反間
俺は聖を押さえつけたまま思い切り睨みつけた。
聖は痛みに少しだけ顔を歪めたが、笑みを崩さなかった。
「やれやれ、直以。趣味が変わったかな? 手荒いプレイがお好き、……」
俺はさらに聖の襟元を締め上げ、続きを言わせなかった。
その様子を見ていた雄太は、軽い息を吐いてぼそりと呟いた。
「まあ、直以の怒りも当然、か」
俺は突き放すように聖を開放すると、雄太に向かった。
「雄太! おまえもおまえだ! どういうつもりだ!」
雄太は俺の勢いを受け流すように自分の前髪を払った。こいつは無駄に顔が整っているからこういったわざとらしい仕草が様になる。
「直以、よくわからないな。なにをそんなに怒っているんだい?」
聖は咽喉を軽く押さえて声調を整えると、俺の前に立った。
俺は思い切り息を吸い、聖を怒鳴りつけた。
「とぼけるな!」
「だから、なにをだい?」
俺はトレイラーハウスのボディを叩いた。
「長門市が仕掛けた計略だ! まんまと引っ掛かってるじゃねえか!?」
俺は、自分が他人に好かれないことを知っている。
また、他人に好かれるための行動を一切していないし、基本的に好意は大地に集まるようにしている。
そういった行為が影響してか、隆介が言うには俺に対する悪口を言い回っているやつもいるらしい。ネガティブキャンペーンが展開されているってことだ。
そんな中で、俺の人気が上がっているというのは異常な状態だった。
普通ではあり得ない状態、ならば、そこにはなにかしらの手が加わっていることになる。
反間の計。
俺の人気を上げることで、大地、あるいは大地の取り巻きと俺との仲を裂く作戦だ。
そして、その作戦は成功している。
この、目の前の女のせいで、だ。
「メンサ! おまえが気付かなかったとは言わせないぞ。なんで見過ごしたんだ!」
「ああ、そのことか」
ようやく合点がいったとでも言わんばかりに聖はウェーブのかかった長髪を後ろに払った。
「なに、たいしたことじゃない。この計略がきみの不利につながることはないと思ってね」
「どういう意味だ!?」
「捻るようなことではないんだが。きみの人気が高まり、木村大地との関係も改善される。そのどこに不利があるんだい?」
「ど……、どこが改善だ!? 思いっきり改悪しているじゃねえか!」
「いや、改善だよ。本来ならば1組の下に付くべき木村大地はここではきみより上位に振舞っているじゃないか。まあ、それはきみがあの男を立ててているのも理由のひとつではあるが。率直な話、ダブルスタンダードと呼ぶにはあまりに稚拙な統率システムを霧島明俊に突かれただけだろう」
「それがわかっていてなぜ防がない?」
「だから、これを機に悪癖は一掃するべきだと思ってね。向こうからこちらを排斥するのなら、こちらとしても遠慮なく処罰できるじゃないか」
ようやく、ようやく俺は聖の真意に気付いた。
俺と大地の仲を引き裂こうとしたのは、長門市の連中ですらない、こいつ、牧原聖だということだ。
聖の性格上、直接手を下すようなことはしていないだろうが、長門市が仕掛けてきたのを幸いと助長くらいはしたかもしれない。
自分の望む結果を得るために。
「直以、きみはそろそろ木村大地と袂を分かつべきだ」
俺は咽喉に詰まりかけたつばを吐き出した。
「おい牧原。人の交友関係にまで口を出すとはずいぶん調子に乗ってんじゃねえか」
俺は聖を姓で呼んだ。
聖を庇うように雄太は俺の前に立った。
「そういえばさっきの質問に答えてなかったな。理由は簡単。俺も聖と同じ考えだからだよ。正直、おまえが木村を持ち上げるの、すごい滑稽だぜ」
「そういうことだ。このさい、木村大地にはさっさと退場してもらってきみがリーダーシップを取るべきだろう。私はそのための助力を惜しまない……」
俺は、思い切り息を吸った。
「ふざけんな! 俺と大地はおまえらなんかとは比べられないくらい深いんだ「直以!」……」
突然の鋭い声に俺は言葉を詰まらせた。
俺は、声の主である雄太を睨んだ。
雄太は、困ったように微笑を浮かべた。
「直以……、さすがに言い過ぎだ」
俺は聖を見た。
聖は、顔に笑みを浮かべたまま固まっていた。必死に内心の動揺を表に出さないようにしているのが見え見えだ。
俺は、2、3度口を開けたが声にはならず、大きく舌打ちした。
「……間者の目星はついているんだろうな」
「う、うむ。その辺の抜かりはないよ」
「抜かりばかりじゃねえか!」
俺は聖と雄太に背中を向けた。
「直以、どこに行くんだい?」
「おまえらじゃ話にならん。麻里に会ってくる」
俺は聖に振り返ることはなく、その場を離れた。
くそ、苛立ちが治まらない。
聖と雄太の真意がわからないでもない。
だが、はっきり言って余計なお世話だった。
高校からの付き合いである聖たちとは違い、大地とは本当に幼いときからの仲だし、なにより、ミニバス時代からのチームメイトだ。
小学校4年の時、俺はあの火事に遭った。
それから、俺の学校生活は一変した。間宮環奈を中心としたいじめが始まったのだ。
学校は、本来自分たちに向けられるべき非難の矛先が少しでも俺に向くように、いじめを放置し、それどころか助長していた。
精神的にも肉体的にも追い詰められていく日々、そんな中で唯一手を差し伸べてくれたのが、大地だった。
他校の体育館で行われているミニバスのクラブチームに誘ってくれたのだ。
幸いにして同じ小学校から通っているのは俺と大地だけで、そこで俺に関してとやかく言うやつはいなかった。
以来俺の生活はいじめに遭う小学校ではなく、ミニバス中心のものに変わった。
俺は、大地と、そこで知り合った『あいつ』に救われたのだ。
「あ、なおい~」
足早に歩いていると、前方から麻里の声がした。
そこは、周防橋の端に設けた、最前線だった。
麻里の声に呼応するように、俺の姿を見つけた周りの連中は、歓喜の声を上げた。
そんな中を縫うように麻里は俺の前に立った。
俺の足は、麻里の前で止まった。
……麻里は髪型を変えていた。
セミロングの髪を片側で結っているのだ。そうしてわざと露出するようにされた頬には、一本の赤黒い線が走っていた。
麻里自身の笑顔による印象もあるのだろうが、その姿に悲惨な様子はなく、むしろ、凛々しくて、綺麗だった。
「おかえりなさい。ようやく戻ってきたわねん♪」
「ああ……、さっき着いたんだよ。昼過ぎ頃かな?」
「なによ。隆介が戻ってきてからずいぶん経つのに、今さら会いに来たの? まずは最初に私に会いに来なさいよ」
一番最初には聖や雄太じゃなく、大地に会いに行っていたから。その言葉は胸に秘めて麻里には伝えなかった。
「それで、こっちの状況はどうなってる?」
「それがもうさいあく! 木村のやつが……」
ふと、麻里はなにかに気付いたように言葉を止めた。
「? どうした?」
「あんた、ものすっごく人相悪いわよ。とりあえず顔を洗ってきなさい」
俺は、右手で顔を解した。
「……そんな顔してたか?」
「別に感情を消してロボットみたいになれ、なんて言うつもりはないけど。そんな不機嫌そうな顔を表に出してたら周りが不安になるでしょ? すっごい感じ悪いし」
周りを見ると、確かに俺たちは注目されていて、視線が集まっていた。
俺は、腰に手を当て、思い切り仰け反って背中を伸ばした。
聖の超絶馬鹿のせいで俺の苛立ちは未だに俺の腹の底に燻っていた。それを関係のない人間にまでぶつけるのは確かに問題だ。
「悪い……。出直してくる」
「気分転換なら付き合うわよ」
「やけ酒に付き合ってくれるか?」
「それ、いいわねん♪ 今度、ふたりで飲もっか」
俺は軽く手を振ってその場から離れた。
しばらく歩いて立ち止まる。じっとしていると汗が噴き出してきた。
こんなときは煙草でも吸って蟠りを押さえるんだろうが、手元にはないし、聖から奪いに行くのも癪だ。
こんなとき、昔は、小学校のときはどうしていたか?
そう考えて、苦笑を浮かべてしまった。
あの頃は、『あいつ』とバスケをやっていたこと以外、まるっきり思い出せなかった。
その時だった。
「なおくん!」
俺はその声に振り返った。
一瞬で払拭される蟠り。
俺の目の前に、『あいつ』が立っていたのだ。
次話は本日(3月6日)16時に予約投稿です。