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ゾンビもの!  作者: どぶねずみ
八岐市の怪物退治編
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腹が膨れれば行動だ(調査編)

 そこは、廃墟だった。

 崩れかけた外壁、破壊されたバリケード。割れていない窓ガラスなんて一枚も見当たらなかった。

「これは、ひどいな」

 俺が足で軽く押すと、バリケードだったものは音を立てて形を変え、瓦礫の山になった。

「ここにどれくらい立て篭もっていたんだ?」

 俺は、鉈を持ったポニーテールの女に声をかけたが、返答はなかった。



 ……気まずい。



 俺と環奈、嫌悪な関係にある俺たちの間では当然話が弾むなんてことはなく、重苦しい空気が立ち込めている。

 俺たちは、2人で市役所に偵察に来ていた。あの後、俺が環奈を誘ったのだ。

 おそらくはそれなりの葛藤はあったのだろうが、環奈は公私の別を分けて俺の道案内役をしてくれていた。


「しかし、今日も暑いなあ」

「……」

 やはり無言。今に至るまで、道中でまともに成立した会話なんてひとつもなかった。

 一応俺としても努力はしているのだ。だが、俺は雄太や須藤先輩みたいに複数の舌を持ち合わせていないため、話題ひとつ選ぶにしても相当の労力を必要としていた。

 つまり、かなりの手詰まり状態だった。

 まあ、本来だったら軽口のひとつでも聞いたら100万の罵詈雑言が返ってくるだろうから、そうではない点で言うのなら環奈のほうにも多少の気まずさはあるのかもしれない。


「それで、これからどうするつもり?」

 公民館を出て以来、初めて口を開いた環奈は、誰に向かって話しているんだってくらい顔を背けてそう言った。

「市役所の中を見てみよう」

「マジで言ってんの!? スカベンジャーに鉢合わせたらどうするのよ?」

「そんときは走って逃げよう」

 俺は腰に挿していたジャックナイフ(紅が使っていたやつ)を右手に持ち、あらかじめ用意しておいた懐中電灯を左手に持って市役所に入った。無言ながらも後ろには環奈の気配がついてくる。



 市役所に足を踏み入れた途端、俺はのどを詰まらせた。肌に纏わり付くような熱気、まるでサウナの中にいるみたいだった。

 背後には環奈の荒い呼吸音が聞こえる。俺は、顎を伝う汗を湿ったシャツで拭った。

「環奈、食料の保管場所っていうのはどこにあるんだ?」

「元々の保管場所は地下2階で大多数はそこにあるけど。あとすぐに使う予定だった1週間分の食料とかは3階の大会議室に集めてあったけど、……なに?」

「いや、ちゃんと答えてくれたのが少し意外だったから」

 振り向いて顔を覗き込む俺に、環奈は露骨に顔をしかめた。

「必要なことくらいならちゃんと話すわよ。悪い?」

「いや、大歓迎」

 俺が茶化すようにそう言うと、環奈は再び顔を背けた。だが、今度は俺の背後ではなく横に並んで歩き出した。


 2つの靴音が薄暗い廃墟の中に響く。

 俺たちは、3階の大会議室に向かうことにした。なんとなく地下に進んで出口を塞がれたら逃げられない気がしたからだ。

「……本気でスカベンジャーを倒せると思っているの?」

 無言と湿気にに堪えられなくなったのか、環奈は声を押し殺して聞いてきた。

「ああ。簡単だとは思っていないけどね」

「前野さんに武器があるって言ったそうね。それを当てにしているの?」

「いや……」

「武器って、そもそもなんのことでどこにあるのよ」

 俺は腕を上げて額の位置まで持ってきた。

「知恵と勇気なんて言ったらこの場で殺すから」

「……」

 俺は上げた腕で額の汗を拭った。汗が目に入って少しだけ染みた。

 気を取り直して俺は言った。

「武器なんてどこにでもあるよ。要は使い方次第ってことだろ」

「だから、どこにあるのか具体的に言ってよ」

「乗り捨てられた車は山ほどある。その車の中にはガソリンが残ってる。洗剤を組み合わせれば毒ガスができるし、俺たち涼宮市は農薬から火薬を作ったよ」

「そういうこと、なの」

 環奈はあからさまに落胆の表情を作った。あるいは武器の隠し場所を聞き出せたなら、俺たちを用済みと思っていたのかもしれなかった。

「武器に限ったことじゃない。食料だって、探せばどこにでもあるよ」

 現に俺たちは八岐市に来た夜に自生したじゃがいもや民家に捨て置かれた小麦粉で夕飯を作っている。八岐市の連中はそういったものを無視して、食料は市役所にしかない、食糧難だ、なんてほざいているのだ。

「未だに食べ物はお金を払って買わければ手に入らないとでも思っているのか? それとも、以前の価値観を遵守することで昔の生活に戻れるとでも思っているのか?」

「言われなくったって! 言われなくったってそんなことが無理だってわかっているわよ。私は……」

 環奈は一度言葉を区切り、鉈を肩に担いだ。

「私はこの鉈で人を何人も殺してるもの。ゾンビになった人も、そうでない人も。そんな私が、なに喰わない顔で元通りの生活に戻るなんて、できるわけがない」

 環奈は足を止めて、背中を壁に押し付けた。俺も環奈の隣で壁に寄りかかる。

「もう私には、直以を責める資格なんてないよ。ううん、そんなこと、昔からわかっていたんだ。あの子と、喧嘩したときから」

「あの子?」

「ほら、ミニバスの。小学生のときに、今日あなたの部下に言われたことを正面から言ってきて、大喧嘩になったことあったでしょ?」

 ああ、あいつか……、そう言おうと思ったとき、視界の隅でなにかが動いた。

 俺は懐中電灯の光を向けた。

 そこには、横転した自販機があった。

 そして、その自販機に群がるようにして、小型のスカベンジャーが無数にいた。

 俺と環奈は会話を中断して、スカベンジャーの様子を見た。

「……なにを、やっているの?」

「……自販機から漏れているジュースの甘汁を啜ってやがる」

 その声に反応するように、一匹が懐中電灯の光線を潜るように飛び出してきた。

 俺は舌打ちをするとステップバックし、ジャックナイフでそいつを切り落とした。矢継ぎ早に向かってくるやつを環奈が鉈をフルスイングして迎撃する。壁に叩きつけられたそいつは、潰れて赤い染みになった。

「ここがスカベンジャーの根城ってのは、どうやら正解みたいだな」

「こんなのいちいち相手にしてられないわ。無視するわよ」

 俺は頷くと、走り出した。

 足場にいる小型のスカベンジャーを踏みつける。粘土の塊を踏み付けるような感触が足元に伝わる。

 俺は足に力を入れて一気に駆け抜けた。小型のスカベンジャーが群がる自販機を横目にスルー。前方にスカベンジャーの姿が見えなくなっても足を止めずに、そのまま階段を駆け上った。

 3階に到着すると足を止め、軽く息を整える。下から追ってくる様子は無かった。

 俺と環奈は警戒しながら廊下に出た。

「会議室ってのはどこだ?」

「そこよ。すぐそこ」

 俺は環奈に誘導されて、会議室の前まで辿り着いた。破壊されたドアからは目に痛いほどの光量が漏れている。

 俺たちは、ゆっくりと会議室に入った。


「あ~あ」

「そんな……」

 会議室に入ってまず気が付いたのは、異臭だった。嗅いだだけで吐き気をもよおすような、食べ物の腐った臭い。

 それの元凶は、缶詰だった。

 会議室は、散乱していた。

 破かれた米袋に引き裂かれたペットボトル。

 そして、汁を垂れ流す穴開きの缶詰。

 理由はわかる。一目でわかる。

 会議室に貯蔵されていた食料を、小型のスカベンジャーが食い荒らしていたのだ。

 あるスカベンジャーは覆い被さるように缶詰に纏わりついていた。そのまま圧力をかけ、ペキョと、缶詰に穴を開ける。それからズビョビョヨと、聞くものに生理的嫌悪感を呼び起こさせる異音を発しながら、中の汁を啜っていた。

「これは、まいったね」

「この様子じゃあ、地下の食料も、全滅……」

 環奈は目に見えて落ち込んでいた。それはそうだ。当てが、完璧に外れたのだ。

 俺としても、せいぜいが他のグループに食料を持ち去られていないか、湿気で米にカビが生えていないか、その程度の確認のつもりでここまで来たのだ。

 それが、まさか全滅しているとは……。

 環奈は顔に怒りを浮かべると、手近にあった瓦礫を、食料を貪ることに夢中になって俺たちに気付いてすらいないスカベンジャーに投げつけた。瓦礫がぶつかったスカベンジャーは気味の悪い断末魔の悲鳴を上げて動かなくなる。他のスカベンジャーは仲間の死に無関心で、誰も俺たちに見向きもしなかった。

 俺は、部屋の隅に一斗缶を見つけた。どういうわけか無傷だ。

「あれは?」

「あれは……灯油よ。冬用に備えていたの」

「さすがに灯油は喰わない、か」

 俺は一斗缶を持ち上げると、中身の灯油を会議室中に撒いた。環奈も俺の意図を察したのか、灯油を部屋に撒いた。

「惜しい気もするけど、こいつらの喰い残しじゃあさすがに俺たちは食えないだろ」

 俺と環奈は会議室の出口に向かった。

 さて、火の元はどうしようか、と考えていると、ある音に気付いた。



 うじゅる。



 背筋に寒気が走った。

 俺は一度足を止め、まだ半分ほど中身が残っている一斗缶を持った。

「環奈、いちにのさんで、走って逃げるぞ」

「? ええ」

「いち、にの……」

 俺は大きく息を吸い、廊下に飛び出した。

「さん!」

 掛け声と共に、一斗缶をぶん投げる。そこには、廊下に埋まるように、大型のスカベンジャーがいた。

 灯油を全身に浴びて、スカベンジャーは脳に直接響くような甲高い悲鳴を放った。

 廊下に出た環奈はスカベンジャーの姿を見て目を見開いたが。俺は突き飛ばすように背中を押して走らせた。

 狭い通路が幸いしたのだろう、スカベンジャーは触手を伸ばすも、ぎりぎりで俺はかわした。

「環奈、火はあるか?」

「ライターがある!」

 ポケットから環奈が取り出したのは、100円ライターだった。

 俺はそれを奪うように受け取ると、身を屈めて急停止した。

 そういえば、バスケ部のフットワークでよくやった動きだな、なんて場違いのことを考えた瞬間、俺の頭上に高速のなにかが過ぎ去った。スカベンジャーの触手だ。

 俺は、その触手に、100円ライターで下から火をつけた。

 触手を伝い、火はあっという間にスカベンジャーの全身を覆った。

 暗がりの廊下が一気に明るさを取り戻す。

 スカベンジャーは苦悶の身動ぎを繰り返した。

「ひょっとして、スカベンジャーは火に弱いの?」

「全身火達磨にされて平気な生物なんていないってことだろ」

 そう言ってみたが、俺には少しだけ心当たりがあった。そういえば昨晩、スカベンジャーに襲われたとき、梨子たちのいるワンボックスカーの周りにスカベンジャーは寄ってきていなかった。そして、その場所には不寝の番の焚き火があったのだ。

 考え過ぎのような気もするが、このスカベンジャーの悶え様を見る限りでは、どうやら火に弱いのは本当のようだった。

 スカベンジャーは触手を伸ばし、周り中の壁を破壊し始めた。

「まずい、逃げるぞ」

「ええ」

 俺と環奈は顔を見合わせて頷くと、急いで階下に向かった。

 俺たちの足が2階に着いたとき、市役所全体が大きく揺れた。

 おそらくは会議室に撒いた灯油に引火し、さらにはばら撒かなかった一斗缶の中の灯油にも火がついて爆発を起こしたのだろう。

「運がよければ爆発で火が消えて火事にならないわね」

「運がよければ? 別に市役所が焼け落ちたって問題ないだろ。そのついでにあと2~3匹大型のやつが焼け死んでくれれば万々歳だけどな」

「これでも、私たちはここで生活していたんだから思い入れがあるのよ!」

 そう言って環奈は笑った。

 久しぶりに見る環奈の笑顔。

 俺は、思わずその顔に見惚れてしまった。

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