2 メイド来襲
「初めまして、エリッタと申します。貴方様を理想の王様候補に育成する為、【王様候補、育成致します。】から派遣されたメイドで御座います。これから一月、どうぞよろしくお願い致します」
そう言って、メイドだと言うその女性と言うよりも少女と言った方が良いのか、中間程の少女は一番美しいとされるお辞儀と共に、ソレイダ陛下とルデルト王子の目の前へとやって来た。
それは、ソレイダ陛下が育成を依頼して、僅か二日後の訪問である。
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「はあ? どういう事だよ、デルドア」
「ですから、先程も申しました様に、今日から王子には新しい教育係の者が付く事になりました」
「デルドア、お前が俺の教育係だろ? なんで新しい教育係なんかが付くんだ……」
「ですから、私は今日を持ちまして、王子の教育係では無くなったのです」
淡々と告げるデルドアに、ルデルト王子は読んでいた本から訝しげに歪めた顔を上げた。
「だから、なんでデルドアが教育係から外されなきゃ無いんだ。お前で良いだろ」
「いえ、陛下のご命令は絶対です」
「意味が分かんないんだけど? 親父は何考えてんだ。もう良い、直接親父に聞きに行く」
「な! 王子!?」
理由を言わないデルドアに痺れを切らしたルデルト王子は、舌打ちと共に手にしていた本を放り投げ、大股で荒々しく自室から飛び出す。
急に飛び出して行ったルデルト王子に驚いたデルドアは、数秒遅れてルデルト王子の自室から飛び出し追い掛けた。
廊下に出れば、既にルデルト王子の姿は無く、デルドアは大慌てで廊下を走る。
普段廊下は走るなとルデルト王子に教育していたデルドアだったが、この時ばかりはそんな事を言っている場合では無いと、無理矢理自分に言い聞かせ廊下を走り抜けた。
最近のルデルト王子は、何時にも増して機嫌が悪かった。
それもこれも、少し前にソレイダ陛下が告げた言葉から始まる。
『行く行くはお前に、王位を継いで欲しいと考えている。だからルデルト、お前も国王に相応しい人材になれ』
何の前触れも無く、朝食中に告げられたソレイダ陛下のその言葉。
その言葉にルデルト王子を含め、その場に居合わせた全ての人物を驚かせた。
そのソレイダ陛下の言葉を聞いてからだった。真面目だとは言えないながらも、やるべき事はしっかりと行っていたルデルト王子が、何もやらなくなったのは……。
デルドアも変わってしまったルデルト王子に、最初こそは今よりも勉学や教養を学ばせ様と躍起になったが、最近ではそこまでにならなくなった。
理由は、ルデルト王子が王位を継ぎたくないと思っているのを、何となく感じ取ったからだ。
個人的には、ルデルト王子に国王になって欲しいと考えているデルドアだが、ルデルト王子本人が乗り気では無いのに、無理にそれを押し付けるのもどうかと思うからだ。
だがその事を、ソレイダ陛下には言えずにいた。ソレイダ陛下はルデルト王子が王位を継ぐ事を望んでいるし、期待もしている。
その事を知っているデルドアには、そんなルデルト王子の事等言える筈がない。
二人の間に挟まれたデルドアは、毎日胃が痛い思いで生活を送っているようだ。
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廊下を走り、ソレイダ陛下のいるであろう王室の扉を荒々しく開け放ったルデルト王子の表情は、険しいままであった。
「どういう事か説明しろよ親父!!」
激しく響く扉の音と共に入るルデルト王子に、ソレイダ陛下は来る事が分かっていたのか、驚いた様子は無い。
「随分早かったな、ルデルト。お前の事だ、デルドアから話を聞けば直ぐに来ると思っていたぞ」
頬杖を付き、楽しそうに笑いルデルト王子を見るソレイダ陛下に、ルデルト王子は睨みを効かせる。
「だったらどういう事か、説明して貰うか? 何でデルドアを教育係から外した。俺に新しい教育係は必要無い」
「その事ならば、デルドアも了承済みだ。そして新しい教育係は、普通の教育係では無い」
「何?」
意味深なその言葉に、ルデルト王子は目の前のソレイダ陛下に眉を寄せる。
「陛下! 王子!」
そこに少し遅れて、息を切らせたデルドアが飛び込んで来た。デルドアはルデルト王子が怒りの余り、遂にはソレイダ陛下にその腰に下げている剣を向けて仕舞うんじゃないかと、キリキリ痛む胃を堪えて王室までやっとの思いで着き、ルデルト王子がソレイダ陛下に何もして居ないのが分かると、一気に胸を撫で下ろすのであった。
「デルドア、待って居たぞ?」
「へ、陛下……王子を、お止め、出来…ず……」
ゼエゼエと荒い息を吐きつつ、ふらつく足取りでソレイダ陛下の御前まで向かい、崩れ落ちる様にして膝を着き楽しそうに笑っているソレイダ陛下に、息を整えながら告げた。
その今にも死にそうな姿のデルドアに、ソレイダ陛下は大丈夫かと笑い、ルデルト王子は何とも気まずそうに顔を逸らし頭を掻く。
デルドアはこの城でも、心配性で有名だ。他の者なら余り気にしない事にも、デルドアに掛かればかなりの大事へと変換される。
例を挙げるとすれば、人差し指を切っただけで過剰に大騒ぎをし、絆創膏を一枚貼るだけで良いのに薬を塗り、ガーゼを被せ包帯を巻くという大事になる。
例で挙げたこれは、実際にルデルト王子が十八歳になった現在も頻繁に行われている、一種の行事と化している。
「少し落ち着け、デルドア」
「は、い……。すいま、せ――」
こんな姿のデルドアは何時もの事で、ソレイダ陛下はもう慣れた物だ。深呼吸をし、乱れた息を整えるデルドアの後ろで、ルデルト王子は溜め息を吐く。
デルドアの登場に、さっきまでの苛立ちが引いてしまい、何とも興醒めだ。
息を整え終わったデルドアは、改めて姿勢を但し目の前のソレイダ陛下を見据えた。
「お見苦しい所をお見せ致しまして、申し訳有りませんでした」
「いや、お前のそれは昔からだ。気にするな」
「ぐっ。す、すいません……」
ソレイダ陛下のその笑いを含んだ言葉に、デルドアは気まずそうに苦い表情を浮かべた。
そんなデルドアに、ソレイダ陛下は楽しそうに声を上げ笑う。ソレイダ陛下は、こうして度々デルドアをからかって楽しむ事がある。
だがそれも、デルドアを気に入っているからなのだろうが、デルドア本人にとっては毎回毎回心臓に悪く、余り有り難くは無い。
「そろそろ来る頃だろう。丁度良い」
ソレイダ陛下がそう言った瞬間、タイミング良く扉の向こうからメイドの声がし、扉がゆっくりと開かれた。
「陛下、お客様をお連れ致しました」
「そうか、ご苦労だったな」
「いえ。それでは、お入り下さい」
メイドはソレイダ陛下の労いの言葉に、にこりと笑みを浮かべお辞儀をした後、振り返り後ろにいる人物を王室へと招き入れる。
その人物が部屋へと入ったのを確認すると、もう一度お辞儀をして部屋を後にした。
その部屋へと入って来た人物に、三人の目は集中する。だがその人物は、そんな三人から向けられる視線など気にしていないのか、俯き加減のまま扉の前からソレイダ陛下達の元まで歩いて来る。
その人物は、ソレイダ陛下達の元に近付いて行くにつれ、徐々に俯き加減だった顔を上げて行き、ソレイダ陛下達の目の前まで来た時には、その顔を見る事が出来た。
「なっ……」
その人物の顔を見た瞬間、ルデルト王子は驚いた様に声を上げた。
「初めまして、エリッタと申します。貴方様を理想の王様候補に育成する為、【王様候補、育成致します。】から派遣されたメイドで御座います。これから一月、どうぞよろしくお願い致します」
そう言った後、その人物――エリッタは驚くルデルト王子に、綺麗だと言われているお辞儀をした。
そのお辞儀は完璧で、とても美しい物だった。
このエリッタというメイドとの出逢いが、ルデルト王子のこれからの人生を大きく変える転機であった。