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ゾンビもの!  作者: どぶねずみ
八岐市の怪物退治編
76/91

聖のラブキス大作戦♪ 後編  エクストラストーリー5

雄太(回想終わり)→梨子視点です。

 しばらくすると鍋がコトコトと音を立て始める。蓋を開けると湯気が立ち上った。


「ほら、直以。お湯が跳ねると危ないぞ」

「……ん」

 机に突っ伏していた直以を起こし、俺は鍋に野菜を入れた。

 白菜、長ネギ、人参にエノキ。意外と具沢山だ。

 時計を見るとすでに5時過ぎ。夕飯には少し早い時間帯だが、日はすでに暮れていて窓の外は判別できない闇に覆われていた。

「そういえば風は大丈夫なのか? 砂嵐の中、屋上に出るのは嫌だぞ」

「大丈夫だろ。夜になれば湿気で砂は飛ばなくなるから」

「雄太、くずきりはまだか? 私はくずきりが食べたい」

「はいはい、わかったから少し待てって」

 鍋が再び煮立ったのを確認すると、今度は肉や魚介を放り込む。

 ぶっちゃけ、コンセプトの存在しないごちゃ煮鍋だが、それを気にする繊細なやつはここにはいなかった。

 蓋を閉めてもうひと煮立ち。その間にご飯を人数分よそい、ポン酢、ゴマダレ、その他数種類のタレを回し合う。

 蓋を開けて立ち上った湯気は、部屋中に食欲のそそる匂いを溢れさせた。

「雄太、くずきり、くずきり!」

「わかったって。食べる前に入れないと、どうせおまえのことだからどこかに行ったって騒ぎ出すんだから」

「その姿が目に浮かぶな」

「うるさい! それより早く食べよう」

 俺は聖の要求通りくずきりを鍋に入れる。

 俺たちは、手を合わせていただきますをした。

 一斉に箸が伸びる。

 しばらくは賞味の時間。無言で鍋を突付く。

 うん、けっこういける。

 こういう料理ってのはバーベキューとかと一緒で、直接の味付けなんかよりその場の空気のほうが影響するものだしね。

 聖もお目当てのくずきりにご満悦らしく、存分に鍋をかき回していた。


 ふと気付く。直以が、肉を食べていないのだ。

「直以、どうしたんだ? あんまり食べてないみたいだけど」

「おまえの目は節穴か? メチャクチャ食べてんだろうが」

「いや、めちゃくちゃでもないと思うが……、ていうか、肉を食べてないだろう?」

 直以の肉好きは短い付き合いながらも知っている。それが、今は肉を敬遠して野菜ばかりを食べているようなのだ。

 直以は、どこか言い訳じみた口調で弁解した。

「いや、ポン酢に白菜が合ってさ。そればかり食べてたよ」

「直以のくせに遠慮なんかするんじゃない。ほら、私が取ってあげよう」

 聖は直以のゴマダレの上に大量の豚肉(鍋に入れるときに1枚1枚入れてないので重なったままのやつ)を放り込んだ。

 聖のやつは気づかなかっただろうが、直以はほんの一瞬だけ重荷を背負ったような顔をした。

「そういえば雄太。さっきは普通に流したけど、おまえ、進路希望はどうするんだ?」

「とりあえずは進学かな。一応希望としてはバンドで喰っていくことなんだけどさ。そううまくいくものでもないってのはわかっているから」

「なんだ、俺はエセヒューマニストの性格から弁護士でも目指しているのかと思ったぞ」

「雄太はデバガメ的なところがあるからな。私は調査業かパパラッチでもやるのかと思っていた」

 ……少なくとも、俺がこいつらに遠慮する必要がないことはわかってもらえると思う。

「別に人助けをしたいだけなら弁護士である必要なんてないし、デバガメなんてやってない!」

「わかったから怒鳴ってないで肉喰って落ち着け」

 そう言って直以は先ほど聖に入れられた豚肉を俺に渡してきた。

 小さなこと、いや、本当に小さなことなんだけどさ。直以、どうせ渡すならゴマダレに入れた肉をポン酢の皿に入れるなよ……。



 鍋の具も少なくなり、炊飯器に残っているご飯を放り込んで締めのおじやを作る。時間は6時をちょっと過ぎたあたり。流星群の予定時刻には十分時間があった。

「そういえば他の天文部員は?」

「さあ。どこか他の場所で見るとか言っていたが。涼宮高校は町からも適度に離れているし、星を見るには悪くない場所なんだがな」

 聖は少々小馬鹿にしたようにそうのたまう。俺と直以は顔を見合わせた。

 実は俺たち、天文部に仮入部中の身だ。

 今回の流星群は天文部にしてみれば一大イベントで、それに俺たちが便乗したのだ。

 まあ、天文部にしてみればいい迷惑だったと思う。なにしろ校内で嫌われ者の3人を抱えることになったのだから。


 1年でありながらすでに涼宮高校1の奇才ぶりを周知としている牧原聖に、その聖の相方的なポジションにいる菅田直以。俺は俺で、自己評価しても周りから好かれているとは思っていなかった。


 部費獲得のためにも新入部員の芽は摘み取れない天文部の先輩方は、そんな俺たちにどう対処したか。簡単に言うなら、別行動だった。

 その判断は俺たちとしてもありがたかった。

 天文部の連中にしてみれば絶好の観測場所である学校の屋上を取られた形になったが部員を3人獲得できたし、俺たちにしてみれば、遅くまで学校に残れる理由と鍋をやるような部室を獲得できた。お互いの利益が、一応にも噛みあったわけだ。

 余談ながら、直以のやつはバスケ部を辞めた身で、涼宮高校は最低ひとつは部活か委員会に所属しなければならないため、そのまま天文部に、幽霊部員ながらも籍を置くことになった。

 俺? 俺は軽音部との駆け持ち。




 おじやを片付け、適度に食休みを挟むと、けっこうな時間になっていた。

 俺は軽く伸びをするとイスから立ち上がった。

「そろそろ行こうか。このまま駄弁っていたいけど、星を見るのが今日の目的だからね」

「そうだな。それじゃあさっさと星見て帰るか」

「直以。きみは完璧に目的を履き違えている。今日の目的は鍋ではなく流星群を見ることだぞ」

 俺と直以は天文部から貸し出された天体望遠鏡を担いで屋上に向かった。

「別に目視でも見れるんだろう? 望遠鏡いらなくねえか?」

「多少はポーズにも気を使えよ。一応天文部の行事なんだからさ」

 鍵を使って屋上のドアを開ける。

 途端、すでに冬のものとなっている風が吹き付けた。

「さっみい~! これはもう完全に冬だな」

「冬のほうが星は綺麗に見えるぞ。ほら、カイロ」

 直以は聖からカイロを受け取ると、即座にコートのポケットに手を突っ込んだ。

「来月はもう12月か。今年も早かったなあ」

「なに爺臭いこと言ってるんだよ」

「だけど、もう少ししたらクリスマス商戦が始まって、似たようなクリスマスソングが延々と流れ出すんだろ?」

「おまえらって、基本的に流行歌とか聞かないよな」

 俺がそう言うと、直以と聖は肩を並べてきょとん。

「俺、別に音楽自体に興味ないし」

 これは直以。

「すでに名作と呼ばれる楽曲は世に数多ある。わざわざ低俗な商業音楽から新たに発掘する必要を認められないな」

 これは聖。

「断言してやる。おまえらは絶対人生を損している!」

「なんでだよ。音楽聴かないだけでずいぶんと言い切るな」

「流行歌ってのは風景なんだよ。俺だって去年流行った曲の半分以上は思い出せないけど、たまに聴き直すと、ああ、あのときあんなことがあったなって思い出せるもんなんだよ」

「おまえのほうが爺臭いじゃねえか!」

 俺たちはそんな雑談を繰り広げながら形ばかりの天体望遠鏡をセットした。もちろん聖は見ているだけだ。

 と、タイミングよく携帯にセットしておいたアラームが鳴った。

 俺はさも着信があったように携帯を取り出し、通話するふりをした。

「直以、聖。悪いな。急用だ。バイトに穴が空いたみたいでさ」

 それを聞いた聖の顔が固まった。

「なんだよ、今からなのに帰るのかよ」

「この埋め合わせは今度するから」

「ったく、付き合いの悪い野郎だ。さっさと失せろ」

 直以は興味を失ったように俺から背を向けた。残ったのは固まったままの聖だ。

 俺は少々乱れた聖の制服を正すと、耳元で呟いた。

「せっかく2人きりになるんだからうまくやれよ」

「んな!?」

 慌てふためく聖のレア顔を見て、お邪魔虫である俺は屋上から出た。

 が、階段を下りずにそのまま踊り場に腰を着け、先ほど聖の制服を正したときに付けた盗聴器の感度を確認した。うん、良好だ。

 こんなことをやってるから聖にはデバガメって言われるけど、さすがにこのまま2人を放っておくわけにはいかないだろ? いや、気になるじゃん。


 直以と聖はしばらく俺の悪口を肴に盛り上がっていたが、ふと、会話が途切れた。

 幸いにも、というべきか昼間の強風のおかげで空には雲ひとつない晴天が広がっている。

 満天の星空の下、男女が2人きり、悪くないシチュエーションだ。

 それを意識したのか、2人の会話は止まったままだ。

 この状況を打開せんと先に動いたのは、ヘタレの直以ではなく、今回の星見会を切望していた聖だった。

「な、直以」

「……なんだよ」

「きみは、流行歌は聴かないのか?」

「あ、なんだって?」

「っぐ……」

 いや、直以。わざとじゃないんだろうが、ここで聞き返すのは相当酷だと思うぞ。

「だから、その、流行歌だ。さっきも話題になっただろう?」

「別に……、わざと遠ざけてるわけじゃねえよ。無理して聴こうとは思わないけど」

「そ、そうか。うん、そうか……」

 会話は途切れ、再び無言。聖、頑張れ!

「な、直以!」

「だからなんだよ」

「さきほどきみは私に聞いていたね。なんで学校に来ているのか、と」

「……ああ、そうだっけか?」

「う、うん。そうだ。私が学校に来るのには3つの理由があってね。ひとつは親に泣きつかれたからだ。高校には通ってくれってね」

「ああ、そうなのか……」

 直以、俺たちが無駄に気を使わない関係ってのはわかっているけど、もうちょっと愛想よくしてやってもいいんじゃないか?

「ま、まあそれはいい! きっかけにすぎないことだったしね。それで、もうひとつの理由なんだが……」

「うん」

「高校生活を満喫しようと思って……」

 なんだそれ!? 俺と同じ思いを抱いたのか、直以も聖の先を促すように無言だった。

「いや、ほら、同年代の人間と肩を並べて同じことをするなんて、高校までじゃないか」

「おまえも婆臭いな。大学はどうなんだよ」

「日本の大学では、という前提ならばそういうことになるかな。日本には、新卒制度というのがあるからね。本来なら高校を卒業後しばらく働いて学費を貯めてから入学したり、あるいは仕事を退職した後に大学で学ぶといったこともできるはずだが、そういったことを選択する人は極端に少ないだろう。なぜなら、高校卒業後に大学に入って企業に入社するという新卒制度のシステムから外れるからなんだ。そもそも、日本の大学は研究機関というより就職斡旋場という性格が非常に濃いしな。大学でなにを学びどんな技術を習得したか、なんてことはそれほど問題じゃなくて、どの大学を出たか、が最重要視される所以だ。だいたい、大学生活を社会に出るまでのモラトリアムと捉える考え方自体が……」

 薀蓄モードに入ってしまった聖の饒舌は止まらない。俺は耳を押さえたくなるのを必死に耐えた。聖、本論から外れてるし誰も聞いてないって!

 と、突然直以が重いため息を吐いた。それに合わせて聖の口も止まる。

「あ、悪い。それで続きは?」

「あ、いや、続きはいいんだ。それで、なんの話だったかな?」

「日本の教育制度の話だろ?」

「いや、それはもういいんだ。そうだ、高校生活だ!」

 よかった……、ちゃんと戻ってこれた。

「つまり、私はふつーな高校生活というものをやってみたかったりみたくなかったり……」

 どっちだよ!

「おまえの中の普通の高校生活ってなんだよ」

 フィッシュ! 聖、もう一息だ、頑張れ! 俺も頑張れ! ここ、すっげえ寒い。

「あ、えっと、その……、まあ、いろいろあるんだ。いろいろ……。たとえば、その……」

「例えば?」

「……恋愛とか」

 よく言った! 俺はおまえを誇りに思う。

「な、なに。深い意味はないんだぞ!? 流行歌を聴くようなものだ。ただ、高校生活に彩りを添えるために……」

「……」

「その……、私じゃあ、駄目かな……」

 聖と直以は、お互いに口を噤んだ。だが、さきほどまでの無言とは違う。盗聴器を通して聞こえるお互いの息遣い。2人の距離が、縮まったのだ。

 そして息遣いは途切れ、なにかが倒れる音がした。

 直以と聖がキスをして、そのまま押し倒したってところか。

 さすがにこれ以上のデバガメはできない。俺はそっと盗聴器の電源を切った。


 と、そのとき聖の声が盗聴器越しではなく、直で聞こえた。


「な、なおいー!」


 その悲鳴に近い声に、俺は扉を開けて屋上に出た。

 そこには、仰向けに倒れる直以と、直以に覆いかぶさる聖がいた。

 聖は俺に気付くと、泣きそうな顔で見上げてきた。

「雄太、直以が、なおいが!」

「落ち着け聖、一体どうしたんだ!?」

「直以が目を閉じて、私がキスしたらそのまま後ろに倒れて、そのまま動かなくなって……」

「唇に毒でも塗ってるんじゃないだろうな」

「冗談言ってる場合か!」

 俺は脈を確認するために直以の首筋に触った。って熱! こいつ、やっぱり無理してやがった! くそ、こいつが肉を喰わない時点で気付くべきだった。

「とにかく保健室に運ぶぞ。聖、手伝え!」

「う、うむ!」

 俺は直以を担ぎ上げると、聖と共に1階の保健室に向かった。




 直以が目を覚ましたのは、もうすぐ午後10時になろうかという時間帯だった。

 一時は救急車を呼ぼうかという話にまでなったが、ベッドで寝かせていると落ち着いたようなので、そのままにして今に至るというわけだ。

「直以、大丈夫か?」

「ん、ああ。多少頭がぐらぐらするが問題ない」

「ったく、この馬鹿が。体調悪いなら初めに言っておけよ」

「放課後には熱も下がってたんだよ。薬も飲んだしな。それに、せっかくのイベントを体調不良で潰したら白けるだろ」

「途中でぶっ倒れるほうが白けるってえの」

「だから悪かったって」

 俺と直以はお互いに苦笑を浮かべた。

 と、直以は俺の後ろに視線を向けた。

 そこには、所在なげに立っている聖がいた。唇に毒を塗っていたっていうのは当然冗談だが、直以の体調悪化は無理に付き合わせた自分のせいだとでも思って落ち込んでいるのだ。

 直以は、2度ほど深呼吸をして気合を入れると、聖に声をかけた。

「おい、聖」

「う、うむ。なにかな?」

「ちょっとこっちに来い」

 直以に呼ばれて聖はおずおずと枕元まで歩み寄った。


 それは、突然だった。

 直以が聖の腕を掴んでベッドに引き込み、キスをしたのだ。

「ん? んんん~~~~~!」

 しばらく暴れていた聖は、やがて大人しくなり、直以が離すとベッドの上に転がった。

 直以は唇を舐めると、偉そうに上から目線でほざきやがった。

「体調悪化は別に聖のせいではなさそうだな」

「あ、当たり前だあ!」

 聖は起き上がって顔を真っ赤にした。聖は気付いていないが、直以の声は上擦っている。こいつも、相当無理しやがったな。

「こういうことは! 2人だけのときにするものだろうが!」

「そうなのか?」

 茶化すように言う直以は、聖ではなく俺を見ていた。

 直以の手元には聖に付けていた盗聴器。……さすが相棒、ばれてやがった。

 聖はわざとらしく深呼吸をして心を落ち着かせ、もとい落ち着いた振りをした。

「そ、それで直以。話の続きなのだが、私と恋愛などをやってみるのはどうだろうか。なに、難しく考える必要はない……」

「聖」

「う、うむ。なにかな?」

「おまえのキスは苦い。煙草の吸い過ぎだ」

 愕然とする聖。直以は聖の顔を見てくぐもった笑い声を上げると、俺を見た。

「ところで雄太」

「ああ、なんだ?」

「バイトはどうした?」

「結局ばらすのかよ!?」

 聖はきょとんとした顔を俺に向け、やがて理解が頭に浮かぶと、本気の怒気を浮かべた。

「……ゆうた~!」

「なんだよ、俺がいて助かっただろうが!」

 深夜の保健室、聖の怒声と俺の悲鳴、直以の笑い声が木霊した。




 ちょっと余談。


「ところで、流星群を見たやつはいるのか?」

「「……」」









「いいな~、お鍋。私も一緒に食べたかったな~」

「ああ、突っ込むところ、そこなんだ」

 お話を終えた雄太お兄ちゃんは、私の感想を聞いて苦笑いを顔に浮かべた。

 うん、雄太お兄ちゃんは勘違いしている。私が羨ましいと思ったのは、お鍋を食べたこと自体ではない。3人で、一緒に食べたことだ。残念ながらその場に私はいなかった。それが羨ましくてしょうがないのだ。

「でも、聖お姉ちゃんは直以お兄ちゃんとキスしてるんだね。それも直以お兄ちゃんのほうからも。これは、3馬身差くらいはあるかな?」

「うん、梨子は少し負けてるかもなあ」

「もう! そう思うならもっと助けてよ」

「はいはい。俺は梨子の味方だよ」

 それはわかっている。だけど、雄太お兄ちゃんは私だけの味方ではない。聖お姉ちゃんの味方でもあるのだ。

 私が頬を膨らませていると、ふと名案が浮かんだ。私は、よく考えもせず頭に浮かんだことを口にしてしまった。

「そうだ! 雄太お兄ちゃん、聖お姉ちゃんと付き合っちゃいなよ♪」

 言った後で私は後悔した。雄太お兄ちゃんの顔が、一瞬、ほんの一瞬だけ固まったのだ。

 それで私は思い出した。雄太お兄ちゃんは、4月に恋人を亡くしているのだ。

 雄太お兄ちゃんは、心境を私に悟らせないようにだろう、顔に満面の笑顔を浮かべた。

「それは、無理だな! 俺には聖を口説けるほどの甲斐性はないし、第一あいつといちゃついているところなんて、まるっきり想像できないよ」

「あ、うん……」

「いけないな。影でこそこそするのは梨子くんらしくないぞ」

 その声は、私の背後から聞こえた。振り返らなくてもわかる。この煙草の臭いは、聖お姉ちゃんだ!

「聖お姉ちゃん、ただいま」

「おっと、おかえり、梨子くん」

 私は振り返り、想いっきり聖お姉ちゃんに抱きついた。聖お姉ちゃんは私を胸に抱いて、頭を撫でてくれた。

「梨子、ちなみにこいつ、それから一ヶ月も禁煙していたんだぜ」

「え、聖お姉ちゃんが一ヶ月も!?」

「なんの話だ?」

「去年あった流星群のときの話だよ。梨子に聞かせたんだ」

「……まったく、相変わらず口の軽い男だ」

「そういえば、聖お姉ちゃんが学校に通うみっつめの理由ってなんだったの?」

「そんなことまで話したのか」

「うん。色々聞いたよ~♪ えっと、親に言われたからと、学校生活を満喫すること。あとひとつ」

「さて、なんだったかな」

 聖お姉ちゃんは露骨に顔を背けてとぼけるが、雄太お兄ちゃんは、笑いを噛み殺しながら、ある方向を指差した。

 そこには、直以お兄ちゃんがいた。


 ああ、そうか。わたしにはそれだけで簡単にわかってしまった。

 だって、私も同じだから。


 聖お姉ちゃんは、直以お兄ちゃんに会いに学校に通っていたのだ。


 私は、直以お兄ちゃんに声をかけるために手を挙げ、息を吸った。

 だが、その息は音声を伴って吐き出されることはなかった。



「なおくん!」



 その声は、明後日の方角から聞こえた。

 そこには、私の知らない女性が、直以お兄ちゃんに親しげに歩み寄っていく姿があった。


 ……誰あれ。


 そして、私の疑問はそれだけでは終わらなかった。



 今まで怒気を孕んでいた直以お兄ちゃんがその女性を見た途端、顔に笑顔を浮かべ、本当に親しげにその女性と抱き合ったのだ。

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