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ゾンビもの!  作者: どぶねずみ
谷川村バカンス編
60/91

女教師 阿頼耶

 俺たちが谷川村に来て数日が経過していた。

 その間、俺たちは文明生活を満喫し、つつがなく過ごしている。

 これは、悪いことだ。俺たちには目的があり、達成のためになにひとつ進んでいないのだから。

 一応、水力発電や浄水施設の視察などを夏海さん監視のもとでやらせてもらっているが、目的としている谷川村との正式な会談は伸ばし伸ばしにされて実現されなかった。


「そろそろ帰りのことも視野にいれないといけませんね。梨子を連れ帰るとなるとヘリで送ってはくれないだろうし、そうなると帰りの足を調達しないといけないから」

「……ああ、そうだな」

 荒瀬先輩は眠そうな顔で朝食後のお茶を啜った。実際に眠いのだろう。荒瀬先輩は夜間の警戒のために俺たちが寝ているときに起きて番をしてくれているのだ。

「大丈夫ですか? 連日の徹夜じゃあきついでしょう。今日は俺が梨子の世話をするから部屋で休んでますか?」

「いらねえ気を使ってんじゃねえよ。おまえはおまえの仕事をしろ」

「直以お兄ちゃんは今日はどうする予定?」

「ああ。今日は夏海さんに牧場を見せてもらうことになってるんだ」

「へ~、いいな~。私も一緒にいこっかな」

「おまえは月読さんにお呼ばれしてるんだろ?」

 俺と梨子は、谷川村内ではほぼ別行動をしていた。

 朝飯を一緒に取り、俺は日中は谷川村の視察。梨子は鈴宮市の代表として谷川村が開く会合に出席。

もっとも、会合といってもいわゆるお遊びみたいなものらしい。

「昨日は舟遊びでその前はお茶会だった」

 とのこと。

 谷川村のお偉いさんや俺たちと同じように他市から来た人間も参加するらしいが、月子と梨子の2人だけの席もあるらしい。

「そんな暇があるなら俺たちとの会談に時間を取って欲しいけどな」

「うーん、月子ちゃんが言うには政治的なことは阿頼耶さんと阿摩羅さんがいないと決められないんだって。だから、2人の時間が空いていないと会談の席は設けられないんだって」

「月読は自分が飾りってことを自覚しているのか」

「なんでもね、月子ちゃん自体は谷川神道教の信者じゃなかったらしいの。養護施設はそれ系だったらしいんだけど。それが、ゾンビ騒ぎが起こってなんだかわからないうちにとんとん拍子で祭り上げられちゃったんだって。すごく困惑しているって言ってた」

「まったく無関係の人が形式的にとはいえ教団トップに選ばれた?」

「名前に月が付いているからじゃないかって本人は言ってたけど」

「さすがにそれだけってことはないだろうが。まあ、教団の教義になにか理由があるのかもしれんが、俺たちにはさほど問題じゃないな。それじゃあ俺はそろそろ行くぞ。荒瀬先輩、梨子を頼みます」

「……ああ、わかった」

「直以お兄ちゃん、いってらっしゃい」

 俺は梨子に見送られて部屋を出た。そのままエレベーターで一階のロビーまで下りる。

 ここで、夏海さんと待ち合わせしているのだ。

 

 ロビーには、夏海さんの姿はなかった。待ち合わせの時間にはまだ数分はある。俺は待つことにした。

 と、そんな俺に声をかけてくる人がいた。30過ぎのやけにへりくだったスーツ姿の男だった。

「今日もいい天気ですね」

「ええ。正直嫌味なくらいね。雨とは言わなくても、もう少し曇ってくれたほうが過ごしやすいんだけどね」

「あの、あなたは……」

「俺は、菅田といいます。鈴宮市から来ました」

「なんだよ、教団の関係者じゃないのかよ」

 男は、俺が名乗った瞬間に顔をしかめた。いや、露骨に態度を変えすぎだろ。

「俺は隣の県から来たんだけどさ。きみはいつからここにいるの?」

「俺は……、もうすぐ一週間ってところですね」

「俺はもうひと月になるよ。まったく、ただ待たされるほうの身にもなってくれよな」

「……そんなに待たされてるんですか?」

「たまに月読の会合に呼ばれることもあるけど、それにしたって週に一回あるかないかだぜ。おまえも覚悟しておいたほうがいいぜ」

「なんでそんなにまたされるんです?」

「さあな。単純に順番待ちってところだろうけど。ここに集っている他市の連中は10や20じゃ利かないから……っと」

 男は話を途中で打ち切り、俺を突き飛ばすようにしてエレベーターから降りてきた3人組のところへ駆けて行った。

 エレベーターを降りてきた3人組のうち左右の男は、角刈りとスキンヘッドのマッチョだった。中心の色の白い男を守るように威圧的に歩いている。

そして、中心の色の白い男に、俺は見覚えがあった。確か、日野陽一といったか。梨子と同じ飛行機事故の生き残りだ。

「日光さま! おはようございます!」

 日光と呼ばれた日野陽一は煩げに男に手を振った。と、その過程で俺と偶然目が合った。

「あれ? おまえ、確か梨子と一緒に来たやつだよな」

「よく覚えておいでで」

「神殿には若いやつは少ないからね。目立つんだよ!」

 日野陽一はそう言って、なにがおかしいのかげらげらと笑い出した。

「えっと、あなたは……」

「俺は日光だ」

「日光?」

「日本神話の3兄弟の話は知ってるだろ? アマテラスにツクヨミにスサノオ。アマテラスじゃあ長いから日光だ」

 俺は、思わず苦笑してしまった。

 谷川神道教は月読命を信仰する宗教であり、斜め読みした限りでは、その経典にアマテラスの記述はなかった。それをこの男は名乗っているのだ、おそらくは自称で。

 もしそんな役職があるのなら、仮にもツクヨミの姉にあたるアマテラスを冠した人間を阿頼耶さんは投げ飛ばしたりはしないだろう。

「それで、なんでまだいるの? 梨子を送り届けたんだからもう用は済んだだろ?」

「まだですよ。鈴宮市に電気と水の供給を約束してもらわないことには帰れませんよ」

「よしわかった。俺が月読に伝えておいてやるよ」

 日光は、おそらくは無自覚にそう言って白い歯を覗かせた。

 こいつは、軽すぎる。大地のように身体を鍛えている様子はないし、雄太のように特に美男子というわけではない。こいつは、元の悪さを化粧や権威で飾り立てることで覆い隠しているのだ。

 こいつは、にわとりのとさかのような虚飾に塗れている。俺にはそう思えた。

「いや、ガキの使いじゃないんだから、口約束ではいそうですか、とはいかないでしょ」

「おまえなあ、この俺がやってやるって言ってるんだぞ!」

「善意の押し売りかよ。みっともないなあ」

 俺は敬語をやめた。なにを根拠にえばっているのかは知らないが、俺がこいつの権威に従う義理はなかった。

 日光の顔色が変わる。それに合わせるように左右のマッチョが俺の前に出た。

「おまえ、自分の立場がわかってないようだな。俺に舐めた口を聞いたことを後悔させてやるぞ!」

「……言うことに独創性がないんだよ。頼むからもう少しだけ言葉を捻ってくれ、ッ!」

 言葉を遮るように、俺は殴られた。眼前のマッチョでも日光にでもない。俺の隣にいた、先ほどまで話していた男にだ。

「無礼な! 口を慎みたまえ!」

 切れた唇の端を押さえる俺に、男は人差し指を突きつける。

 俺は、ひとつ深呼吸して唇を舐めた。

 ここで俺が殴り返すのは妥当か否か、すぐにでも仕返しをしたい感情を押さえつけてそんなことを考えていると、周りのざわめきの中から仲裁者が現れた。阿頼耶だ。

「なんの騒ぎだ!」

 誰もなにも答えない。阿頼耶は、俺に視線を止めると聞いてきた。

「確か、菅田直以くんだったな。なにがあったんだ?」

「別に、なにもないですよ。ただの遊び……」

「こいつが日光さまを侮辱したんだ!」

 俺を殴った男は俺を押し退けて言った。よくよく人の話を遮るやつだ。

「……それで、殴ったと?」

「そうです!」

 男は、同意を求めるように後ろにいる日光を見た。だが、日光は露骨に顔を逸らした。

「理由はわかった。今日中に荷物をまとめて谷川村から退去を命じる。谷川村はいかなる理由であれ、暴力を解決方法に使うものとの交流を求めていない」

 男は愕然としていた。縋るように日光を見るが、日光は男を無視して歩み去ってしまった。男も日光をよいしょしたつもりで俺を殴ったんだろうに……。

「きみは来なさい」

 阿頼耶は俺の手を引くと、エレベーターに向かった。

 エレベーター内で2人きりになると、俺は口を開いた。

「えっと、阿頼耶さん」

「阿頼耶でいい。役職名だし教団外の人間は敬称は不要だ」

「阿頼耶。なんとか善処してくれませんか? 殴った殴られたで外交に影響が出たんじゃ後味が悪い」

「きみが責任を感じることはない。谷川村で浅はかな行動を取ったものが悪い」

 阿頼耶さんは、目を細めて微笑を浮かべた。

「少しだけ本音を言うと、退去させる理由ができて助かっている。自分たちからはなにも提供できないくせにこちらに一方的に援助を申し込む輩が多すぎてね」

「耳が痛いな。俺たち鈴宮市にしたって電気や水を買うほどの余裕はまだないから」

 エレベーターが止まったのは4階、医務室のある階だった。

 俺は阿頼耶に手を引かれたままエレベーターを降りた。

「あの……、手を離してもらえませんか? ひとりで歩けますよ」

「子供が遠慮するんじゃない」

「子供、ですか? 子ども扱いは久しぶりだ」

「人前で殴り合いの喧嘩など小学生並みだ。格式ある神殿内では遠慮願いたいところだな」

 そう言われたらもはやなにも言い返せない。なんかこの人、正しい位置から説教垂れる先生みたいだな。

「おや、珍しい顔合わせですな」

 医務室に着くと、開口一番に常勤医はそう言った。

 常勤医は俺の口の端に付いている血を綿でふき取ると、アルコールで消毒した。

「これは、殴られたのかな?」

「ええ。ちょっとした喧嘩でね」

「ふむ、若いなあ」

 常勤医は白髪の目立つ頭を撫でながらしみじみとそんなことを言った。いや、殴ったほうは30過ぎで殴られた俺はただの被害者なんだけどね。

 と、医務室の扉が勢いよく開かれる。夏海さんだ。

「直以くん、大丈夫なの?」

「ああ。少し大げさなんだよ。大したことないのにね」

 夏海さんは俺に駆け寄る、その途中で阿頼耶に気付き、直立した。

「夏海、失態だな。客人を待たせた上にトラブルに巻き込ませるとは」

「も、申し訳ありません!」

 夏海さんは腰を90度折って阿頼耶に頭を下げた。

「夏海さんは悪くないよ。待たされたって言ったって俺が早く来すぎただけだしね。それより、早く行こう」

 俺は話を早々に切り上げ、医務室を出ようとした。

 ぶっちゃけよう。俺は阿頼耶が苦手だ。そのことに気付いてしまったのだ。

 が、それを夏海さんは止めた。

「いえ、実は今日の牧場見学は中止にしたいのだけど」

「? なにかあったの?」

 夏海さんは、言い淀んだ。それを女教師然とした阿頼耶が咎める。

「夏海、早く答えなさい」

 女学生然とした夏海さんは直立して答えた。


「先ほど、多量のゾンビが接近中との報告がありました!」


 電気もあり比較的文明生活を維持している谷川村。

 ここでも安全で安心な生活とは無縁らしかった。


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