育成の幕が開かれる。