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2.5 エリッタというメイド

 綺麗だと言われている、腰を折るように屈体して、背中と首筋が一直線になったお辞儀をしたそのエリッタと言うメイドを見て、俺は驚いた。

 このタイミングで此処へ来たと言う事は、俺の新しい教育係の奴に決まっている。そんな奴が、まさか俺と同い年位の奴だなんて、誰が想像出来た?

 そしてこのメイドは、俺に対して"育成しに来た"と言った。

 衝撃的な対面を果たした俺とメイドのエリッタとの初対面後から、二日が過ぎた。




****



 二日目となった今日だが、エリッタは教育係としての事柄をまだ何一つしていない。今日もコイツは俺の部屋で、何時もはメイドのミレがして居た俺の身の回りの世話をしていた。

 普通に俺の部屋の掃除をし、俺の洗濯物を洗い干して、食事の支度をする。そんな、普通のメイドと同じ事をしているだけだ。


「おい」

「はい、何でしょうか? ルデルト様」


 部屋の花瓶に花を生けているエリッタに、ソファでだらりと横になった状態のまま、その背中へと声を掛けた。エリッタはくるりと振り返り、にこりと微笑み首を傾げる。

 エリッタというコイツは……普通だ。お世辞にも美人では無いし、だからと言って可愛いと絶賛する程でもない。茶色で長めの髪は耳の上で二つに結んでおり、二重の目に黒い瞳。

 指定だと言うメイド服は、極普通の黒と白。しかし近くで見れば、袖口や襟に金のストライプが二本。胸元には、係りの者だという証の金の丸いバッチ。バッチには無限大という意味がある、【∞】マークが刻まれていた。


「お前は、俺を育成する為に来たんじゃないのか?」

「はい、そうで御座いますよ? それがどうか致しましたでしょうか?」


 きょとんとした顔で、不思議そうにしているコイツに、俺は本当に分からないのかと眉を寄せる。


「此処にお前が来て二日だぞ? 確かお前、一月って言ったよな? そんなのんびりしてて良いのか?」


 俺に育成される気は無いが、コイツは仕事で来てるんだ。コイツにだって色々有るだろ。

 そう思い眉を寄せたまま告げると、コイツは嬉しそうにハニカンだ。


「ルデルト様は、(わたくし)を心配して下さっているのですね」

「バッ! そ、そんな訳っ……無いだろ!?」


 何て事言うんだ、コイツは!

 まさかそんな台詞が返って来るとは思って居なかった俺は、思わず取り乱してしまった。

 ふざけるなと怒る俺に、それでもコイツは綺麗に微笑んだまま。


「勘違いも良いとこだ。誰がお前なんかっ。調子に乗るな!」

「はい、申し訳有りませんでした。余りの嬉しさに、つい調子に乗ってしまいました」


 ギロリと睨み付けた俺に、コイツはスッと表情を変えお辞儀と共に謝った。何だか素直に謝られると、其れは其れで何とも言えない感情になる。元の笑みを浮かべてしまったコイツは、「ご用がお済みでしたら、私はまだ残っております仕事を致しますので」そう言い部屋から出て行った。

 部屋から居なくなったそいつに、俺は何だか気まずくなり髪を掻き乱す。そいつ、エリッタというメイドは、よく分からない奴だ。馴れ馴れしい訳では無い。メイドという自分の立場は良く分かっている。だが、さっきの様に急にコロリと変わる。

 メイドという立場では無く、何処にでも居る普通の女の様な態度へと変わるのだ。だが、さっきは俺が調子に乗るなと言ったから直ぐに戻った訳では無い。俺が調子に乗るなと例え言わなくても、コイツはある一定の、ほんの数秒から数分でメイドの顔に戻る。

 そんなだから、怒るに怒れないし、いちゃもんの付け様が無い。

 完璧なのだ、全てが。

 城の昔から居るメイドでさえ、ミスをする事は有る。だがコイツが来てから二日経った今日まで、まだコイツは一つもミスを犯して居ない。来たばかりで、何処に何が有るのか、何をすれば良いのかも分からない筈の一日目から、コイツはまるで何十年もこの城に居たかの様に全ての事を完璧にこなす。

 それも、城中の掃除から始まり、洗濯、料理に至るまで、全てをコイツは一人で完璧に(おこな)った。此れには城中のメイドから執事、料理人に至るまで度肝を抜かせた。そんな衝撃的な初日がコイツには良かったのか、二日目にして既にこの城に溶け込んで居る。

 何でも完璧にこなすコイツに、面白くないと思った奴等が居た様で、文句を直接言ったら見事に返り討ちに合ったそうだ。


『申し訳有りませんが、私は己の持てる全ての力を出させて頂いているだけで、貴女方のお仕事を奪って居る訳でも、ルデルト様に気に入られ様として居る訳でも有りません。此れが"私"のやるべき事。そしてルデルト様の育成にも大事な事ですので、貴女方の仰る様に此処から出て行く事も、調子に乗る事も辞める事は出来かねます。第一に、私が調子に乗った事等この世に生を受けた日から御座いません。そして此処から出て行く事も、私の一存で決められる事では御座いませんので、どうしてもと言う場合は、申し訳有りませんが、ソレイダ陛下、又は本社へとお電話をお願い致します。ですが、此れだけは申します。今回のご依頼は、ソレイダ陛下から直属ので御座います。それを……お忘れ無く』


 少し離れた所からこの一件を目撃したからと報告に来た執事に、俺は呆気に取られるしかない。名前は伏せられて居たが、大体誰がそんな馬鹿な真似をしたか位容易に想像出来る。新しく来た新人のメイドをいびるのが好きな奴等何て、あの馬鹿三人組以外居る筈がない。

 アズ、シュル、ヤアのこの城でも二番目に古いメイド達だ。一番古くメイド達を仕切って居るミレの言う事にしか従わない、メイドの問題児。城の中で何か騒動が起きれば、それは大体の割合でこの馬鹿三人組が仕出かす事だと決まって居る。俺に報告して来た執事によれば、馬鹿三人組はあのメイドの口に負けた様だ。

 淡々と、まるで決められたマニュアルを読む様に告げたあのメイドに、全くの感情等無く、馬鹿三人組に囲まれ嫌味を散々言われた後にも関わらず、そんな態度で返され馬鹿三人組は口をあんぐりと開けていた様で。口を挟む暇も、反論する事も結局出来ず、馬鹿三人組は尻尾を巻いて逃げたと言う。

 それはそうだろう、あのメイドの言っている事は、何一つ間違った事等言っていない。そして優しいのか優しくないのか、自分を追い出したければ会社に言え、だがそれをすれば依頼をした親父の顔に泥を塗る様な行為に成りかねないと、最後にはそんな脅し共取れる言葉を落とした。

 その話を聞いて、ますますあのエリッタというメイドが分からなくなった。大人しく、大人な対応をして、怒る事も無いのかと思えば、攻撃的で、売られた喧嘩は買う様な子供っぽさも有ると来た物だ。

 そして一番引っ掛かるのは、普通の掃除や洗濯等の雑用が、一体俺の育成に何の関係が有るのか。悪いが俺は、育成される気など毛頭無い。そして現在、育成されて居るとも思っていない。


「はあ…。何なんだ、あのメイドは……」


 其処らに居る女の方が、よっぽど何を考えて居るのか予想出来るぞ?

 考えてもさっぱりあのメイドが分からず、俺はソファでくたりと項垂れる。


 だがそんな俺の一つ一つの行動が、あのメイドの思惑通りになって居る事、この頃の俺は気付ける筈が無い。

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