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ゾンビもの!  作者: どぶねずみ
谷川村バカンス編
59/91

やっぱり修学旅行の夜はコイバナでしょう!

 夕方になると谷川村では雨が降り、昼に溜まった暑気を一掃してくれた。

 聞くところによるとこの季節の夕立は毎日のように降るとのこと。連日の熱帯夜に苦しんでいる俺たちとしては羨ましい話だ。


「梨子、大丈夫か?」

「うん。半日も涼しいところで休んだから。もう大丈夫だよ」

 梨子はそう言って細い腕を曲げて、膨らまない力瘤などを作って見せた。

 まあ、万全ではないんだろうが、足元もふらついていないし大丈夫か。

 梨子は医務室から部屋に移ると、畳の上に身を投げ出して頬杖を突いた。

「それに、私もお風呂入りたいし。温泉だったんでしょ?」

「ああ。ただし、覚悟はしておけよ。日焼けに染みるからな」

 梨子は神妙に頷いた。が、板間から外の雨を見ていた荒瀬先輩は梨子に待ったをかける。

「遠野、部屋のユニットバスにしておけ」

「え~! おっきなお風呂、楽しみにしてたのにぃ」

「直以と一緒ならいいぞ」

「え! それはやだ」

 即答され、俺はへこむ。そんな俺を見て梨子は慌てた。

「あ、違うの、直以お兄ちゃん。えっと……、違わないんだけど、違うの!」

「いや、別にいいけどよ。夕飯までまだ時間があるから、ユニットバス、使ってこいよ」

「……うん。そうしよっかな」

 梨子は立ち上がり、ちょこちょこと歩いていった。

 部屋には俺と荒瀬先輩が残される。俺は、窓に近づいた。

「あれ? もう雨止みそうですね」

「ああ。山の天気だからな」

「なんで梨子の風呂、禁止したんです?」

「おまえが言っていただろう。ここには遠野が滞在することを嫌う連中がいると」

 俺が親父のほうの尾崎さんから聞いたことは、すでに荒瀬先輩には報告済みだ。

「その連中にしてみれば、いつ出て行くかわからない俺たちの行動を見張るより、遠野を殺したほうが能動的で確実だ」

 暗殺? いや、考えられないことじゃないか。

 俺たちは用が済めば出て行くと尾崎さんには伝えてある。自衛隊関係は尾崎さんが抑えてくれるだろうが、なにも梨子を嫌う連中が一枚岩とは限らないのだ。

 さすがに月読が公式に呼び寄せた俺たち3人を露骨に襲ってはこないだろうが、事故に見せかけた襲撃はあるかもしれない。

「俺かおまえ。谷川村にいる間はなるべく傍にいてひとりにさせるなよ」

「……わかりました。気をつけます。でも、これは長居しないでさっさと帰ったほうがよさそうですね」

「ああ。欲を言えば涼しくなるまではここで避暑したいところだがな」

 と、そのときなにか間の抜けた悲鳴が聞こえた。

「あ~、梨子―、どうかしたか?」

「なんでありませ~ん! ちょっとお湯に肌が染みただけー、ぴやああああ!」

 言ってる側から悲鳴があがる。あの痛みは俺も経験済みだから突っ込むのはやめておいてやろう。






 夕飯は、豪勢なものだった。

 先付、小鉢、前菜ときて、メインは地元牛の石焼きステーキ。味付けは岩塩だけというシンプルなものだが、それだけに素材の自信を感じられる一品だった。

「お、お肉だぁ」

 昼食は病人食だった梨子は感動に目を潤ませながらステーキを見ていた。

 鈴宮市では肉といえば保存のきくベーコンやソーセージ、それ以外では缶詰というのが最近の食事情だ。新鮮なステーキなんてものは、俺にしても半年ぶりのものだった。

「梨子、おまえ体調悪いんだよな。俺が変わりに喰ってやってもいいぞ」

「直以お兄ちゃんこそ。私、いっぱい食べて早く元気にならないといけないんだから。直以お兄ちゃんのお肉、ちょうだいよ」

 俺と梨子は笑顔で睨み合った。こいつ、けっこう食いもんに対してうるさいな。

「直以」

「なんですか? いくら荒瀬先輩に言われたって肉はやりませんよ」

「なに言ってんだおまえは。長戸市との一件が落ち着いたら、本格的に酪農をやるぞ」

 ……なんかこの人、燃えてるな。

「牛なんてどこから仕入れてくるんですか? どこかに野良でもいればいいけど」

「どこかにいんだろ。探して来い」

「無茶振りするなあ。鶏くらいなら農家の庭先にでもいそうな気がするけど、牛や豚ってなるとそうそうお目にかかれないしなあ」

「それじゃあまずは養鶏からだね♪」

 と、なぜか荒瀬先輩に迎合して乗り気の梨子。

「直以お兄ちゃん。でも、新鮮な卵とか牛乳はすごく欲しいよ。きっとみんな喜ぶよ」

「そうは言うけどなあ。今はなんとか飢えない体制を作っているところだろ。将来的にはともかく、雄太が連れてきた避難民とか、人口は増加の一途を辿っているときに食料を家畜には回せないだろう。肉1キロを育てるには穀物を10キロ使うとか、聞くだろ?」

「ああ、それは大丈夫だ」

「なにが大丈夫なんです?」

「家畜というのは人間が食べられない草を食べて、人間が食べられる肉や乳にエネルギー変換するもんだ。家畜には、人間の食べられないものを与えればいい」

「……簡単に言いますけど」

 俺は少し考えた。

 もし、人間が食べるものとは別系統のえさを確保できるのならば、酪農は夢物語ではないということか。

 もちろんうまい肉を商品として作るとなると話はまるで違ってくるのだろうが……。

 

 ドイツでは昔からソーセージ作りといった食肉文化が発展してきた。それは、実は貴族社会の贅沢品としてではなく、民衆文化に根付いた保存食として、だった。

 春から秋にかけてドイツの農民は休閑地の牧草で豚を育てる。冬になると秋に蓄えておいたどんぐりなどを豚に与えて育て、それが少なくなると屠殺し、ソーセージなどの保存のきく食料にして冬を越していた。

 つまり、本来の酪農は農業と両立していたってことだ。


 俺の肉に密やかに伸びた梨子の手をぴしゃりと叩き、俺は言った。

「……なんとか牧草地を確保できれば面白そうですけど」

「うん、それじゃあ決まりだね。うっわ~、私、なんかものすごい楽しみになってきちゃった。もし牛とか豚を飼えたら、すっごくすごいよね♪」

「あんまり楽観するなよ。問題は山積みなんだから」

「問題って?」

「まず牧草地の確保だろ。それに牛やら豚やらを見つけてこなければ話にならないし、やっぱり専門家は必要だよな。あ、あと防疫の問題もあるか」

 俺が思いつく限りの問題を指折り数えていると、梨子はくふふと変な笑い声を立てた。

「それって、このゾンビがいっぱいいる世界で生きていくことより大変なこと?」

 実際問題として俺たちが今生き抜くことに問題が山積みなのに、それに少し加算される程度は大したことじゃない、梨子はそう言っているのだ。

 梨子はにへらと笑って、自分のステーキ皿に伸びる俺の手をぴしゃりと叩いた。






 夕食を終えるととくにやることもなくなり、俺と梨子は早々に布団に入った。

 荒瀬先輩は襖を隔てた向こう側にいる。俺たちにはなにも言わないが、襲撃を警戒してくれているのだろう。

 時計を見るとまだ9時過ぎだ。久しぶりの電気のある生活も、ここ数ヶ月で身に付いた日の入りと共に寝て日の出と共に起きるという生活スタイルを変えることはなかった。

 余談ながら、谷川村が用意してくれた梨子の部屋は別階にあったが、暗殺の用心も兼ねて俺たちと同室にさせた。

 梨子自身も、ひとりで別室に泊まるより俺たちといたほうがいいと、抵抗なくこの部屋で過ごすことにしていた。

「ふかふかのお布団、なんかすっごい久しぶりだね~」

「早く寝ろよ。明日また鼻血出しても知らんからな」

「もう! せっかくの旅行なんだから夜更かししようよ」

「なんだよ。それなら荒瀬先輩と一緒にいればいいだろ、っぐ!」

 梨子は芋虫のように転がり、俺の布団に突撃してきた。

「直以お兄ちゃん、私は直以お兄ちゃんとお話したいのだよ」

「……それ、ひょっとして、聖の真似か? おまえ、さては昼間医務室で寝まくったから元気なんだろう」

「えへ~、なんのことかなー♪」

 俺はテンションの高い梨子に辟易としながら寝返りを打って梨子に背中を向けた。

「それで、なんの話をするんだ?」

「やっぱり修学旅行の夜はコイバナでしょう!」

「なんだよ、こいばなって」

「恋のお話。直以お兄ちゃんは誰が好きなの?」

「りこちゃんあいしてるよ~」

「なんで棒読みなの!?」

 梨子は、俺の背中ににじり寄り、細い指で俺の首に触れてきた。

「直以お兄ちゃんは、やっぱり紅ちゃんが好きなの?」

「なんで紅なんだよ。まあ、あいつはすっげえ美少女だからな。飾り方次第じゃあ須藤先輩にも劣らないんじゃねえか?」

「うん。紅ちゃんは美人さんだよね」

「だけど、堅いんだよなあ。あいつ、ちょっと演技覚えればすごいもてるぞ」

 梨子はそっと俺の背中に抱きついてきた。浴衣越しに梨子の薄い肉付きが伝わる。

「麻理先輩は?」

「麻理……、か」

「麻理先輩はすっごくおしゃれだよね。性格も気持ちいいし、同性の私が見てもすっごくもてそう」

 事実、男女の隔てなく話しやすい麻理はもてる。顔に負った傷が返って人気に拍車をかけているのは皮肉な話ではあるが。

「……俺、以前まであいつにすっげえ嫌われていたんだよ。だから、今一歩踏み込めないんだよなあ」

「……それは、言い換えれば麻理先輩のことを意識してるってこと?」

「……」

 梨子は、不機嫌そうに俺の耳に息を吹きかけた。

「じゃあ、聖お姉ちゃんは?」

「なんで聖が出てくる?」

「直以お兄ちゃん、気付いてる? 聖お姉ちゃんって、実は美人さんだよ」

「あいつの場合、外皮一枚なんてどうでもいいことだ。それが悪くったってあいつの魅力は一向に減退しないからな」

「聖お姉ちゃんは魅力的?」

 梨子は浴衣の合間から手を差し入れ、俺の胸を撫でてくる。

「だけど、あいつの場合は雄太も含めてわいわいやっていたほうが合っているんだよ」

「……聖お姉ちゃん、可哀そう」

「なんでだよ」

 梨子は耳元で呟く。

「直以お兄ちゃんの優しさは知ってるよ。すごくよく知ってる。だけど、それだけじゃあ足りないの。聖お姉ちゃんも、私も……」

 


 梨子は、気付いているだろうか。

 自身の密着した肌が少し汗ばんできていることに。

 自身の異常に早い心音が俺に伝わっていることに。



 俺は、俺の身体を弄る梨子の手を浴衣の上から押さえた。

「なあ、梨子」

「……なあに?」

「ひょっとして、誘ってる?」

 梨子は、引きつるように言葉を詰まらせた。


 しばしの無言、室内ではエアコンの駆動音だけが静かに響いた。


「ねえ、直以お兄ちゃん。私は、直以お兄ちゃんと一緒にお風呂に入るのが嫌なわけじゃないよ」

 梨子は、俺からそっと離れた。

 俺は振り返って梨子を見た。

 梨子は半身を起こして、少し震えていた。

「わ、わたしは、……私は!」

 少しだけ梨子は語調を荒げる。

「私は、え……」

「え?」


 そして、梨子は怒鳴るようにそれを吐き出した。




「えっちが怖いの!」




 ……襖の向こう側でなにか物音がした。


「お風呂で裸を見せ合ったらそういう展開になっちゃいそうで、怖くて怖くて……」

「……ッぷ」

 俺は思わず笑ってしまった。

「笑いごとじゃないんだよぉ! すっごく痛いらしいんだよ!?」

 梨子はそう言うと、艶を含んだ瞳を俺に向け、浴衣をはだけて肩を露出させた。

「でも、でもね。直以お兄ちゃんが望むなら……」

 俺は、手を伸ばして梨子の鎖骨を撫でた。

 梨子は、びくんと跳ねて目を瞑った。

「病み上がりが無茶すんな、馬鹿」

 俺は梨子の浴衣を持ち上げ、ちゃんと着せてやった。

「……私はやっぱり魅力ない?」

「おまえは俺が性欲に負けて病人犯すようなやつだと思ってるのか?」

 梨子はそれを聞くと、ほっと息を吐いた。

「直以お兄ちゃん、私、キスならできるよ。キスは痛くないし、いっぱいしたい!」

「出直して来い、小娘。そうだな、もうちょっと胸が大きくなったら抱いてやるよ」

 梨子はいつものお(とぼ)けた顔になって頬を膨らませた。

「直以お兄ちゃんはこんなひどいことを言います。さっきはお肉もくれなかったし。神様、どうか私を憐れんでください」

「おまえは誰になにを祈ってるんだ?」

 俺は立ち上がった。

「どこ行くの?」

「便所」

 俺はなるべく平静さを保ちながら、襖を開けた。

 荒瀬先輩は、いつになくにやけた犯罪者面を俺に向けた。

「青春してんな。しばらく席を外してやろうか?」

「黙れよ。人事だと思って。こっちは面子保つのに必死なんですよ」

 俺は、部屋を出た。


 男としての用を足すために。


どうも、どぶねずみでございます。


今回は難産でした。いや、コイバナなんてする気なかったし。


実は、今回はアーミッシュの話を入れようと思ったんですが、知識不足のため直前で全改訂、結局没と相成りました。

宗教団体を登場させた理由のひとつがアーミッシュのことを書きたかったからなので、いつかは書こうとは思います。こうご期待!


今回で、密かに目標にしていた週2投稿が崩れました。

まことにもって申し訳ありませんでした。

これからはなんとか達成できるようにするので、どうか懲りずにお付き合いくださいませ。

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