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ゾンビもの!  作者: どぶねずみ
鈴宮高校開放編
8/91

雄太との会話

 学校ってところは探してみると結構な凶器が転がっているもんだ。

 野球部の金属バット、剣道部の木刀、ゴルフ部のアイアン。

「っと、この部屋はこんなところか?」

 雄太はキャディバックに入るだけのアイアンを入れて言った。

「ゴルフボールって使えないですかねえ?」

 遠野はゴルフボールを手の平の上で転がしていた。俺はそれを摘み上げた。結構な硬さだった。

「う~ん、使えそうな気もするんだけど、使い方が思いつかないなあ」

 伊草あたりならきっと想像も付かない凶暴な使い方をするんだろうが、俺には使えそうにないな。

 遠野は俺に背を向けて再び棚を物色し始める。


 俺は窓から外を見た。

 満開の桜が風に舞い散っている。

 春の美景だ。数時間前、ゾンビどもがはびこる前だったらきっと目にも留めなかった景色。

「あ~あ、いい天気だな」

 雄太は俺の隣に座り、窓を開ける。

 生暖かい風とサクラの花びらがゴルフ部の部室内を旋回した。

 俺は花びらを追って部室内に視線を移した。

「そういえば荒瀬先輩は?」

「園芸部の部室に用があるってひとりで行ったよ。なんかそれがあの人の目的っぽかったな」

 まあ、荒瀬先輩ならひとりでも平気だろう。

 部活棟には当然だがゾンビどもがいた。だが、そのゾンビどもは荒瀬先輩に倒されていった。

 ゾンビの髪を掴み、そのまま片手で外に放り捨てるところを見たとき、俺たちは絶句してしまった。

 荒瀬先輩は俺たちの安全を確保してから別行動をした。なにも言わないが、ちゃんと俺たちのことを考えてくれていたわけだ。


 遠野は四つん這いになり、棚の下のほうを漁っていた。

 化粧といえばリップ程度の地味っ子はスカートの丈も短くなく、お約束のパンツ丸見えはなかったが、小さな尻は左右に揺れていた。

 セクシャルというよりはどこか小動物って感じで和む光景だ。

「あいつは一生懸命だなあ」

 俺と一緒に遠野の尻を見ていた雄太が小声で言った。俺も小声で答える。

「必死なんだよ」

「必死、かあ……」

 雄太は、少し考えて言った。

「俺には無理そうだ」

 俺は遠野の尻から目を離し、雄太を見た。雄太は驚いて俺を見返してきた。

「なんだよ、俺、なにか変なこと言ったか?」

「ああ、ロックンローラー青井雄太のセリフじゃねえだろ、それ」

「おまえは俺をどんな目で見てるんだよ」

 雄太は俺から目を逸らした。

 俺は、言った。

「自分の人生に自分の命を賭けるなんて当たり前だろ」

 雄太はその言葉に覚えがあったのか、渋い顔をした。






 あれは去年の秋から冬の、季節の変わり目のときのことだ。

 当時の俺はバスケ部を辞めて、特にやることもなくて、それで、常に苛々していた。

 聖と一緒に煙草を吹かし、ニコチンで自分の感情を制御していた頃だ。

 常に不機嫌な俺に日頃友人関係にあったやつらも自然と離れていき、俺は孤立していった。

 授業と授業の合間、俺は特になにをするでもなく教室を観察した。部活していた当時だったら寝て過ごすこともできたが、部活を辞めて体力の余っている俺は、寝ることもできなかったのだ。

 結果、やることもない俺が自然に始めた行動だった。


 そこで俺は青井雄太を知った。

 こいつは、わざと周りに嫌われることをしていた。わざと神経を逆撫ですることを言い、わざと対立を煽るようにする。

 おそらく、集団の中にいれば気づかないだろう。だが、集団の外にいた俺には気が付いた。

 雄太の言っていることは全面的に正しく、また、雄太が示したように集団はまとまっていくのだ。

 ちょっとした行き違い、趣向の違いによる対立。それらの問題が発生すれば雄太は自分から首を突っ込み、かき乱す。そして、問題を解決する。雄太の疎外という副作用を残して。



「おまえ、なにやってんの?」


 ある日の放課後、たまたま居合わせた雄太に俺は聞いた。

 おれの言葉を理解してかしないでか、雄太は答えた。

「さあな。俺にもよくわからないよ」

「ただのマゾかよ。それとも自己犠牲に酔ってやがんのか?」

「どっちでもないな。強いて言うなら、俺はエゴイストなんだよ」

 雄太はそう言って爽やかな笑顔を俺に向けた。

「地球の裏側で餓えている子供のことなんかは知ったことじゃない。だけど、目の前で俺がなんとかできる問題ならなんとかしたいだろ?」

「自分を悪者にして、か?」

「それが最善なら。ほら、俺って不器用だからどうしてもそうなっちゃうんだよ」

「おまえのは不器用じゃなくて間抜けってんだよ」

 俺は、笑った。雄太もつられて笑った。



 それから俺たちの交友は始まった。自然に俺たちのところに聖も来るようになり、俺たち3人はつるむようになった。

 雄太の問題ごとに口を出す性格は変わらなかった。俺と聖も雄太を手伝うようになった。

 結果俺たち3人は校内で嫌われていくが、正直そんなことはどうでもよかった。


 俺と聖の手伝いは校内だけだった。校外での雄太の行動は目も届かないしそこまでは知ったことじゃない。

 俺と聖の手伝いは、自分に損のない、プライベートを阻害されないレベルで、というのが暗黙の了解だった。


 だが、そんなことを言っていられないことが起こった。雄太が、大学の空手部とかいう連中に囲まれたのだ。

 後に知ったことだが、そのときのことは、女絡みだった。

 雄太は見た目だけはファッション誌のモデルが即務まるほどいい。当然言い寄ってくる女も多いが、雄太はいつものように毒舌で返すか無視する。

 そうされた女の一人が逆恨みして知り合いの男に制裁リンチを頼んだとのことだった。


 俺が駆けつけたときには手遅れだった。すでにリンチは終わっており、実行者は影も形も見えなかった。

 俺はぼろ雑巾のようにうずくまる雄太に言った。

「おい、生きてるか?」

「……なんとか」

 雄太は仰向けに寝転がり、青タンの浮かんでいる顔で笑みを作った。俺も笑みを浮かべ、胡坐を掻いて座った。

「ったく馬鹿が。いつかこうなると思っていたぜ」

「俺も……」

「そのうち殺されるぞ」

 雄太はそれを聞くと、血の混じったつばを吐いて笑った。

「いいな、それ。命がけかぁ」

「笑い事じゃないだろ」

 雄太は仰向けで寝転んだまま、笑いを収めて、それでも口元には笑みを浮かべて、それであの言葉を言ったんだ。


「自分の人生に自分の命を賭けるなんて当たり前だろ」


 雄太は右腕を折り、肋骨と頬骨にヒビが入る怪我をした。

 だが、本人自身はあっけらかんとしたもので、入院もせず1日休んだだけでいつも通り周りから嫌われる日々を続けた。

 本人曰く、骨折のせいでギターが弾けないのが唯一悔しいと言っていた。

 空手部員と逆恨みした女がどうなったのかは俺と雄太は知らない。だが、推察はできる。

 聖の吸う煙草の銘柄が良質のものに代わり、羽振りがよくなった理由はなんだってことだ。





 俺はゴルフ部の部室内に入り込んでくる桜の花びらを指で摘まんだ。息を吹きかけると花びらは舞い、どこかに消えていった。

 雄太は天井を見上げて言った。

「くだらないことを覚えてるなあ」

「あのときの気概はどうしたんだよ。命を賭けるんなら、今なら不足ないだろ?」

 雄太は目を閉じた。言葉を選んでいるようで、しばらく無言でいたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「俺は、死んだんだ」


 瞳を開け、微笑を浮かべ同じ言葉を繰り返す。

「俺は死んだんだよ」

「……どういう意味だよ」

「直以。おまえが軽音部に入ってきたとき、俺の足元に転がっていたゾンビを覚えているか?」

「……いや」

「あれ、俺の彼女」

 俺は、なんて答えればいいのかわからなかった。

 雄太に彼女がいたことにも驚きだが、その彼女がすでに死んでいるのに、俺はどう反応すればいいのかすらわからない。

 ふと見ると、遠野の尻も揺れが止まっていた。あいつ、盗み聞きしてやがるな。

 雄太は言った。

「最初、ゾンビどもがうちの学校を襲い始めた頃、俺と数人の軽音部員は授業をさぼって部室で管を巻いていたんだよ。だけど、だんだん騒ぎが大きくなってきて、特別棟から部活棟にもゾンビが入ってきて……。それで、何事かって廊下に出てゾンビどもに襲われて……」

 雄太は俺から視線を外し、下を見た。

「俺たちは慌てて部室に逃げ込んだんだ。だけど、そのときに俺の彼女はすでに噛まれていた」

 雄太は目を閉じた。俺は雄太から視線を外し、泣くのを見ないようにしてやった。

「しばらく苦しんで、俺の彼女はゾンビになって他の部員を襲いだした。何人かは彼女に噛まれてゾンビになり、他のやつは部室から逃げていった。たぶん、逃げたやつらは外でゾンビに襲われたんだろうな。悲鳴が聞こえたから」

 生暖かい風が部室内に吹き込んだ。ゆっくりと、雲が太陽を隠した。

「彼女は俺も襲ってきた。俺は、俺は……」

 雄太は、震える声で言った。

「彼女を殺した」

 俺は、なにも言えなかった。どんな慰めの言葉も安っぽく思えたし、雄太自身も慰めなんて求めていないだろう。

「俺の、青井雄太のアイデンティティなんて明確なものはないけど、だけど、俺はあのとき死んだんだ」

 雄太は顔を上げた。

「それから、血の赤以外の色が全部抜け落ちた。血だけはやけに精彩でさ。ギターにペンキで塗りたくったみたいにこびりついてるんだよ」

 雄太は涙に濡れた目を拭い、声調を一段上げた。

「色がわからないんなら音だって思ってさ。俺はアンプにギターを繋いで、かき鳴らしたんだ。本当に死ぬつもりでな」

 あのときの演奏は、そういう経緯だったのか。

「ゾンビが群がってきて、もうすぐ俺は喰われて死ぬ。そうなるはずだったんだ。だけど、おまえが部室に駆け込んできた。その瞬間、俺に色が戻った。俺は思い出したんだ。俺は彼女を失ったけど、まだおまえが、直以と聖がいたんだってな」

 雄太は急に話の内容とはまるっきり逆の悪そうな笑みを浮かべ、俺の手に握られているゴルフボールを取った。そして、それを緩やかな弧を描くように投げ、遠野の尻にぶつけた。

「ぎゃひ~~ん!」

 遠野は飛び上がって立ち、スカートを押さえて、なぜか俺を睨んだ。

「いや、今の俺じゃないぞ」

 遠野はそれでも俺を睨んでいた。だが、その瞳には揺らぎがある。盗み聞きしていたことがばれていて、気まずいのだろう。

「梨子、安心しろよ。おまえに聞かれたくない話なら直以と2人のときに話したよ」

 遠野はきょとんとして雄太を見た。

「梨子にも俺の話を聞いておいてもらいたかったってことだよ」

「う~~、そんなこと言われてもこんな重い話、消化できませんよ~~」

 眉を寄せる遠野の顔を見て、俺と雄太は声を上げて笑ってしまった。

 雄太は笑っている。こいつは強いな、俺は素直にそう思った。

「もう! 笑う人にはいいものをあげませんよ!」

「いいもの?」

 遠野はいたずらを思いついた子供のような笑みを浮かべると、眼前にそれを差し出した。

「じゃ~~ん!! 板チョコでーっす!」

「板チョコ? 食べれるのか?」

「大丈夫ですよ。賞味期限は来月ですもん」

「……駄菓子の賞味期限って長いよな。来月賞味期限って相当長いこと放置されてたんじゃ」

「食べないんですかあ?」

「いや、食べる食べる」

 遠野は嬉しそうにチョコを3等分して俺たちに渡した。

 チョコは口の中で甘く広がり、疲れと一緒に溶けていった。

「ん~~、おいしい♪ 荒瀬先輩には内緒ですよ」

「あん? 誰には内緒だって?」

 遠野は比喩ではなく30センチほど飛び上がった。遠野の背後には、荒瀬先輩が立っていた。

 荒瀬先輩は遠野が胸元で抱えているチョコの銀紙を見て苦笑した。

「別に取らねえよ。そろそろ戻るぞ」

 俺は木刀やバックを詰めたボストンバックを持ち上げ、雄太はアイアンを詰めたキャディバックを持ち上げた。

 廊下に出ると、荒瀬先輩は1袋20キロはある農薬袋を肩と脇に担ぎ、山岳部の登山用バックパックをぱんぱんに詰めた状態で背負っていた。俺はひとり先に行く荒瀬先輩に並んだ。

「タイミングがよすぎますね。あんたも盗み聞きしてたんですか?」

「ふん、さあな」

 荒瀬先輩は否定も肯定もせず、まるで荷物など持っていないかのような足取りで廊下を歩いていった。

「あのう、直以先輩」

 遠野は俺の袖を引っ張る。

「私もなにか持ちますよ」

「そうだ、なあ」

 俺は辺りを見渡した。遠野の体格では山詰めのボストンバックは持てないだろうし、かといって手ぶらではこいつの心が休まらない。

 このときには俺は、遠野梨子が放っておかれるよりなにかしらを言いつけられているほうが嬉しいことを知っていた。

 俺は手近にある部室を覗いた。

 そこはサバゲー部だった。

 俺はアサルトライフル式のモデルガンを1丁にガス缶、それに、先ほど目星を付けていた銀玉の入った箱を小さめのバックに入れて遠野に渡した。

 遠野は嬉しそうに両手でバックを受け取り歩いていった。

 雄太が俺の隣に並ぶ。

「俺を生き返らせたのは直以、おまえだぞ。俺は、おまえのために生きてやるよ」

 俺は雄太を横目で見た。

「重いなあ。俺はおまえを背負わなくちゃいけないのか?」

 雄太は笑みを浮かべた。

「まさか。おまえは俺のことなんて振り返らないで先に行け。俺は、必死におまえの後をついていくから」

「必死に、か」

 俺も笑みを浮かべ、雄太と拳をぶつけあった。

「なにしてるんですか~~? おいてっちゃいますよ~~」

「当面はおまえの後より梨子の後を急いで追いかけたほうがよさそうだな」

「ああ、そうみたいだ」

 俺たちはご機嫌にバックを振り回す遠野のところに、小走りで向かった。


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