魔界 ルデルト王子編1
その国、アルンド王国は魔界で最も恐れられている。
何でも、現在の王であるソレイダ陛下は大層潔癖で短気な方なそうで、ほんの小さなミスでも、仕出かした者を陛下自らご自慢の剣の腕で処刑するそうだ。
そんな陛下の一人息子であるルデルト王子も、巷では陛下のような人物だと噂されている。
そんな陛下達が住む城では、今日も今日とて一騒動が巻き起こっているようだ。
「王子! ルデルト王子!! どちらに行かれるのです!?」
「ちょっとそこまでー」
長い廊下を軽快に歩く青年の後ろを、小走りで追い掛ける男性。
青年の名はルデルト。あのソレイダ陛下の一人息子で、今年十八歳になる。
長めの漆黒な髪に、頭には白い角が二つ、曲線を描きながら鋭く尖っている。
そんなルデルト王子の後を追い掛けている男性は、教育係のデルドア。
額からは、長くもなく短くもない、少しくすんだ二つの角が生えている。
そして一重な目を更に細くし、前を歩くルデルト王子を睨み怒鳴っていた。
「ちょっとそこまでなどと、嘘を仰らないで下さい! また如何わしい不埒な所へと行くおつもりでしょう!?」
「まあ、そうとも言うし。言わないかも知れないしぃ?」
「王子!!」
後ろを振り返り、ズンズンという効果音が付きそうな勢いで睨みを利かせながら追い掛けているデルドアに、小馬鹿にするように笑うルデルト王子。
そして結局、そんなルデルト王子にいつもデルドアは負けるのが常であった。
ひらりと手を振り城から飛び出して行ったルデルト王子に、デルドアは最後に有らん限りの声で呼び止める。
これが、この魔界で最も恐れられているアルンド王国の城での日常だったりする。
*****
「陛下、申し訳有りません。今日も王子をお止めする事、叶いませんでした」
玉座に座っているソレイダ陛下の御前で、デルドアは跪く。
「そうか。デルドア、いつも済まないな」
跪き申し訳なさそうに頭を垂れるデルドアに、ソレイダ陛下は頬杖を付き眉を寄せた。
その鋭く吊り上がっている眉が寄せられた事で、デルドアは更に申し訳ないと思ったのか、今にも土下座をしそうな雰囲気だ。
いや、もう半分近く土下座をする気満々なのが全身から染み出ている。
「お役に立つ事が出来ず、私は陛下に会わせる顔が御座いません! 是非共陛下! 私を陛下の、その剣の錆としてくださいませ!」
身を乗り出し眉を吊り上げ悲願したデルドアに、ソレイダ陛下はふっと息を吐く。
「何を馬鹿な事を。デルドア、俺はお前に感謝こそするが、この剣の錆にしよう等とは思わんよ。何時もルデルトに振り回され、お前も疲れているだろう。余り無理はしてくれるな」
「陛下! っ、勿体無い、お言葉……!」
綺麗に微笑んだソレイダ陛下に、デルドアは感極まったのか目頭を押さえる。
ソレイダ陛下は、巷でこそやれ傲慢だ、やれ潔癖だ、やれ残酷で無慈悲だと噂されているが、それは真実ではない。
その噂は、アルンド王国を守る為にソレイダ陛下自らが言い出した考えだ。
アルンド王国は、元々魔界の中でも治安が悪い事で有名であった。
前王が愚王であり、政も殆ど行われる事が無く、国の警備も極めて手薄で、アルンド王国に住んでいる民衆はその治安の悪さ故に、アルンド王国から出て行く者が多発した。
その現状に、その頃前王の補佐をしていたソレイダが此のままではこの国が終わると危機感を募らせ、前王へと反逆を決意。
同じ考えを持つ同士と共に、前王を伐つ事に成功し、ソレイダ自らが王になる事となった。
その時共に前王を伐った同士の中に、現在ルデルト王子の教育係をしているデルドアも含まれる。
デルドア同様、ソレイダ陛下の周りを固める殆どの者が、その時の同士達である。
そうして王へとなったソレイダ陛下は、アルンド王国の警備を強化すると共に、二度とこの国の治安が悪くなるという事態を招かぬ為にも、みなが恐怖する様な己の噂を態と広めたのだった。
「しかし、ルデルトにも困った物だな。行く行くは俺の跡を継いで欲しいと考えていたのだが……」
顎に手を当て考え込むソレイダ陛下に、そういえばとデルドアが声を漏らす。
「近頃評判になっております、【王様候補、育成致します。】なる組織に頼んで見るのはどうでしょうか?」
「なんだ? その組織は……」
「何でも、どんな問題児でも依頼主の理想とする様に育成して下さるとか」
「ほう、それは中々興味深いな。デルドア、早速その組織に電話を繋いでくれ」
「畏まりました」
頭を垂れ、足早にソレイダ陛下の元から立ち去ったデルドア。
ソレイダ陛下は頬杖を付き、再び考え込み始めた。
「【王様候補、育成致します。】か。本当に、あのルデルトを変える事が出来るのか……」
溜め息を吐き出したソレイダ陛下の頭の中は、何時の頃からかああなってしまった、ルデルト王子の姿が浮かんでいた。