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ゾンビもの!  作者: どぶねずみ
八岐市の怪物退治編
73/91

こんなときに茶目っ気だされても

「やあ、菅田くん。よく来てくれた!」

 公民館の入り口で俺たちを出迎えてくれたのは、昨晩俺たちを襲撃したやつらのリーダーであるひげ面の男、前野誠一だった。

「お互い昨夜は大変だったねえ。あの後は大丈夫だったかい?」

 ちらと、紅が俺を横目で見た。俺は肩をすくめてみせた。

 昨晩、寝込みを襲って失敗し、にも関わらずそんなことはなかったかというようなフレンドリーな態度。これは、もはや見習うべき厚顔さだろう。

 

 俺たちは、公民館の2階にある一室に案内された。そこでは、もちろんエアコンなんて贅沢品は稼動していなかったが、携帯ソーラーパネルに繋がれた小型扇風機が申し訳程度の風を撒き散らしていた。

 すでに室内には数人の男女が列席していた。おそらくは八岐市の代表者だろう。俺たちはその連中に相対するように席に着いた。

 それから間を置かず、涼宮市と八岐市の会談はすぐに始められた。

 会談、といってもお互いの近況や現状、問題点などを話し合って情報交換しただけだ。

 涼宮市及び朝倉市の生存者数と規模、生活水準や今後の計画などを紅が淀みなく説明すると、八岐市の会議出席者から重いため息が漏れた。

 俺はあくびをかみ殺し、頬杖をついた。紅のお陰で楽はできているが、ぶっちゃけ退屈だ。

 と、俺の太ももに触れるものがあった。それは、紅の細い指だった。

 俺は小声で右隣にいる紅に話しかけた。

「……紅、この手はなんだ?」

 紅は俺に視線を向けず、つまりは誰にも気づかれないように話した。

「直以先輩は我々の代表です。代表がそのようなだらしない格好をされては困ります」

「言っていることとやっていることが違う、と俺なんかは思うんだけど?」

「そうでしょうか?」

 紅は俺に見向きもしない。だが、紅の指は、ゆっくりと俺の太ももを這い上がってきていた。

 紅の奥にいる荒瀬先輩を見る。荒瀬先輩は足を組み、微動だにしない姿勢のまま八岐市の連中を見ていた。

 今度は左にいる梨子を見る。梨子のやつは書紀もどきの仕事をしていて、一生懸命八岐市の連中の話をノートにメモっていた。

 梨子の隣にいるのは隆介だ。この馬鹿は、すでに目も虚ろにこっくりこっくり船を漕いでいやがった。

 そんなことをしている間にも紅の指は上がってくる。それが、俺の股の間に延びかけたとき、俺は勢いよく立ち上がった。……断っておくが、席から立ち上がったのであり身体の一部が元気になったのではない。

 話は中断され、全員の視線が俺に集まる。

 気まずい空気にさらされ、俺はそれを払拭するためにわざと声を荒げた。

「そんなまだるっこしい話はもういいよ。昨日の化け物、スカベンジャーといったっけ。あれの話を聞かせてください」

「いや、それは順を追って……」

「わかった。そうしよう。やつの話をするのが八岐市の現状を話す上でもっともわかりやすいだろう」

 そういったのは、前野さんだった。俺はイスに座り、前野さんの話を聞いた。





 ゾンビ発生当時、ここ、八岐市もご多分に漏れず大混乱に陥った。だが、幸いにもその混乱を早々に収集し、1000人ほどのセーフティエリアを八岐市役所を中心に気付くことができた。これには2つの理由があり、ひとつは八岐市は県庁所在地らしく緊急災害用の備えが十分に用意されていたことと、後付けの理由としては電波塔である八岐タワーにゾンビが集まって感染経路が拡散的ではなかったかららしい。

 八岐市の避難民はバリケードを作り、武器を携えて市役所に立て篭もった。幸いにして十分すぎるほど食料の備蓄はあり、あとは警察なり自衛隊なりが助けてくれるまで頑張ればいい。

 だが、助けはいつまでたっても来なかった。外のゾンビはその数を増やし、『助けが来るまで』と結束していた避難民の間でも不平不満が募り始める。


 そんなときに、「それ」は現れたという。


 正確には「それ」がどこから現れたのかはわからない。だが、気付いたときにはゾンビの輪の中にいたという。

 「それ」はふらりと訪れてはバリケード外のゾンビを潰し、喰らっていった。

「ゾンビを食べるから、スカベンジャー(腐肉喰い)、か」

「それでは、八岐市でゾンビを見かけないのは、スカベンジャーが食べ尽くした、ということなのでしょうか?」

 前野さんは苦々しい顔を作り、頷いた。


 最初、八岐市役所に立て篭もっていた避難民は拍手喝采を持ってスカベンジャーを迎えた。姿形はともかく、今まで最大の脅威だったゾンビの大群を駆逐してくれたからだ。

 だが、物事はそう簡単には進まなかった。敵の敵は、やはり敵だったのだ。

 実にひと月近くをかけて近隣のゾンビを食べ尽くすと、スカベンジャーは、今度は躊躇うことなく人間を襲い出した。

 ゾンビたちから必死に守り抜いていたバリケードはスカベンジャーの馬力の前にはあまりにも非力で、易々と突破された。

 そして、避難民の抵抗を嘲笑うかのごとく、毎日10人単位で捕食していったという。

「スカベンジャーだと思っていたのが実はプレデター(捕食者)でもあったわけだ。あんまり笑えないな」

「でも、スカベンジャーの代名詞みたいに言われているハイエナなんかも、普通に狩りとかするらしいし、ライオンなんかは逆に死んでる動物の肉を食べたりすることもあるらしいよ。だから、本当のところはどちらか一方だけってことのほうが少ないみたい」

 そうのたまったのは、うちの妹君だ。

「梨子先生。なんでそんなことを知ってんの?」

「昔、野生動物のドキュメンタリーを見たことありますから。さばいばるにひつよーなのは正確な知識なのですよ、直以お兄ちゃん」

 梨子はそう言って、低い鼻を伸ばして無い胸を張った。

 俺はわざとらしく咳払いをして、話を元に戻した。

「それで、あんたたちは市役所から逃げ出してここに立て篭もっているのか?」

「……ああ。と、いってもここにいるのは一部で、他の緊急避難場所にも分散して集まっていると思うが」

「思う?」

「スカベンジャーは食料である人間を求めて徘徊しているんだ。つい先日まで300人ほどが非難していた市営の運動公園は、どうやら襲われたらしくもぬけの殻になっていた」

 俺は天井を見上げた。

 スカベンジャーに襲われたら今の涼宮高校で防げるか。防げないとしたらなにを強化するべきなのか。

 新しい情報が旧来の情報と混ざり合い、頭の中がぐるぐると回り出す。

「直以お兄ちゃん?」

 梨子のか細い声で、俺は空想の中から現実に戻った。それを見て、おそらくは本題だろうことを前野さんは言った。

「頼む、スカベンジャーを倒すのを手伝ってくれ!」

 ……まあ、予想をしていたことではある。だからは俺は落ち着いて疑問を返した。

「倒さなくちゃいけないのか? 昨日みたいに、逃げ回ればいいんじゃない?」

「やつらがいたら食料集めもままならない。逃げ続けていれば捕食はされないかもしれないが、ジリ貧で餓死することになるだろう」

「今食料の備蓄状況は?」

「ここにはあと一週間ほど。市役所に戻ればこの人数ならば数年分の備蓄があるはずだ」

 ぼそりと、紅は俺にだけ聞こえるように言った。

「民家などで略奪の形跡がない、計画的な食料集めを行っていないのは、スカベンジャーとの遭遇を警戒してやれなかった、ということなのでしょうか?」

「それだけが理由じゃないだろうけどな」

 俺は紅を見た。

 紅は、顔を八岐市の代表連中に向けながら、瞳だけを動かして俺を見た。

 その目が雄弁に語っていた。


 断れ、と。


 実際、紅にしてみれば自分の任務は俺たちを無事に涼宮市に帰還させることであり、今回のことは厄介ごと以外の何ものでもない。

 俺としても、長期的に見れば、協力すれば友好勢力の獲得に繋がるとも言えなくは無いが、いかんせんリスクが大きい。


 だが、俺はこのまま断るのか、いや、断れるのか?


 今はこの場にいないが、旧友である間宮環奈がこの地域にいるというのも俺の私的な動機付けとしては十分だった。


「もちろん断るんですよね?」


 俺が応じるよりも早く、紅が拒絶するよりも早く、そう発言したのは隆介だった。

「隆介くん!?」

「隆介、起きてたのか?」

「ええ、今さっき起きたばっかっすけど」

 そう言って隆介は大きなあくびをした。

 俺と隆介に挟まれている梨子は、右にいる俺と左にいる隆介の顔を見比べ、ぶんぶんと首を左右に振った。

 梨子にしてみれば、隆介がなぜいきなり発言したのかがわからないのだろう。

 というのは、隆介は今まで俺の指示することに、それがどんなに危険な任務であろうとも否も応もなく従ってきたからだ。

「おまえは、断るべきだと思うのか?」

「……ええ。だって、俺たちに益がないじゃないっすか」

 隆介は俺の顔を見ることなくそう言った。

 俺には、隆介の発言の真意がわかった。

 結局のところ、この金髪頭は俺の決定したことには、それがどんなことだろうと従う気でいるのだろう。

 にも関わらず、この場であえて俺の意に背くような発言をしているのは、恋する男子ゆえなのだろう。

 隆介には、俺が応じる気でいることがわかっており、それと同様に紅がそれに反対することがわかっている。

 結果、俺と紅の間には意見の対立が起こり、俗な言い方をすれば不仲になるかもしれない。そんなことを考えているのだろう。

 だから、紅の発言を先回りして自分が言い、俺の矢面に立つ、または立った気になっているのだろう。


 心地良い在り方だ。


 一年前の俺には、残念ながらこいつほど周りに気を使えなかった。


 俺は視線をずらし、ひたすら無言を貫いている荒瀬先輩を見た。


 一年後俺は、頼りっきりになっているこの人にわずかにでも並べる程度には成長できるのだろうか?

 俺は、即答しそうになる感情を追い払い、荒瀬先輩に聞いた。


「荒瀬先輩はどう思いますか?」

「おまえ次第だ」

「俺次第?」

「勝ち目があるなら手伝ってやる。だが、俺が相手にできるのはせいぜいが一匹だ。言っておくが、バットや包丁程度で倒せるほどやわな化け物じゃねえぞ」

「……前野さん、スカベンジャーは何匹いるんですか?」

「確認できるだけで、大きいのは7匹。小さいのは無数に、それこそ100や200ではきかないくらいいるよ」

「7匹、か。いや、一匹だとしても、あの化け物を倒すだけの武器がないのか」

「その無い武器をどうするのか? それを補うだけの作戦が直以お兄ちゃんにあるのか、だねぅぎゃう!」

「意訳をありがとうよ!」

 俺は梨子のちっこい頭を掴むと、前後左右に揺すった。梨子は必死に俺の手から逃れると、恨みがましい目を俺に向けながら手櫛で髪を整えた。

 さて、どうしようかと考えていると、隣の紅が大きな、ほんとうに大きなため息を吐いた。

「紅、どうかしたか?」

「武器なら、あります」

 紅は、いつもの鉄面皮を俺に向けた。

 そして、もったいぶるように自分の発言に一言付け加えた。



「いくらでも」

んちゃ♪ どぶねずみっす。


拙作はお楽しみいただけていますでしょうか?

次回更新は11月中旬頃と思われます。大きく更新を開けてしまい申し訳ありません。


実はどぶねずみ、異世界トリップすることになりました(半分マジ)。

機会があればそのときのことをルポにしたいと思います。


どうか気長にお付き合いくださいませ。

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