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ゾンビもの!  作者: どぶねずみ
長門市決戦編
88/91

うん、気付かなかったことにしよう。

 ……。


 ……太陽が黄色い。



 完徹2日目、俺はトレイラーハウスから外に出て、世界一空気を読まないことでお馴染みの太陽から朝の挨拶を受けていた。

「うーん♪ 朝露の匂いがする~」

 すっきり8時間快眠の梨子は、俺の隣で気持ちよさそうに背伸びをした。

「直以お兄ちゃん、大丈夫?」

「……ああ。なんか頭の中で渦が回ってる感じだな」

「お疲れ様。今日はゆっくり寝るといいよ」

「……そうも言ってられないんだよ。やることあるんだから」

 聖の用意した資料全てに目を通し取捨選択、幾つか作戦を選び、問題点の抽出とシミュレート。そういうことをかれこれ2桁は繰り返し、ようやく迎えた朝だった。




 早朝だというにも関わらず、すでに人の行き来は頻繁に行われている。攻勢の準備が進められているのだ。

「なおいくぅ~ん!」

「? おう、おはよう」

 見ず知らずの女子から手を振られる。俺は頭に『?』を浮かべながら手を振り返した。

 その手を梨子は叩き落とした。

「直以お兄ちゃんの浮気もの! あの人だれ?」

「いや、まったく知らない人」

 美紀さんの仕掛けた離間策の副作用だ。無駄に俺の人気を上げてくれたおかげで俺をアイドルかなにかのように偶像視する輩が増えているようだった。


 ……悪くないかも。


「直以お兄ちゃん。ものすっごく鼻の下が伸びて変な顔になってる」

「……変な顔っていうな」

 ジト目で俺を睨む梨子。俺は顔の下半分を隠した。

「直以先輩、おはようございます」

 凛とした声に振り返ると、そこには進藤紅が立っていた。ブラウスの第一ボタンまで閉じ、きっちりとリボンを締めている。相変わらず隙のない制服姿だ。

「紅ちゃん、おはよう♪」

「ああ、紅か。おはよう、なんか久しぶりだな」

「梨子さん、おはようございます。直以先輩はずっと車内に篭りきりでしたからお会いする機会がありませんでしたからね」

 紅は俺を批難するように一歩俺に近づいた。

 俺は一歩後ろに下がった。

「……直以先輩?」

 ずいと近寄ってくる紅。

 ずずいと下がる俺。

 ずずずいと俺に近づいた紅は逃げられないように俺の腰を掴んだ。

 鼻先がぶつかるほどの距離に紅の整った顔が迫る。

「……紅子ちゃん、近いんだけど」

「直以先輩。ずいぶんお疲れのようですけど、大丈夫ですか?」

 紅はひんやりとする指先で俺の目の下にできているだろうクマを撫でた。

 俺は、ともすれば唇を近づけてきそうになる紅の肩を押さえつけた。

「ちょっと徹夜が続いたからな。麻里と打ち合わせを済ませたら今日は休ませてもらうよ」

「そうですか。あまり無理をなさらないでくださいね」

 紅は俺の腰を離すと、半歩だけ俺から距離を取った。

 そのわずかな隙間に梨子が入り込んでくる。

「紅ちゃん。昨日お願いしたこと、やってくれた?」

「ええ。ちゃんとお伝えしました」

 俺は後ろから梨子の肩を掴んだ。

「昨日頼んだことって?」

 梨子は、少しだけバツが悪そうに俺の顔を見上げた。

「えっと、直以お兄ちゃんに頼まれてたやつ。木村先輩への伝言、紅ちゃんに頼んじゃったんだ。私、木村先輩って苦手だから」

「ああ、あれか」

 条件付きで大地の指揮権を承認すると、その旨を伝えたのだ。

 俺は梨子を横に退かし、紅に向き合った。

「大地の反応はどうだった?」

「どうということもなく。周りの方々の反応はかんばしいものではありませんでしたが」

「俺に対して何様だ、と」

 紅はこくりと頷いた。

「失礼を承知で伺いますが、木村先輩で大丈夫でしょうか?」

「さあ。向こうの出方次第ってところだな」

 紅は、相変わらずの無表情を崩しもせず、わずかに首を横に傾げた。

「やはりお疲れですか? いつもの直以先輩なら率先して動いて決して受身にならないと思います」

 俺は、紅から顔を逸らした。

「……かもな。紅、梨子を手伝ってやってくれ」

「梨子さんを、ですか?」

「ああ。プランCの人選だ。梨子、紅と一緒に。今日中な」

「了解で~っす、紅ちゃん、よろしくね♪」

「はい。あ! 直以先輩」

 俺は紅の声を背中に聞きながらその場を後にした。






 目的である麻里を見つけるのには少しだけ苦労した。いつもいる前線にその姿はなく、後方で待機していたからだ。

 幌付きのトラックの間に目立つ金髪を見つけて俺は声をかけた。

「よう、隆介」

「あ、直以先輩。うい~っす」

 隆介の声にわらわらと3班のやつらが出てくる。その中に、麻里の姿はあった。

「直以。やっと冬眠から覚めたみたいね」

「まあな。今から大丈夫か?」

「え? 今から?」

 麻里は横に立っている男を見た。どこかで見たことがある、杖を突いた男だ。

「う~ん、今、兵器の説明を受けてるから。ていうかあんたも一緒に受けなさいよ」

「兵器?」

 俺は幌付きトラックの中を覗いた。

「……これはこれは。画期的というか原始的というか」

「き、きみい! 我々の努力を嘲笑うのか!」

 そう言って杖を俺に向けてくる男。

 俺は、麻里に顔を寄せた。

「……誰だっけ?」

「……私はあんたの記憶力が本気で心配になることがあるわ。小峰先輩でしょ。4班の班長の」

 ああ、そういえばそんな名前だったっけ。

「それで、これの射程と命中精度は? あ、あと速射能力」

「だから、それを今麻里しゃんに説明しているのだよ!」

「ああ、そう」

 口角に泡を浮かべるほど怒りまくってる小室先輩。俺、なんでこの人にこんなに嫌われてるんだ?

 とりあえず、俺は麻里たちと一緒に兵器の説明を受けることにした。

 と、いっても途中からは舟を漕いでほとんど頭に入ってこなかったが。

「あんた、寝過ぎ。さすがにちょっと失礼じゃない?」

「……反論はしないでおく」

 俺は、麻里にバインダーを渡した。今回の作戦要綱が書いてある資料だ。

「やっとできたの? あんまり遅いから少し不安だったのよ」

 そう言って麻里は作戦要綱に目を通す。

「……それじゃあ、私たちの仕事は追撃戦から、ってこと?」

「大地たちがうまくやれればな。プランB,プランCにも目を通してくれよ」

 麻里は無言で頷くと、バインダーに視線を落とした。

「……とりあえず、これらの作戦に適応できるように最適化しておけばいいのよね」

「できるか?」

「やれと言われれば無理でもやるわよ」

「なにか質問は?」

「待って。もうちょっと読んでから]

「ゆっくりでいいぞ。俺は休んでるから」

 俺は麻里に背を向け、木陰へと向かった。

 幸いにして今は早朝。夏の暑さもそれほどきつくはない。

 瓦礫に腰掛け、周りに指示を出しながらも作戦要綱を読む麻里を見る。

 俺は大きなあくびをした。

 心地よいまどろみ。

 壁に背中を預け、軽く目を閉じる。


 すとんと、落とし穴にはまるように、俺の意識は消えて無くなった。






 目を覚ますと、俺は暗がりの中にいた。

 どうやらどこかの室内のようだ。寝こけている俺を麻里か隆介が運んでくれたのだろう。


 涼しい場所だった。風の通り道らしく、篭った熱気がまったくない。さすがに冷房の中ほどとは言えないものの、暑さに苦しむことのない快適な場所だった。

 俺は身体を起こした。

 頭に鈍痛が残り、靄がかかっている。

 寝覚めは中の下といったところか。

「あ、寝ぼすけ、や~っと目を覚ましたわねん♪」

 麻里の声に振り返る。すると、胸元にペットボトルを放られた。

「飲んでおいたほうがいいわよ。小まめに水分補給しないと脱水症状になる」

「……ああ」

 俺は寝足りない頭を振り、ペットボトルに入っている生温かい水を飲んだ。

「少しは休めた?」

 麻里は俺の隣に腰を下ろした。

 俺は一気に飲み干したペットボトルを横に置いて麻里を見た。

「今何時だ?」

「正午前。5時間以上寝てたわよ」

「そんなに寝てたのか。時間を無駄にしちまったな」

 俺は伸びをして、硬くなった身体をほぐした。

「別にちょっと休むくらいだれも文句言わないわよ。ていうか、あんたの場合さぼっててもなにか作戦考えているって勘違いされるから。ちょっとした特権よね」

 麻里はくすくす笑いながら俺に寄りかかってきた。

 触れ合う肌が、汗で冷えていて、気持ちよかった。

「ところでさ。ちょっと質問があるんだけど」

「質問?」

「作戦について」

 色気のない話題だなあ。

「プランBのさ、搦め手。誰が指揮執るの?」

「……実はまだ決まってない」

「候補はいるんでしょ?」

「ああ。今日中に何人かと面談する予定、だったんだけど」

「寝過ごした?」

 俺は無言で頷いた。

 麻里は肩を揺すって笑った。

「私がやろうか、それ?」

「却下。おまえの役割はちゃんと書いてあっただろ? 代替は利かないんだからそっち優先」

「それじゃあうちの隆介にでもやらせる?」

「あいつには搦め手に参加してもらうけど、指揮はまかせられないな」

「そう? あいつ、何気に勢いがあるし周りを乗せるのもうまいと思うけど」

「部隊長として指揮を執らせるならそれで十分なんだけど、別働隊を任せるとなると今一不安なんだよなあ」

「まあ、逆境に強いタイプではないからね」

「紅も……、参謀としてなら申し分ないんだけど、人を使うってことになるとなあ」

「そうね。あの子は部隊指揮官には向いてないわね」

「将校が、いないんだよ」

「将校?」

「そ。将校」




 18世紀初頭の話だ。

 プロシアのフレデリック・ウィリアム皇太子は作戦に失敗した仕官を呼び出して詰問した。

「卿はなぜ作戦に失敗したのだね?」

「恐れながら、私は命令に忠実に従っただけです。私のミスではありません」

 それに対するフレデリック・ウィリアム皇太子の回答はこうだった。

「階級はなんのために与えられているのか。命令違反するときを判断できるものに与えられているのだ。ただ、命令どおり、規則どおりに行動するのならば、卿は将校ではなく兵士でよい」


 この考えは軍隊の階級システムの常識となっている。

 今、搦め手の指揮官に要求されているのは、自分で考えて行動できる能力だ。

 言い換えるなら、独断専行できる人物ということになる。

 ちなみに独断専行は、旧日本軍の弊害を引き摺っているため悪い事ととらわれがちだが、軍事という分野においては本来批難される言葉ではない。

 現場主義、と言ってしまうとニュアンスが変わってしまうが、現場には独特の空気が存在する。

 それは、汗を掻かずに安全な場所で数字のみを相手にしている人間には決してわからないものだ。

 特に、軍事という即断即決を要求される分野においては顕著で、敵の弾が頭上を飛び交う中で、上司に伺いをたてるために書類仕事をしているような余裕は人的にも時間的にもないのが普通だ。

 そこで、現場の責任者が自らの裁量をもって決定することが必要になってくる。

 そういったことを決断できる人間が将校なのだ。


 おそらく搦め手の指揮官は敵の防備も数も不明確な状況で攻撃を敢行することになる。

 柔軟な適応能力と決断力が必要になるだろう。


 雄太の器用貧乏がいれば任せられるのだが、あいつはもう少ししたら長門市に潜伏することになっているため今回は頼ることができなかった。

 ……ちなみにいうと、俺の頭の中にはひとりだけ適応者がいるのだが、そいつはちっこいおかっぱ頭を振り乱して首を横に振りやがった。

 まあ、今回はちょっとだけ状況が特殊だから仕方ないと言えないこともないのだが。




「俺の中ではさ。大地が正面から攻めて俺が搦め手を指揮するってのがベストなんだけどな」

「朝倉市を迎え撃ったときのやつね」

「そ。正を持って合い、奇を持って勝つ。正兵は負けないように入念に整えてさ。奇兵はどんなことにも対応できるように精鋭揃えて一気に決着つけるんだよ」

 が、その布陣はもはや夢物語だ。

 聖の濃厚馬鹿のせいで、だ。

「……うまくいかねえなあ」

「そうなの?」

「そうなんだよ」

「そうなんだ」

 麻里は、特に深く聞いてくることもせず、ただ、同意だけを返してくれた。

「もっと世の中単純で、ひとつのことだけに集中できれば楽なんだけどな」

「そうだね」

 その後、少しだけ無言が2人の間で漂った。

 麻里は幾度かの逡巡の後、口を開いた。

「……牧原は、けっこう独占欲が強いからね」

「なんでここで聖が出てくるんだよ」

「あれ、あいつの話じゃなかったの?」

 麻里は暗がりの中、大きな瞳を爛々と輝かせて楽しそうに俺を見て、俺の頬に手を当てた。

「……麻里?」

「じっとしていて」

 そして、麻里は俺の頭を両手に挟むと、そっと胸に抱いた。

 麻里は慈しむように俺の髪を撫でてくれる。

 麻里のしっとりと汗ばんだ肌は、香水を使っているわけじゃないのだろうが、すごくいい匂いがした。


 ……こう言っちゃなんだが、すっげえ幸せだ。


「こうすると落ち着くでしょ?」

 むしろどんどん興奮しています、とはさすがに言えない。

「クラスが一緒になったのは今年からだけどさ。でも、私は日本に帰ってきてから、去年からずっと直以を見ていたんだよ」

 麻里は、俺の頭を抱える腕に少しだけ力を入れた。

「でも、直以のそばにはいつも牧原がいるんだよね。それは今も変わらずに」

「あいつは、ひとりじゃなにもできないやつだからな」

「それって、私に言わせるとすごくずるい言い訳」

 俺は麻里の手を解き、少しだけ姿勢を正して麻里に向き直った。

 吐息のかかる距離に、麻里の顔が浮かんだ。

 麻里は、そっと顔を近づけると、小鳥がついばむような軽いキスを俺の唇に交わした。

「私は直以のことが好き。だけど、私は牧原と違ってあなたが必要ではないし、また、それでいいと思っている」

「……難しいこと言うね」

「私としては明白な答えなんだけどね」

「だけど、なんとなくわかる気がする」

「ええ、それでいいわ。それでいい」

 麻里は、最高の笑顔を俺に向けてくれた。


 麻里の俺の味方であり、頼れる戦友だ。すごく近くにある関係、だが、近すぎない。

 だから、俺は聖には見せられない弱みを麻里に晒して、甘えているのだろう。

 俺には、この関係がありがたかった。




 ……それから数時間後。

「直以お兄ちゃん、難しい顔してどうしたの?」

 首を傾げて俺の顔を見上げてくる梨子ちゃん。

 俺が答えないでいると、梨子は眉間に皺を寄せてにゅっと顔を近づけてきた。

 俺は、梨子のちっこい頭を押さえつけて、髪をかき乱した。

「いやぁん!」

 梨子は頭を振って俺の手から逃れた。

 手櫛で髪を整える梨子。

「本当にどうしたの?」

「いや……、なんでもないんだけど」


 ……、俺、さっき麻里に告白されたんじゃないか?


 心配そうに俺の周りをうろちょろする梨子。

 俺は梨子の身体を抱き締めた。

 嬉しそうに暴れる小娘と遊びながら、俺は決心した。


 うん、気付かなかったことにしよう。

ご無沙汰! どぶねずみでございます。

さすがに3ヶ月空けるのはやばい気がするので、1話だけ投稿いたします。


勢いが乗ると1万文字くらい一気に書けるんですが、そういうのに限って無駄が多かったりして、ほぼ全消しなんてことをやっています。今までどんだけ頭使ってなかったんだか・・・。

でも、さすがに紅がサンボマスター熱唱するのとかいらねえでしょう!

キャラ壊れるし。

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