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ゾンビもの!  作者: どぶねずみ
八岐市の怪物退治編
82/91

いつかどこかで

 梨子の柔らかい前髪が数本宙に舞った。


 梨子の額を割る寸前で停止した環奈の鉈は、赤黒く変色していた。


 梨子はカチカチと歯を鳴らしながらも環奈を睨み付けた。


 環奈は鉈を梨子の額に突きつけたまま怒鳴った。

退()きなさい! 殺すわよ!」

 梨子は小刻みに空気を吸い、おもいきり首を左右に振った。

 環奈は梨子から視線を逸らし、梨子の後ろにいる俺を見た。

 どこか、すがるような視線。

 俺は梨子の細い肩に手を置いた。

「梨子、もう大丈夫だから」

 梨子はゆっくりと俺に振り返ると、膝から崩れ落ちた。まったく、無理しやがって。


 俺は梨子の前に出て環奈に相対した。


 環奈も、梨子という障害物を廃して本来の目的であった俺に対峙する。


「環奈、どういうつもりだ?」

「……るさい、うるさい! どういうつもりですって? そんなの決まってるじゃない!」

「珠樹の仇討ちか?」

「そうよ!」

「違うだろ」

 環奈は口をひきつらせ、溢れ出した激昂を吐き出すように、鉈を地面に投げ捨てた。

「なによ! 知ったような顔をして見透かしたようなふりして! 私の、私のなにがわかるのよ!」

 俺は環奈から視線を外し、周りを見た。『敵』は5人。運動をしていたのか、それとも身体を動かす仕事をしていたのかはわからないが、全員が鍛えられた体格をしていた。

 俺の視線が外れたことで環奈は気を取り直したのか、それとも無言になることに耐えられないのか、ひたすら口を動かしていた。

「フン! 馬鹿じゃないの、ちょっと気を許したぐらいで私のことを信用してさ! あんたは、直以は私に信用されてるとでも思っていたの! 珠樹の仇のくせに!」

 俺は視線を環奈に戻した。

 環奈は息を詰まらせ、話すのを止めた。

 代わりに聞こえてきたのは、周りの男たちの下卑た声だった。

「環奈、こいつの言うとおり、もう話はいいよ。さっさと殺しちまおうぜ」

「ああ、女は殺すなよ。使い道があるからな」

 なにが面白いのか、男たちは笑い声を上げる。

 梨子は、腰を抜かしたままでありながら環奈を含めたそいつらを睨み付けた。

 俺は梨子を安心させるためにそっと梨子の背中を撫でた。

「……嫌な笑い方だ」

 自分の優位を確信した、相手をなぶるための笑い方だ。

 まあ、6対2、実質敵は俺だけだし、その俺が手ぶらとあっては舐められて当然かもしれないが。

 俺は環奈の後ろにいる、一番声のでかい男に視線を向けた。こいつは、確か公民館にはじめて来たときにやった会議に出席していたやつだ。

「理由ぐらい教えてくれよ。これでも俺たちはおまえらに協力しているつもりだったんだぜ」

 男は、初めて笑いを収めて俺を睨みつけてきた。

「おまえらは邪魔なんだよ! 俺たちは今まで一丸になって頑張ってきたんだ。それが、おまえらが来てからバラバラだ!」


 俺は笑ってしまった。苦笑というか失笑というか……。これでもわれて行動していたつもりだけどなあ。


 今、八岐市の連中は一丸になってスカベンジャー退治をしているはずだ。にも拘らずこいつは現状がバラバラであるという。

 この齟齬はどこから来ているのか?


 俺は、齟齬の中心にいる人物を大声で呼んだ。



「いるんだろ? 出て来いよ、ひげ面!」



 俺の呼びかけに影から出てきた男は、やはり他の男たちと同じように下卑た笑い方をしていた。

「やあ、菅田くん。頑張っているようだね!」

 相変わらずの厚顔さで俺に声をかけてきたのは、八岐市のリーダー、前野誠一だった。

「ずいぶんと舐めた真似してくれるじゃねえか」

「君は目上のものに対する言葉遣いがなってないね」

「気にすんな。相手を選んで喋っているから」

 俺はそっと梨子を抱き寄せた。梨子の手が俺の背中に回るように誘導する。

「まったく、てめえの統率力のなさを人のせいにするってのはどういう了見なんだかな」

「我々は我々でうまくやっていたんだよ。君がそれを乱したんだ」

「そうは思えないけどな。ついでに言っておくと俺は大したことはしてないよ。八岐市の人は自発的に行動を始めたんだ」

「どっちにしても切欠は君だった。やりすぎたんだよ。余計なことをしてくれたものだ」

「要するにてめえは自分が中心にいないのが気に入らないってわけだ。ああ、それとも……」

 俺は、嘲笑するように言った。

「初めて会ったときに紅にぶっ倒されたのを根に持っていたのかな?」

 前野の顔から笑みが消えた。

 おそらく、その成分は微量だっただろう。だが、まだ少女に分類される紅に倒されたのは事実だし、のど元に刃を突きつけられたのは恥辱だったのだろう。

 そのときの記憶が、前野を刺激した。

「……もうお喋りはいいだろう。環奈、こいつらを殺せ」

「……」

 環奈は下を向き、動かなかった。

 前野は舌打ちをすると、他の男たちに命じて俺と梨子に武器を向けさせた。

 前野は余裕を持って右手を上げた。

 後はその腕を振り下ろし号令を下すだけだ。それで周りの男たちは俺たちに向かって一斉に攻撃を開始する。



 前野は一度息を吸い、だが、号令を発することなく、右手を上げたまま固まった。




 乾いた発砲音。




 俺と、俺の横で座っている梨子以外の全員が凍った。


「やっぱり、銃って難しいね。外しちゃった」

 梨子の手には俺の背中から抜き取った拳銃。銃身からは微かな火薬の臭いと煙が上がっていた。


 俺は梨子に手を差し出す。

 梨子は演技掛かった仕草で俺の手を取ると、ゆっくりと立ち上がった。


 右手を上げたままの前野の頬はひげと皮膚が削げ落ち、鮮血が滴り落ちていた。


「形勢逆転だな」

 もはや俺たちに下卑た笑みを向けるやつらはいなかった。ただひとり、環奈だけは久しぶりに再会した時と同じ敵意を俺に向けてきていた。

「……大丈夫よ。一斉にかかれば取り押さえられるわ」

「かもな。だけど、その過程で何人が撃たれるんだ?」

 環奈は言葉を詰まらせる。そして、この中に自分の命を賭してまで俺たちに向かってくる男はひとりもいなかった。

 俺は梨子から拳銃を受け取った。

「それより、いいのか?」

「……なにがよ」

 俺は環奈から視線を外し、銃口を前野に向けた。


「おまえら全員、俺の射程内だぞ」


 それが合図になった。

 まず、前野が逃げ出した。それを見て他の男たちも俺に背中を見せる。

 環奈だけが身動ぎせずに俺を睨みつけていた。


「だいしょうり~~!」

 俺と梨子はハイタッチした。

「さっきの銃声を聞いて荒瀬先輩たちもこっちに来るだろう。そしたらさっさとここから離れよう」

「うん♪ とんだ寄り道になっちゃったね」

 梨子は嬉しそうに一歩俺の前に出た。が、ぺたんとその場にへたり込んだ。

 そのまま俺の顔を見上げ、えへへと笑った。

「まだ足に力が入らないみたい」

 俺は、梨子の膝の下と脇に手を入れると、お姫様抱っこで持ち上げた。

「まったく、もうあんなことはするなよ。環奈が本気だったら死んでたぞ」

 梨子は少し驚いた顔をして、立ち尽くしている環奈を見た。

「……本気じゃなかったの?」

 環奈は答えない。だから、俺が代わりに答えた。

「あの鉈、けっこう重いんだよ。女の細腕で本気で振り下ろしたら途中で止められなかっただろ」

 環奈は俺の言葉を肯定するように俺から顔を背けた。



 そのときだった。



 建物の影から覗く影があった。

 環奈はその影に声をかける。

「前野……さん?」

 返事はない。

 代わりに聞こえてきた音は、生理的嫌悪感を催すものだった。


 うじゅる。


 背筋に走る悪寒。

 俺は慌てて梨子を抱えたまま一歩下がった。瞬間、俺の足元でなにかが爆ぜた。


 砕けた頭蓋、飛び散る脳漿。

 わずかに原型を残す黒い部分がひげだと認識できたことで、これが前野の生首だったことがわかった。

 俺は梨子をかばうように身体の向きを変えた。途端、元いた場所になにかが飛んできた。

 今度は、腕だった。

 スカベンジャーが前野の身体を千切り、触手で俺に向かって投げつけているのだ。

「取り残しかよ!」

「そんなはず、そんなはずない! ちゃんと7匹倒したはずよ!」

「じゃあ、こいつはなんだよ!」

「……8匹目?」

 その声は俺の腕の中から聞こえた。


 梨子だ。


 その声で俺は冷静になれた。

 思わず失笑を顔に浮かべてしまう。

 敵は7匹だと決め付けていた。

 実際は八岐市の連中も敵だったし、さらにはもう一匹いたわけだ。

 もしここに聖がいたのなら、どんななじられ方をしたか。


 俺は投げつけられた前野だったものの胴体を飛んでかわした。

「環奈、梨子を頼む!」

「わかった!」

 俺は放り投げるように抱えていた梨子を環奈に渡すと、注意を引くために拳銃を空になるまで乱射した。

 スカベンジャーはその身体に数箇所の穴を開けたが、致命傷にならず、触手を鳴らして俺に向かってきた。

 速い!

 俺は慌てて側に落ちていたバックを拾い、スカベンジャーに投げつけた。

 スカベンジャーの足は止まらない。だが、十分だ。俺が投げつけたバックは割れた火炎瓶が入っていたものだからだ。


 あとは火を点けるだけ。

 だが、その火の元がなかった。


 俺は横っ飛びに飛んだ。スカベンジャーはもの凄い勢いで俺の横を過ぎ去り、そのまま車に衝突し、車を横転させた。


 俺は辺りを見渡した。

 足元には環奈が投げ捨てた鉈。俺はそれを拾った。

 途端、背中に衝撃が走った。

 いつの間にか、俺は地面に仰向けに倒れていた。

 足首に違和感。そこには、触手が巻きついていた。

 俺は、おもいきり引き倒されたのだ。


 次の瞬間には俺は触手で空中に放られていた。


 死ぬ前のスローモーションというやつだろうか、音が消え、やけに周りが鮮明に見えた。


 目を見開く梨子と環奈の顔。

 落下地点には大きく口を開けるスカベンジャーの窪み。あの中に落ちたら俺はすり潰されて死ぬのだろう。

 逃げようにも空中であることと、足首に巻きついた触手に身動きが取れない。


 あ、こりゃ死ぬな。


 諦観を抱き、避けられない死を覚悟する。


 が、急に音の本流が溢れ始めた。


 豚の鳴き声のようなスカベンジャーの悲鳴。

 次いで起こった衝撃は、俺がまだ生きていることの証明だった。

 窪みの中に落ちなかった俺は、固いゴムのようなスカベンジャーの身体の上に乗っていた。足に巻きついた触手も解けている。

 理由はすぐにわかった。

 切断された触手が路上に転がり、しかもスカベンジャーの身体に深々と消防用の斧が刺さっていたのだ。

 触手を切られたスカベンジャーは、途中でコントロールを失って俺を上に落としてしまったのだろう。

「この斧を100メートル以上の遠投って、相変わらず化け物だな」

 俺は斧の柄を蹴飛ばし、勢いをつけて転げ、スカベンジャーから降りた。

 視線を走らせると、一瞬だけ梨子と目が合った。

 梨子は、青ざめた顔に安堵の表情を浮かべていた。


 軽い自己嫌悪。この程度のことで、俺はなにを諦めていたんだが。


 よく見ると、このスカベンジャーには無数の切り傷があった。しかも、刺さっているのは斧だけではない。

 細長い棒。俺の使い慣れた戈の柄だった。

 こいつは、初日に公園に現れたやつか。


 スカベンジャーは触手を波打たせ、捕食し損なった俺を威圧した。

 俺は鉈を肩に担ぎ、スカベンジャーに向かった。

「おまえには恨みはないけど……、喰われてやるわけにもいかないんでね。決着をつけるか、蛸もどき」

 どうせあと1分も掛からず荒瀬先輩が駆けつけてくれる。だが、それまで逃げて待っているのも癪だ。もう少し突っ込むなら、たかだか1分だけだとしても、逃げ切れる自信もない。


 なら、やるしかない!


 俺とスカベンジャーは同時に前に出た。


 触手を伸ばすスカベンジャー。俺はそれをフルスイングで迎え撃った。

 手首に走る衝撃、触手の半分が切断され、鉈には大きな刃毀はこぼれができる。

「っち!」

 二撃目の触手を身体を滑らせてかわし、胴体に斬撃を喰らわせる。


 上がる悲鳴。わずか10センチ程度の切り傷からはごぽりと赤黒い血が零れ落ちた。

 ダメージは与えている。だが、この程度では致命傷にはならない。

 そんなことはわかっている。

 荒瀬先輩で無理だったのだ、正面から戦って俺に倒せるわけがない。

 やはり、こいつを倒すには火で攻めるしかない。


 身を屈め、スカベンジャーの連撃をかわし、横から振るわれる触手を大きくステップバックしてやり過ごす。


 そのとき、足が水溜りを踏んだ。いや、それは水ではなかった。

 火炎瓶の入ったバックを落としたときにできたガソリンだった。


 眼前には猛進してくるスカベンジャー。



 俺は、鉈を大きく振りかぶり、思い切り地面に叩きつけた。



 アスファルトに飛び散る火花はガソリンに引火し、炎は一瞬で燃え上がった。

 俺への攻撃を止められなかったスカベンジャーはその炎の中に突っ込む。炎は、さきほどぶつけたバックに燃え移り、一気にその火勢を大きくした。



「直以お兄ちゃん!」

 梨子が駆け寄ってくるのを俺は手で制した。

 スカベンジャーは文字通り火達磨になって転げ回った。

 触手を暴れさせ、のた打ち回るスカベンジャーはやがて動きを小さくしていき、その活動を止めた。

 俺はその一部始終を、一瞬も目を逸らさずに見続けた。

「直以先輩、お疲れ~っす。銃声が聞こえたけど、まだ一匹いたんすね」

 その声に振り返ると、そこには隆介、紅、荒瀬先輩。それに八岐市の連中が大勢いた。

 俺は環奈を見て苦笑した。

 隆介たちと行動を一緒にしていた連中は俺たちを仲間と見做し、健闘を讃えてくれている。俺たちを狙ったのは八岐市の一部であり、全体の総意ではない、てことにしておこう。


 と、俺と環奈の間を遮るように紅が立った。

「直以先輩、大丈夫でしたか? お怪我はありませんでしたか?」

 紅は細くてひんやりした指先で俺の頬から首を撫で、脇腹から胸までを撫で上げ、腰から尻を撫で下ろした。

 こいつは、本気で俺を心配してくれているのか、それとも俺の情欲を煽ることにくらい情熱を燃やしているのかわからんなあ。

「……紅、大丈夫だから」

「本当ですか?」

 俺は身を寄せてくる紅の肩を押さえて止めた。

「ああ。梨子に助けてもらったからな」

「うん、貸しいち~♪」

 俺は紅から離れ、梨子のちっこい頭を撫でると、荒瀬先輩を見た。

「そっちは大丈夫でしたか?」

「ああ、多少てこずったがな」

「それじゃあ、さっさと帰ることにしましょう。後はここの連中だけでなんとかなるでしょう」

「うえ~、休憩なしっすかあ?」

「ああ、すぐに出発するぞ」

「せっかくなんだから、今日くらいは滞在したらどうだい?」

 そう言ってくれたのは八岐市の人だ。

「そうだよ。今夜は祝勝会だし、君たちは功労者なんだから」

 周りからは同意の声が上がってくれる。嬉しい話だが、応じることはできない。

 俺たちが生きていて前野が死んだとわかれば再襲撃される可能性は低くないだろう。

 危険なこの場所からはさっさと逃げるに限る。

「ありがたいけど、こっちにも事情があってね。なにかあったら涼宮市に来てください」

 惜しんでくれる声を聞きながら、俺たちは車に乗り込もうとした。


 一瞬、目の前に閃光が走った。次の瞬間、辺りに金属音が響き渡る。


 ……俺の足元には、アスファルトに突き刺さって尚刃毀れひとつない戈の刃があった。

 あまりのことに声も出ない。自分の心音がやけに大きく感じられた。

「あ、あぶな! 直以先輩、大丈夫っすか?」

「びっくりした~! あと少し前に出てたら頭に刺さっていたよ」

 合理的に分析するなら、スカベンジャーが炎に塗れて暴れ回っていたときに飛んでいき、今、たまたま落ちてきたってこと、なのか?


 俺は戈を足で小突き、それから、焦げた肉片がこびり付いて黒く変色したそれを持ち上げた。

「まあ、おまえとは相性もいいしな。持って帰るか」

 そう言って後部座席に放り込む。



 車は、初日に調達したワンボックスカーだ。

 運転席に隆介が座り、助手席に荒瀬先輩。さらに梨子と紅が乗り込み、後は俺が乗り込むだけとなった。


「直以お兄ちゃん、早く早く」

「……ああ」

 俺は、車に足をかけ、止めた。

 背後に視線を感じたからだ。

 俺はその視線に振り返った。

「あ……」

 俺の動作が意外だったのか、環奈は俺を見て固まった。

 俺は、環奈に笑顔を向けた。

「じゃあな、環奈。俺は行くよ」

「あ、直以!」

 声調すら整わない環奈の叫び。

「私、ずっとあなたに言いたいこと、言わなくちゃいけないことがあって! でも、言えなくて……」

 俺は首を振って環奈を制した。

「おまえは、なにも言わなくていい。ずっと俺のことを恨んでくれていていい。俺は、それだけのことをしたって自覚してるから……」

「……私に、謝らせてはくれないの?」

「俺も、環奈にずっと言いたいことがあったんだ」

 環奈は俺の目を見た。

 俺も環奈を見返す。

「俺はあのときのことを今でもよく思い出すし、後悔している」

「……」

「俺は、今も、これからも、一生あのときのことを後悔し続けるよ」

 環奈は、わずかに下を向き、再び顔を上げたときには、最高の笑顔を俺に向けていた。

「ひどいやつ。私にもそれに付き合えっていうの?」

 俺は環奈に笑顔を向けた。


 秘密を共有するような、俺と環奈しかわからない共感。


 俺たちは、やっと火事の以前の関係に戻れるんだと、そう思った。


「直以お兄ちゃん、まだぁ?」

「ああ、今行く」

 俺は、環奈に背を向けて車に乗り込んだ。

 車内から環奈を見る。

「じゃあな、環奈。いつかどこかで、生きて会おうや」

「ええ、じゃあね、直以。いつかどこかで、ね」

 扉は閉まり、車は走り出した。

 見る間に環奈の姿は小さくなり、見えなくなった。

「お疲れ様、直以お兄ちゃん♪」

「ああ、おまえもお疲れ、梨子」

「これで本当に休暇は終わりだね。聖お姉ちゃんと雄太お兄ちゃん、元気かなあ」

 楽しそうに話す梨子の声を聞きながら、俺は視線を窓に向けた。


 窓には、美笑を浮かべる女性が現れ、消えた。








 後日談。


 その後、環奈たちは八岐市に残り、生き残るために行動を開始するが、駄目だった。

 じわじわと押し寄せてくるゾンビたち。

 勢力を伸ばし始めた他団体の圧力。

 なにより、これから迎えるのは、秋であり、冬だった。

 結果、環奈たちは八岐市を捨てて、他の地に移住することになる。

 その先は、涼宮市ではなく、谷川村だった。


 そこで環奈は梨子の強力な味方になってくれるのだが、それはまだ先の話。

誤字修正

最後の長門市は谷川村でした。

いや、失敬。まっるきり意味が違うものをさらしていました。

申し訳ありませんでした。

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