周防橋へ!
涼宮高校に戻った俺はとりあえず必要事項だけを須藤先輩に報告、荒瀬先輩と別れ、後を梨子と紅に任せて隆介だけを連れて周防橋に向かった。
9月5日のことだ。
隆介の運転するバイクのタンデムに乗る俺は、額に張り付く前髪を手で払って後ろに流した。
9月の日差しは未だにきついが、自然の送風はそれを感じさせず、心地よかった。
「直以先輩、そろそろっすよ」
「ああ、わかった」
治安がいい、というべきだろう。周防橋が近づくに従ってゾンビの数は減っていき、今はひとりも見ることはなくなっていた。
「周防橋、大丈夫っすかねえ。けっこうな期間、直以先輩留守だったっしょ?」
「なにかあったのなら須藤先輩が俺に教えてるよ。それに、俺がいなくったって簡単には崩れないだろ。守備に徹するように指示しておいたし、指揮を執るのは大地だ」
「俺、木村先輩って嫌いなんすよね~」
「なんでだよ。あいつはけっこう頑張ってると思うぞ」
「その頑張りのベクトルの方向が気に喰わないっていうかさあ。なんてんだろうな。あの人、親とか教師の望む答えを知ってて、その通りにするでしょ? そういうのって、俺たち不良からしてみればええ格好しいの上に長いものに巻かれてるってのが丸わかりですよね」
「……とりあえずおまえのいう『俺たち』の中に俺は含めるなよ」
こいつ、意外に人を見る目があるのかもな。
というのは、大地は、まさに今隆介が言った部分を持ち合わせているからだ。
実際それが評価されるのは学校でも、社会に出ても同じだったのだろう。
それができずに部活の顧問と対立した俺や、それを嫌う隆介が不良と呼ばれる肩書きを背負わされていたのは、ある意味では当然だったのかもしれない。
突然、隆介がバイクの速度を落とした。
「直以先輩、前、わかるっすか?」
「ああ」
俺たちの進行方向に数人の男たちが立っていた。そいつらは、手を広げて俺たちの行く手を妨げている。
「どうするっすか? 強行突破?」
「馬鹿、どう見たって味方だろうが。止まれ」
「へ~い」
隆介は警戒されないようにゆっくりと速度を落とし、男たちの前で止まった。
バイクが停止した途端、晩夏の猛暑が戻ってくる。
俺は噴き出す汗を拭いながらバイクから下りた。
「お疲れ。ここは相変わらず暑いな」
「おまえらどこから来た? ここから先は立ち入り禁止だ。水と食料が欲しいならここからしばらく行ったところに集合場所があるから、そっちに向かってくれ」
意外にも丁寧な対応。俺たちをどこからか来た流れ者と勘違いしているみたいだけど。まあ、現状テレビが映るわけでも写真が出回っているわけでもない。立場上それなりに姿を晒すことにはなっているが、俺のことを知らなくても仕方ないだろう。
が、どういうわけか隆介はそうは思わなかったらしい。
「あ~ん! てめえらこのお方を知らねえのか!?」
このお方って……。
隆介の威圧に男たちは警戒を強め、武器を握り直した。
俺は、隆介の金髪頭を叩いた。
「大馬鹿。味方脅してどうする気だ。悪い、俺たちは涼宮市の人間だ。素通りできないなら上に掛け合ってくれ」
「……わかった」
そう言って男たちのひとりはその場を立ち去った。俺と隆介は他の男たちと一緒に日陰へと移動する。
「なんか、やけに警戒が厳しくないっすか?」
「台風のときに大地たちは側面を突かれたからな。期日まで近いし、悪いことじゃない」
それから大して間を置かずに、先ほど立ち去った男が何人かを連れて戻ってきた。
その中に見知った顔があった。
門倉健司だ。
健司は渋い顔をしながら俺の前に立った。
「直以、どうにか間に合ったようだね」
「ああ。健司、どうしたんだ? 苦虫みたいな顔して」
「……苦虫がどんな顔しているのかはわからないけど、今、露骨に喧嘩を売られたのはわかるよ」
俺と健司は視線を合わせて笑いあった。
健司は周りの連中に指示を出し、解散させた。
俺は隆介に言った。
「隆介、サンキューな。俺は大地のところに行くからおまえは麻里のところに戻れ」
「直以せんぱ~い。そろそろ俺を直以先輩の直属の部下にしてくださいよ」
「俺に直属の部下なんていないから。ていうかそういう立場にないから」
俺は雄太や麻里、あるいは大地たちとは違って班長や組長といった立場にはない。一応俺専属の部隊というのがないこともないのだが、それは今現在俺の手元にはなかった。
隆介はぶちぶちと文句を言いながらもバイクを引きずって去っていった。その後ろ頭を叩いてやろうかとも思ったが、隣に健司がいるので止めておいた。
「それで、健司。なにか問題があったのか?」
「いや。まったくないとは言わないけど、順調だよ。攻撃準備は整ってきてるし、士気も上がってる。それに……」
健司は、ぼそりとひと言付け加えた。
「直以も帰ってきたし」
健司は歩き出した。俺は後を追って健司の隣に並んだ。
健司はどこか俺との会話を拒否するように、足早に歩んでいく。俺は健司に聞きたいことや話したいことがあったのだが、後で大地と一緒のときでもいいかと思い、無言で歩いた。
周防橋に近づくに従って人の集積度は高まっていく。必然、俺の姿は露出することになる。
それから周りが騒ぎ出すまで、それほどの時間はかからなかった。
「……あれ、直以じゃないか?」
「直以? あれが菅田直以か?」
「あ、本当だ。直以だ。戻ってきたんだ。それじゃあいよいよ攻勢に出られるんだな!」
「おい、直以が戻ってきたらしいぞ!」
遠巻きに囁かれていた話し声はだんだんと大きくなり、その中のひとりが俺に直接声をかけたことで爆発した。
「直以、お帰り!」
「おう、ただいま。待たせたな」
俺の声に合わせるように、歓声が死に急ぐ蝉の鳴き声を掻き消した。
なんだ? なんでこんなに盛り上がってるんだ?
取り囲まれそうになるのをなんとかすり抜け、俺と健司はビルの中に入った。
そこは、大地が本陣として使っているビルだった。
エントランスには弱冷房がかかり、電灯が灯っていた。
「やけに盛り上がってるな。散々我慢してきたってのはわかるが、ちょっと大げさじゃねえか?」
「心当たりはないのか?」
「俺に? あるわけねえだろ。実際俺はしばらくここから離れていたんだし」
健司は肩を竦めると、再び無言で歩き出した。
さすがにエレベーターは使わず、階段で3階まで上がる。健司は、その階の奥まった一室で止まった。
「大地、直以を連れてきたよ」
「ああ、入ってくれ」
その声に合わせて内側から扉が開かれる。
明るい部屋だった。
以前はどこかの企業がオフィスとして使っていただろうその部屋は、大きなガラス張りの窓から直接太陽光が差し込み、かといって暑さを感じられないほど冷房が効いている。
俺は部屋から吹きつける冷たい風に軽く身震いして、室内に足を踏み入れた。
中には、10人ほどの男女がいた。支倉涼子を初めとして、ほぼ全員が見知った顔だった。
大地の取り巻き連中だ。
そして、その中心に立つのは一点の曇りもない好青年。
細マッチョのスポーツマン体型に180を超える長身。
笑顔は万人受けをする爽やかさを保っている。
俺の幼馴染、木村大地だ。
タイのバンコクは渋滞が凄まじいため、車の間を走れるバイクタクシーなるものが流行っています。
そこでどぶねずみはノーヘルバイクを経験したのですが、あれはいいものでした。
あ、日本ではやっては駄目ですよ。・・・本当はタイでも駄目らしいんですけど。
次話は今日の夜には投稿できると思います。
もう少しだけお待ちくださいませ。