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ゾンビもの!  作者: どぶねずみ
八岐市の怪物退治編
72/91

コショコショ

 朝露に濡れた草の香りが辺りに漂った。


 夜明けだ。

 東からゆっくりと昇る太陽を俺たちは感慨深く眺めていた。


 公園での襲撃と初めて見る怪物との遭遇、そして逃走。

 その後、安全圏まで車で移動した後、色々あった。

 ……嘘だ。実際はなにもなかった。

 ただ、日の出までの数時間、再度の襲撃の警戒も含めて俺たち(梨子と荒瀬先輩以外)は狭い車内でまんじりともせずに過ごしていたのだ。

 それが、無駄に長く感じられたってだけの話だ。


「……ようやく朝っすか」

「……そのようですね」

「すーっ、ス~」

 俺の肩に寄りかかり、ひとり寝息を立てる小娘。こいつはどこでも眠れるなあ。

 俺はドアを開けて車外に出た。太陽に熱せられた空気が靄のように湧き上がってくる。ちなみに梨子は枕である俺が退いたので、コテンとシートの上に転がった。

 俺に続いて紅と隆介も外に出た。

 座りっぱなしで固くなった身体をほぐす。

 紅も同じように俺の隣でストレッチを始めた。

「どうかしましたか?」

 俺の視線に気付いた紅は両手を組んで思い切り上に伸ばしながら聞いてきた。タンクトップの横から覗く白い脇の下が艶かしく輝いた。

「ああ、いや、とくになんでもないんだけど。おまえって身体柔らかいな」

「一応空手をやっていますので。ストレッチは入念にしているんですよ」

 紅は少しだけ微笑を浮かべ、踊るようにステップを踏んだ。


 たん、たたん。


 小気味いい足音の後、紅は大きく飛び上がった。

 そのまま空中で宙返り一回転半ひねり。

 わずかなぶれもなく着地する紅に、俺と隆介は同時に感嘆のため息を吐いた。こいつ、さっきの襲撃のときも3次元的なアクションをしていたなあ。

「そういえば直以先輩はバスケやってたっすよね」

「あ~あ! 今日も暑くなりそうだなあ」

「え? なんで無視するんですか!?」

「うるせえなあ。バスケなんてとっくにやめてるよ」

 俺は隆介に背中を向けるように上半身を回した。背骨がなり、歪んでいた骨が矯正された気がした。

「中学校では活躍されていたと聞きましたが?」

 と、これは紅。俺は今度は紅から逃れるために屈伸をして視線を地面に落とした。

「へえ、進藤。直以先輩の中学時代ってどうだったんだ?」

「確か、県のベスト4だったとか」

「すっげえじゃないっすか。え? でも高校ではやめちまったんすよね。なんでですか?」

「しつこいんだよ!」

 俺は、少々声を荒げた。

 いかんなあ。俺は、少々反省しながら頭を掻くとなにを怒られたかわからないでいる隆介に言った。

「……俺は小5からミニバスやってたこともあって中学じゃテクニックでなんとかなったんだけど、高校じゃあ通用しなかったんだよ」



 チビは使えない。



 以前、顧問の渋沢に言われたことが胸によみがえる。

 不思議なことに、たまらなく悔しくて我慢ができなかったその言葉は、昔ほど俺の心を掻き乱しはしなかった。

「……今日これからの方針はどうしますか?」

 紅は露骨に話を変えた。年下に気を使わせるようじゃあ俺も駄目だなあ。

「とりあえず荒瀬先輩を待って行動しよう。南地区の公民館に避難民が集まっているみたいだから、情報交換ができるだろう」

「わかりました。ところで、荒瀬先輩はどうしたのですか?」

「さあ、なあ。2~3時間前に車を降りたっきりだ」

「ひとりで行動されているのですか?」

「あの人のことだから滅多なことはないと思うけどな」

 俺は車内を覗いた。

 梨子は、絶賛爆睡中だった。

 こう見えても、実は梨子は働き者だ。貧弱な身体を一生懸命に動かし、放っておけばぶっ倒れるまで動き続けるような奴なのだ。

 だが、今寝ているのは疲労によるものというより、俺や雄太(悲しいかな、聖は口だけ星人なので行動面では頼れない)の前では信頼して気が抜けているってことなのだろう。

 俺は、窓から手を伸ばして梨子の細い肩を揺すった。

 梨子は眉間に皺を寄せて小さな唸り声を上げたが、起きなかった。

 俺はさらに強く揺すろうとしたが、それを紅が止めた。

「直以先輩。まだしばらくは起こさないでもいいのではないですか?」

「だけど、ひとりだけ寝かせておくってのもなあ」

「俺たちのことを気にしてるんなら大丈夫っすよ。てぇか、今起きても別にやることねえし」

 まあ、それもそうか。夜が明けたといってもまだ早朝5時にもなっていない時刻だ。俺は、梨子をそのまま寝かせておくことにした。


 その後、しばらく俺たちは特になにをするでもなく時間を潰した。

 梨子が起き、荒瀬先輩が帰ってきたのは、7時を少し回った頃だった。

 荒瀬先輩がひとりでなにをしていたのかは、すぐにわかった。緑地公園に乗り捨てたはずのトラックに乗って戻ってきたのだ。

 トラックの荷台には置き忘れてきたはずのテントやら調理器具などと共に、山積みの食料品があった。

「これ、どうしたんですか?」

「ついでだったんで近隣の住宅から拝借してきた。あって困るもんでもねえだろう」

 梨子と隆介は喜んで積荷を物色し、さっそく見つけた飴玉なんかを口に放りこんでいた。

「直以お兄ちゃん、あ~ん♪」

 梨子は俺の口に半分溶けかけた飴を押し込んできた。俺は梨子の手を払って荒瀬先輩に聞いた。

「ゾンビは大丈夫でしたか?」

「ああ。一回も遭遇しなかったな」

「……あの化け物は?」

「それも遭わなかった。巣にでも帰ったみたいだな」

 巣、ねえ。

「とりあえず、これから南地区の公民館に行きます。紅、トラックの運転を頼む」

「了解しました」

 俺たちは朝食を取らずに出発することにした。

 隆介の運転するワゴンに俺と梨子、荒瀬先輩。トラックには紅ひとりという配置だ。


 公民館に向かう途中、10分ほど車を走らせると避難民の姿は散見しだした。

 それを見て、梨子は息を呑んだ。

「これは、ひどいね」

「俺や直以先輩は以前の朝倉市を見ているからそれほどショックは受けないけど」

 隆介の言うとおり、公民館の様子は、規模では小さいものの、以前の朝倉市に酷似していた。

 気力のない人々に片付けられないごみの山。

 大人のみならず、子供たちまでが暗い顔をして地面に座り込んでいた。

 腐乱死体が放置されていないのがせめてもの救いだった。


 腐乱死体。


 そう、八岐市に入って気付いたことだが、ここには死体が見当たらないのだ。ゾンビを含めてだ。

 県庁所在地である八岐市には、それ相応の人が在住していたはずだ。あるいは谷川村のように早々に大きなコミュニティを築くことに成功し、ゾンビの被害が少なかったのかとも思ったが、この様子を見ると、そうではないようだった。

「ねえねえ直以お兄ちゃん。ここのひとって何人くらいいるかなあ」

「見た感じだと100人はいないと思うけど」

 俺がそういうと、梨子はにんまりした顔を俺に向けた。

「えっとね、コショコショコショ」

 俺の耳元で呟く梨子。なになに、炊き出しがしたい、と。

「人ってさ、おなかが空くと元気がなくなるんだよ。元気が出る一番てっとり早い方法はご飯を食べることで~っす」

 そのために集めてきた訳でもないんだろうが、幸いにして紅の運転するトラックには大量の食料品がある。それを使ってやろうってことなんだろうが。

「食料が足りなくて暴動が起こっても問題だからな。ここいらの人に話を聞いてからだな」

「トラックにあるぶんじゃあ足りないんすか?」

「それがわからないからやれないって言ってるんだよ」

「足りなければ集めてくればいいだろ。この辺は略奪の形跡もないからそれほど苦労はないはずだ」

 そう言ったのは荒瀬先輩だ。意外にも炊き出しには乗り気なのか?

「へっへ~ん! 荒瀬先輩がおーけーならやってもいいよね♪」

「……だからまだわかんないって。ちゃんと八岐市の人に許可を取ってからだぞ」

「はーっい! それとね、直以お兄ちゃん、これが本題なんだけど……」

 再び耳元に口を寄せてコショコショ。

「……それは駄目だ」

「え~ッ! なあんでえ!?」

「絶対に紅に怒られる」

「わかってるよう。だから直以お兄ちゃんにお願いしているんでしょ」

「おまえなあ。紅のやつは相手が誰であれ言うことは言うやつだぞ」

 まあ、だから須藤先輩の側で仕事ができるってことでもあるんだが。

 俺がそう言うと梨子は俺から離れ、わずかに瞳を細めた。

「ねえ、直以お兄ちゃん」

 なぜか雰囲気の変わった梨子に、俺はどもりながら答えた。

「な、なんだよ」

「私がなにも知らないと思っているの?」

 車内が静寂に包まれる。梨子が醸し出す空気のせいだ。

「……なんの、ことだ?」

「この間のこと、とか?」

「この間!? まさか、昨晩のことか?」

 昨晩の紅とのこと、いや、だが梨子は寝ていたはずだ。……しかし、あんな近距離のことだし、気付いていてもおかしくはない。

「うん、そのこともあるよね」

「な、なんだ? 他になにかあるのか!?」

 梨子は俺をじっとりと眺めると、突然表情を崩して笑い出した。

「あー面白い! えっとね、月子ちゃんに教わったの。オトコにはいつも後ろ暗いところがあるからカマをかけると大抵ボロを出すって」

 あん、の腹黒女! 梨子に余計な知恵つけやがって!

「それで、昨晩なにがあったの?」

「……」

「昨晩紅ちゃんとなにがあったの?」

「……、……」

 こいつは、どこまで知ってやがるんだ? いや、おそらくはなにも知らないんだろうが、これは精神的に悪すぎる。

 ずずいっと顔を近づけてくる梨子。その迫力に抗えるわけもなく、俺は早々に折れた。

「わかったわかった! 紅には俺のほうから言っておくから!」

「あ、逃げたっすね」

「隆介てめえこのやろう! 横から口出すんじゃねえよ!」

「はいはい。到着しましたよっと」

 その掛け声と同時に、車は公民館の駐車場で停車した。

 俺は梨子から逃げ出すように車外に出た。


 途端、暑気と湿気をふんだんに含んだ空気が、俺の身体にまとわりついてきた。

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