表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゾンビもの!  作者: どぶねずみ
八岐市の怪物退治編
70/91

八岐市の怪物

「……菅田直以、この、人殺し!」


 かつての旧友との再会は、実に心温まる言葉から始まった。

 5年ぶりの再会、間宮環奈は以前より格段に成長した肢体と以前と変わらぬ憎悪を俺に向けた。

「久しぶり、だな、環奈。すぐには気付かなかったよ」

「私はすぐに気付いたわ。この5年間、一瞬だって忘れたりしなかった」

「いやあ、嬉しいよ。そこまで思われていたとはね」

 茶化して言う俺を環奈は眼光鋭く睨みつけ、女の細腕ではいかにも重そうな大振りの鉈を肩に担いだ。

「武器を捨てなさい!」

 紅の警告にも環奈は耳を貸さない。

 紅は俺を見た。

 ひげ面の男ののど笛を切り裂く許可を。

 紅は無言で俺に訴えてきたが、俺は軽く手を振ってそれを却下した。

 環奈は足音を忍ばせ、一歩俺に近づいた。

「5年間、ずっと考えていたの。どうやって珠樹たちの仇を討とうかって!」

 わかりやすい。実にわかりやすい行動と言動だ。

 俺に敵対を宣言する環奈はゆっくりとした足取りで俺に近づいてくる。目の見えないゾンビ相手に気づかれないように忍び寄り、肩に担いだ鉈で急所を一撃、といった戦法だろう。

 だが、あいにく俺は目が見えるしゾンビでもない。恨まれている理由もはっきりわかっているが、ここで殺されてやるってわけにもいかない。


 だから、俺は抵抗することにした。


 環奈はこれ以上の会話は無駄とばかりに口をつぐみ、少しだけ腰を落として俺に近づいた。

 俺はそれに合わせて戈の先を足元に落とした。

環奈は、一度大きく息を吸い込むと、鋭く吐き出して大きく足を踏み出した。

 その足元に、俺は戈を挿し出した。

「っあ!」

 短い悲鳴、環奈は戈に足を取られて躓いた。

 体勢を立て直したときには、すでに俺は眼前の距離、射程内だ。

「こ、のぉ!」

 環奈は横殴りに思いっきり鉈を振るった。その大降りの斬撃を、俺は一歩下がってかわす。

 そして、鉈の重さに流された環奈を、俺は蹴倒した。

 即座に立ち上がろうとする環奈の首元に俺は戈を突きつけ、落ちている鉈を彼方に蹴り飛ばした。

 環奈の動きは止まり、地面に腰を付けたまま環奈は俺を睨みつけた。


 見上げる者、見下ろす者。


 だがそのその内実は、見下ろしている俺のほうが不利な状況にあった。

「……どうしたのよ。殺しなさいよ! 珠樹たちを殺したみたいに私も殺しなさいよ!」

「……」

 答えない俺に精神的優位を確信した環奈は立ち上って、余裕をもって服の埃を払った。

 さて、この厄介な女をどう扱ってやろうか、そんなことを考えていると、俺を呼ぶ声が聞こえた。

「直以お兄ちゃん?」

 声のしたほうを向くと、梨子と隆介が立っていた。

 俺の視線は梨子のほうに向く。

 環奈から視線は外れた、その瞬間、環奈は動いた。

 隠し持っていたナイフを両手で握り、下から突き出してくる。

 俺は焦った、いや、焦る暇もなかった。

 環奈の突きこみに対してではない。

 飛来する銀光に気づいたからだ。

 俺は、反射的に動いた。

 突き出されるナイフを小脇に抱え、思い切り環奈を抱き締める。

 髪一重の差、環奈の頭部があった場所を、紅が投げたジャックナイフが過ぎ去る。

 それを見ていた全員が一瞬呼吸を忘れ、大きなため息を吐いた。

 正確には投擲者である紅と、被投擲者であることに気づいてすらいない環奈以外は、だ。

「この! 離しなさいよ!」

 俺の腕の中で暴れる環奈。目的を果たした俺は抱き締め続ける理由はなく、環奈を開放した。

 俺から距離を取ると、息苦しかったのか、環奈は顔を赤くして俺を睨みつけた。

 俺は苦笑を浮かべた。本当に、こいつは別れた時から変わっていない間宮環奈だった。


 俺は、身体ごと環奈から視線を外した。

「隆介、ずいぶんぐっすりと寝てたみたいだな」

「うう、面目ないっす」

「とりあえず、落ちている武器を拾ってくれ。こいつらを拘束までする必要はないから」

 その俺の指示に対抗するように、俺の昔馴染みは声を張り上げる。

「みんな、武器を取って! 戦おうよ、相手はたった5人よ!」

 それに対する反応は、顕著だった。

 俺の指示に従って武器を拾い集める梨子と隆介。

 環奈の指示には従わず、ただ突っ立っているだけの周りの連中。

 実際、ここで武器を持ち直されていたら、俺たちは勝てなかったかもしれない。だが、そんなことにはならず、周りの連中の戦意は喪失していることがはっきり見て取れた。自分たちのリーダーは人質に取られて、仲間の半数が荒瀬先輩にのされたわけだしな。

 環奈の歯軋りの音が、ここまで聞こえてくるようだった。

「環奈、もういい」

 そう言ったのは、紅に首を踏まれているひげ面の男だった。俺は、ひげ面の男に向かった。

「ようやく話し合いができるかな?」

「……その前に、この娘をなんとかしてくれ」

 俺は紅に合図を送った。紅はゆっくりと踵をひげ面の男ののどから離し、そこが定位置であるかのように俺の横に直立した。

 ひげ面の男は紅に裂かれた首の皮を撫で、滴る血を払った。

「まったく、ひどいことをする」

「寝込みを襲っておいて、よく言うよ」

 ひげ面の男はにやりと笑うと、身体を起こして立ち上がった。

「俺は、前野誠一。ここ、八岐市で生活している避難民のひとりだ」

「……俺は、菅田直以。俺たちは涼宮市の人間だ。それで、なんで俺たちを襲ったんだ?」

 ひげ面の男、前野はバツが悪そうに俺から視線を逸らした。

「ああ……、それは、ここにおまえたちがいたからだ」

「どういう意味だ?」

「それは……」



 うじゅる。



 その音に反応したのは、八岐市の連中だった。

「出やがった!」

 音のした方向に全員が一斉に身構える。



 うじゅるうじゅる。



 暗がりの中、音の正体は判別できない。だが、その音が危険なものであることは、理屈じゃなく本能でわかった。

「梨子、武器をみんなに返せ! 隆介、車のライトで闇を照らせ!」

 俺の指示に2人はすばやく反応した。

 車のハイビームは闇を切り裂き、その異形を露にする。


 たこ


 もし俺の認知できる生物で「それ」を表すなら、蛸がもっとも近いだろう。


 だが、「それ」は蛸ではなかった。


 強いて言うなら、臓器。


 脈打つ血管が浮き立つ、臓器が短い触手を地面に這わせて、こちらに向かってきているのだ。

 大きさはバレーボールほど、それが無数に地面を這い回っている。

 さらには、親玉だろうか、3メートルを超えるでかいのが一匹いる。


「えっと、前野さん? こいつらはなんだ?」

「そうか、涼宮市にはこいつらはいないのか。それは、重畳というべきか、こんなのが傍にいる八岐市の人間が不幸なのか」

「悪いけど、感慨は後にしてよ」

「学術名を伝えることはできない。わかっているのは……」

 前野は、一度言葉を区切った。


「あいつらが、敵だということだ!」

「……十分だよ、それで


 言い切るのを待っていたように、「それ」は一斉に飛び上がった。

 八岐市の連中は、それぞれが手に持った獲物で「それ」を迎え撃った。

 金属バットで殴りつけ、包丁で突き刺す。

 ドライバーで地面に叩きつけられた「それ」は、ただでさえ歪な身体に大きな凹みを作り、動かなくなった。

「ぎゃ!」

 悲鳴が上がった。見ると、八岐市の男のひとりが「それ」にまとわりつかれていた。

 「それ」は触手を巻きつけて男にへばりついた。

 男は、しばらく「それ」を振り払おうと暴れまわっていたが、やがてよろめいて地面に倒れた。その身体に、大量の「それ」がまとわりつく。

 今度は、悲鳴すら上がらなかった。

「それ」は、目に見えて膨張していき、通常の倍の大きさになると転がって男から離れた。

 ころころと、ころころと転がる「それ」が群がっていた場所には、干からびた男の死体があった。

 吸い付いて血肉を啜る。まるで、ヒルだ。


 俺は、足元に転がってきた血吸い後の「それ」を、戈で引き裂いた。

 「それ」は、今体内に取り込んだばかりの男の血を撒き散らしながら萎んでいった。

「紅、銃器は?」

「拳銃が一丁。まさか、戦うのですか?」

「……いや、逃げるぞ。梨子をつれて先に車に戻ってくれ」

「わかりました。車内から援護します」

 紅はそれだけ言うと、背を向けて走り出した。その背中に「それ」が飛び掛る。

 俺は、「それ」を戈で叩き落とした。ずしりと、手先に重みを感じた。

 周りを観察する。

 八岐市の連中はよく戦っているが、「それ」の数が多すぎた。ひとり、またひとりと「それ」の餌食になっている。全滅まで時間の問題だった。


「直以先輩、引いてください!」


 紅の声が聞こえる。俺は、一歩下がった。


 そのとき、果敢に鉈を振るう間宮環奈の姿と、笑顔を浮かべる環奈と瓜二つの少女の顔が浮かんだ。


「直以お兄ちゃん!」


 今度は梨子の声。俺は、振り返らずに怒鳴った。

「先に行ってろ!」

 俺は駆け出した。

 車にではなく、「それ」の群れの中にだ。

 環奈に跳びかかろうとしていた「それ」を打ちのめし、さらに大振りで戈を振って、同時に3匹の「それ」を切り裂く。

「なんのつもりよ! 助けてくれなんて言ってないでしょ!?」

 俺は環奈を無視して、周りの連中に言った。

「仲間同士で固まれ! お互いの側面や後ろをカバーするんだ!」

 前野を初めとする八岐市の連中には、俺が何者でなんでそんなことを命令されなければならないのか、まったくわからないだろう。

 だが、そうすることが生存率を上げる唯一の方法であると悟ると、無言で俺の言うことに、環奈を含めた全員が従った。

「このままゆっくり下がるぞ。距離を置いたら一気に逃げるんだ」

 俺たちは飛び掛ってくる「それ」を撃退しながら、ゆっくりと後ろに下がった。


 と、そのときあることに気づいた。



 うじゅる。



 後ろにいた大きい「それ」が動き出したのだ。


 大きい「それ」は、ぶっとい触手を伸ばすと、血を吸って肥大化している「それ」を軽々と摘み上げた。

 そして、体の一部に窪みを作ると、その中に放り込んだ。


 ばちゅり。


 まるで水風船が破裂するような音が響き、窪みからは血が滴った。

 それを見ていた環奈は、口を押さえて吐き気を堪えた。

「……子供に血を吸わせて、それを親が子供ごと喰っているのか?」

 大きい「それ」は転がっている「それ」を窪みに放り込むと、次々と喰い殺していった。窪みの中には歪ないぼが生えており、それを歯のようにすり合わせて咀嚼しているようだった。


 やがて大きな「それ」は、血を吸って肥大化した「それ」と、まだ血を吸ってもいない「それ」を喰い尽くすと、ゆっくりとこちらに向かってきた。


 俺たちは逃げるべきだった。

 だが、できなかった。


 この異形の化け物に、完全に飲まれてしまっていたのだ。


 そっと、環奈のか細い手が俺の腕に触れた。

 カタカタと、震えているのがわかる。

 俺は、我に返った。

 俺のやることはひとつだ。

 一言叫ぶだけでいい。


「逃げろ!」と。


 俺は、それを実行するために、大きく息を吸った。

 が、それは音声を伴って吐き出されなかった。

 別方向から、別の力が加わったためだ。


「直以、借りるぞ」


 そう言ったのは、荒瀬先輩だった。手には、今俺から奪った戈が握られていた。


 荒瀬先輩は、まるで近所の公園を歩くような自然で、気楽な足取りで怪物に向かっていった。


 その表情には、わずかながら愉悦すら浮かんでいた。


1ヶ月ぶりの更新です。おまたせいたしました!


いや、一度止まると書けなくなるものですね。今までが勢いだけだったってことを思い知りました。


これからはもちっと考えて書こうと思います。


更新遅れてすみませんでした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ