私たちは頑張れるから
俺と環奈が持ち帰ったスカベンジャーは火に弱いという情報に、八岐市の連中は色めき立った。
今すぐにでも討伐に行こうとする連中を必死に宥めると、俺は一息ついてイスに腰掛けた。
「お疲れ様」
「ああ、サンキュー」
俺は梨子から渡されたコップに口を付けた。冷たい麦茶だ。ありがたいことに氷が浮いていた。
「でも直以お兄ちゃん。ひとりで勝手に動くのは控えてください。急にいなくなってびっくりしたんだよ」
そういえば、環奈に声をかけてなし崩し的に市役所への偵察に行ったんだっけ。
「私、とは言わないけど、せめて隆介くんか紅ちゃんと一緒に行動してよ」
「おまえ、口うるさいね」
「もう! 本当に心配して言ってるんだよ!」
「はいはい、気をつけるよ」
俺は口に氷を入れて噛み砕いた。梨子はすねたようにアヒル口を作って俺を睨んでいる。
俺は露骨に話題を変えた。
「他のやつらはどうしたんだ?」
「隆介くんは荒瀬先輩と食料調達と、あと酒屋さん行ってる」
「酒屋?」
「なんでも火炎瓶を作るのに、空き瓶を調達するんだって」
「ああ、ビールとかの空き瓶のことか。それじゃあ紅は?」
「紅ちゃんは八岐市の人と火炎瓶作るんだって。八岐市の人に作り方教えるって言ってた」
「ふ~ん。紅のやつ、下手に危険な知識持ってるよな」
「そんで私は直以お兄ちゃんのお世話焼きでっす♪」
「……」
「それでそれで私は直以お兄ちゃんのお世話焼きで~す!」
「おまえが俺にどんな反応を期待しているのかがまるっきりわからんのだが」
俺は麦茶を一気に飲み干すと、イスから立ち上がった。
「どこ行くの?」
「紅のところ」
紅はすぐに見つかった。ふたり一組で、お手製の漏斗で瓶にガソリンを注ぎ込んでいる。
う~ん、やっぱりこいつ、美少女だな。やっていることは大工場の流れ作業だが、なんか、こいつひとりだけ輝いてる。
そんなことを考えていると、右腕に痛みが走った。梨子に引っ掻かれたのだ。
「いってえ! なにすんだ」
「……知らない」
そう言ってそっぽを向くうちの妹。そのやりとりに気付いたのか、紅は作業を中断して俺たちのところに来た。
「直以先輩、お疲れ様です。どうかしましたか?」
「いや、なんかやることないかなって思って」
「それならば、どうか休んでください。明日、直以先輩は働くことになるでしょうから」
俺は頭を掻いた。
俺の心の奥に、なにやら言い表せない不安感があった。
八岐市は行動を始めており、スカベンジャーの弱点もわかった。
多くの面において前向きに物事は進んでいる。
なのに、どうしても拭いきれない不安感。
「直以先輩」
紅は、俺の顔からなにかを読み取ったのか、ずずいと近づいてきた。
吐息のかかる距離で、紅は八岐市の連中に聞こえないように言った。
「……武器の調達は本当にやらないでよろしかったのですか? 必要なら今からでも相当数の銃器を用意できますが」
「……ああ。大丈夫だ」
正直に言うと、銃器を渡して任せられるほど俺は八岐市の連中を信用していなかった。使わないで済むならそれに越したことはないだろう。
「……紅、話が終わったのなら離れて。あと梨子、俺を睨むのはやめろ」
梨子がいるからだろう、紅は素直に俺から離れた。
と、そこで俺は声をかけられた。環奈だ。
「直以、明日のことで話があるの。ちょっと来て」
「ああ、わかった。梨子、俺のことはいいから紅の手伝いをしてやって」
「……は~い」
少々の間があったが、梨子は素直に返事をした。
俺は梨子と紅から小走りで離れた。
「仲がいいわね。付き合ってるの?」
「……どっちと?」
「どっちって。ああ、そういえばあんたに妹なんていなかったっけ」
「梨子は妹分ってやつだ。紅は……、まあ、気の置けない後輩だな」
「別にあんたの性癖についてとやかく言うつもりはないけど、相当歪んでるわよね」
「うるさいよ。そういえば環奈。麻里は覚えているか? 井草麻里」
「麻里ちゃん? 確かアメリカに引っ越したのよね。うわ~、懐かしいな、元気なの?」
「ああ。おまえの記憶じゃあ小太りのままかもしれないけど、今は痩せて、しかもけっこうもててるぜ」
「よかった、生きてるんだ。久しぶりに会いたいな」
「ああ、会えるよ。今あいつは俺と一緒に涼宮高校にいるから……。なあ、環奈」
「ん、なに?」
俺は唇を舐めてから、環奈に言った。
「涼宮市に来ないか?」
環奈は、即答しなかった。
「もう市役所には食料はない。なら、もう土地に拘る必要はない」
環奈は、口に微笑を浮かべたまま下を向いた。
「ぶっちゃけスカベンジャー退治なんてしなくてもいい。する意味なんて、もうないだろ?」
「意味は、あるよ」
環奈は、視線を上げ、強い眼差しを俺に向けてきた。
「今、私たちは、やっと、やっと前向きになってやり直そうとしている。そのためのイニシエーションとして、スカベンジャー退治は絶対に必要なことよ」
「それは、命がけでやることなのかよ」
「……誘ってくれたのは嬉しいわ。でも、まだ私たちは頑張っているから。だから、今はいかない。まだ、私たちは頑張れるから」
そう言うと、環奈は話を切り上げて俺に背を向けた。
俺は、無言でその背中を追いかけた。
今回は短くてすいません。シーンの切り替えに次話と今話をぶった切りました。
次話は36時間以内に投稿する予定です。
具体的に言うと今日中に書き上げて、少し寝かせて誤字脱字チェックしてからの投稿予定。